未遂女、被る。
31話です。
「奇遇だな、俺も小野町のことは嫌いじゃないぞ」
「んー、全然動揺してなくない?」
「どうせ冗談の類だろ、そんくらい分かってるって」
目を細めて笑う小野町の顔を直視できず、前を向こうとする。
目的のコンビニの開き切っていない自動ドアに俺が顔面から突っ込み、小野町が爆笑するのは二秒後のこと。
店員に平謝りし、爆笑して真っ赤になった小野町を同じく真っ赤になっているだろう俺が宥めること三分ほど。
「や、やさか……ッ!訂正するよッ……!あたし、やさかのことすごく好きっ!」
「俺も小野町のことはとても好ましいと思っている。多分、これがキュートアグレッションという状態なんだろうな」
「や、やめて……っ。分かった、やめるから……っ」
横隔膜を引き攣らせて小刻みに黒房を揺らしながら、唇を噛み締める小野町。不注意な俺も俺だが、ぶん殴りてぇ。
だがこれ以上掘り返しても仕様がないので、適当に菓子パンを見繕う小野町に並ぶ。
「はー、おかしい。んっ、うん!よし、収まった収まった!」
チョコ系の菓子パンを選び、デザートの甘味を漁る小野町。
俺も購買には並ばない惣菜パンをメインに適当にピックアップし、飲み物の棚に。
適当に午後の菓子類なども買い込み、詫びのつもりか会計は小野町が少し多く出していた。
「いやー、ごめんね、笑い過ぎた」
「俺も不注意だった。もう忘れてくれ」
コンビニを出ても、入店前から話題が変わらない。
普段あまり弄られるような立場じゃないだけに、少し居心地が悪い。悪いながらも弄ってくるのが小野町なだけに明確に拒絶しないのだから、男子というのは愚かだ。
「んーん、それはちょっと無理かな。あ、でもやさかのこと結構好きなのはほんとだよ?」
「まだその話題つつくのか?」
「だって言いたいこと言う前に、笑わせてくるから」
「人気のクラス委員長様にんなこと言われたら動揺もするわ」
あははと声を上げて小野町はカラカラ笑い、少し足速にポニーテールを揺らして歩く。
「そ、皆に人気で可愛く優秀な委員長なのだ」
三歩分だけ先行く小野町の表情は分からない。
「それで、言いたいことって?まさかほんとに告白じゃないだろうな。もしそうなら相応の覚悟をするぞ、俺が」
「ん、それはない」
「すまんがどっちにしろ覚悟が入り用だったようだ」
思いの外ショックと諦念を感じている自分がいた。
照れくさいので茶化してみて、さっきから高鳴っていた心臓よ、早く落ち着け。そういう話じゃないぞ。
「やさかって、思ってたより面白いよね」
「さっきから妙に持ち上げるな」
そこでやっと小野町は振り返り、三歩分だけ俺が追いつくのを待った。
いつもと変わらず不敵な表情で、俺が隣に立つとその笑みを深める。
「今日、やさかと勉強出来て良かった。話したいと思ってたのはほんとだから」
「それは良かった。小野町の飲み込みが早いからな。午後はしっかり数学頼むぞ」
「それもだけど、だけじゃなくって。ほら、やさかって陰キャじゃん?」
「泣いていいか?」
「ダメ。あたし、やさかに少し憧れてたんだ」
「陰キャにか?」
「陰キャに」
「泣くわ」
「もー!」
横目に伺うが、小野町の表情に変化は見られない。いつも通りだ。何が言いたいんだろうか、この女は。
「それで、結局どういうことだ?」
「んー、やさかって自由でいいなーって」
「自由?俺が?」
「全然人のこと気にしないじゃん。あいだ達といても普通にシカトしたり、本読んだり、拒否ったり」
「……そう言われると傲慢だな。もしかしてダメ男に惹かれるタイプか?」
「もしかしたらちょっとだけ。ま、そんだけあいだ達と仲良いってのもあるだろうけど」
「仲良いというか、お互い適当なだけだと思うが」
無視云々は、逆もあるし。
ここまで来れば何となく、小野町が思わんとするところは分かる。だが相変わらず何を言いたいのか分からん。
「つまり、才色兼備で人付き合いがお上手なクラス委員長様は、陰キャみたいに隠居したいって話か?」
「んー、そこまでではない」
何だよ。
「別に、皆に頼られるのは好きだからいいの。ま、嫌気差すときもあるけど」
言われてみれば、小野町は良い意味で積極的ではない。人を引っ張るより寄ってくる、どちらかというと受動的な姉御肌だ。自分のペースではなく人の都合で振り回されることもあるのだろう。
だからか目立ちたがりにも見えず、小野町を嫌う奴は見たことがない。もしかしたら女子の中ではドロドロしてるのかも知れないが、そんなのは知らん。
「もしかして今日のも迷惑だったか?」
「ん、それは大丈夫。むしろあたしも願ったり叶ったり」
「なら良かった」
「やさかって世捨て人みたいなとこあるじゃん?自分のことも人のことも人間関係あんまり気にしないし」
「まぁ、そこまで気にしないな」
確かに立ち回りを気にすることはない。気にしないながら人付き合いも最低限出来ている、気はするし。そもそも別に本さえ読めてれば周りに人がいなくとも構わない。
陰キャ呼びもポーズで否定しているところはある。
さっきの小野町の言葉で、否定できるのか自信なくなってきたが。
「あたしと真逆のタイプでしょ。あたしはそういうのほっとけないし。委員長キャラ的に、皆にはぐちぐち出来ないし」
「今まさにしてるのは愚痴じゃないのか」
「やさかだから言えてるの。あ、別に同中のコとかには言えるけど、ほら、高校だとね」
「親しき中にも礼儀有りというか、言い辛いことはあるわな」
例え雑事を押しつけられるだけでも、委員長なんて俺なら絶対やりたくない。
それだけでしっかり者だの偏見を持たれそうだし、事実そういう苦悩はあるんだろうな。
「その点やさかって人の話もあんまり気に溜めないでしょ?だからこっちから吐き出したいだけ言いたい放題出来るっていうか、暖簾に腕押し、糠に釘みたいな?」
「単に俺が言葉のサンドバッグだって言ってるように聞こえるのは気のせいか?」
「ん、馬耳東風って言っとこうか。兎に角、話しやすいんだよね」
カラカラと小野町が笑う。馬耳似合わねー、と呟いているあたり、想像でもしているんだろう。似合ってたまるか。
「だから色恋とかじゃないけど、やさかのそういうザルなとこ、結構憧れてたの。本気で敬遠される系の陰キャでもないし、ぼっちの時も居心地悪くなさそうだから」
「そりゃ、どーも」
「それで今日、結構面白かったからやさかって不思議な奴だなって。話せて良かったな」
「そりゃ、どーも」
角を曲がると、正面に学校が見えて来た。日差しのせいか、冷たいコンビニから少し歩いただけで体が熱い。
「ん、だから、今後もたまに息抜きに話したいとき、よろしくね」
そして小野町は満面の笑みを浮かべた。
目下、これから昼を食べて午後も勉強するわけで、こんなことを言われて意識しない訳にはいかず。
「お手柔らかに頼むよ」
「そういう言い方が陰キャだよね。顔赤いし」
努めて平静を装っても、所詮女子免疫の陰キャには中々難しい話なのだった。
まぁ、ディスられてるのか誉められてるのかよく分からない暴露を受けたとて、別に何があるというわけでもない。
土曜は出勤してないハルちゃんに代わり、学年主任からキーホルダーのついてない鍵を借りた。
名目としては委員としての緑化活動なので、緑の如雨露も携え屋上に。
「ん、ちょいと暑いね」
「ちょっと待ってろ、涼しくなる魔法を使おう」
屋上にいることで、どっかの阿呆の顔がチラついた。
魔法と聞いて頭に疑問符を浮かべる小野町を日陰に置いて、如雨露をそこらに振り回す。
「あー、打ち水だー。ウチはマンションだから何気に初めて見るけど、効果あるの?」
「体感的に三度くらい下がる、気はする。プラシーボ効果かも知れんが、気のせいでも涼し気ならいいだろう」
「何それ。でもまぁ、確かに」
カラカラと小野町が笑う。
何だか俺に似合わずとても青春的な一ページな気がする。
どこぞの魔女ではこうはならない、なぜだろうか。
水やりを終え、昼飯の封を開けながら、益体もないことを考えてしまう。
テストが近いのに勉強も順調なせいか、高嶺の花の委員長が目の前にいるからか。
泣きついてくる馬鹿も魔法も関係なしに、いつもこれくらい平和な空気なら構わないのに。
俺も俺でこんな阿呆なことを考えていたからだろうか。
中身のない話から、唐突に小野町がこんなことを言い出した。
「ところでやさか、さっきの話じゃないんだけど、ちょっと相談聞いてくれない?」
「……なんだ?」
全く別の状況と相手なのに、なんだろう、このデジャビュは。
屋上の俺はカウンセラーにでも見えるのだろうか。
真面目な顔で、小野町がチョコチップメロンパンを齧っている。
「ん、さっきも話したけど、やさかってあんま人の印象とか気にしないでしょ?あいだに限らず面倒そうなのはノーってバッサリ言うし」
「まぁ、少なくとも小野町ほどは気にしてなさそうだな」
「そうなの。頼り甲斐のある人当たりの良いクラス委員って、定着し過ぎちゃってちょっと大変なんだよね。頼られるのは嬉しいんだけど」
小野町がわざとらしく溜息を吐く。
「……まぁ、だろうな」
そしてその溜息はそれなりに本意なのだろう。
後ろの席には人が絶えない。勉強やら色恋やら、しょうもない面倒をタネに小野町はいつも大人気だ。
「ぶっちゃけ、人のお願い断るのに良い方法ってない?」
「それ体面気にせずバッサリ行くやつに聞くことか?」
人の話聞かずに本読んでるとかいう、ただのヤバい奴か鋼のメンタルか。小野町の明日はどっちだ!




