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未遂女と屁理屈男。  作者: 田中正義
1章 未遂女と屁理屈男。
3/44

未遂女、掘る。

3話です。

 如雨露は宙から降りない。風に吹かれるように、少女の周囲をふわふわと浮かんだままだ。


「いや、お前、これは、は?」


「どうせさっき見たじゃん」


「さ、さっき?」


 さっき何かあっただろうか。

 重力を無視した現象なんて、そんなこと。


「俺に水ぶっかけた時か?」


 あの時は確かな放物線を描きながら如雨露ごと俺の腹に突っ込んで来た。


「え、私が飛び降りようと……え?」


「え?」


 法則を思い出したかのように如雨露がコンクリートに落ちる。真っ直ぐに、重力に従って、当たり前に。

 ゴツンとぶつかる重い音と、パシャリと水の跳ねる軽快な音が響いた。


「え、さっき私が飛んでるとこ、え?」


「え?」



 沈黙。



 先に口を開いたのは、少女だった。



「あのー……見なかったことってぇ……」


「できるか」


 あまりにも摩訶不思議な現象に興味よりも先にそら恐ろしさでゾクゾクしてきた。日差しは暖かいのに寒気がする。この女、やばい。


「だって見られたと思うじゃん!思いっきり浮いてるとこ見られたじゃん!!目合ったじゃん!!!魔法バレても平気そうだったから大丈夫かなって思うじゃん!!!なんで見てないのさ!!!?」


「ま、魔法?ちょっと待て、お前さっきの飛び降りってあれジャンプしてたとかじゃないのか!?」


「あぁあぁあぁあぁあぁぁあぁ……!!」


 少女は器用にビブラートを効かせながら尻すぼみな悲鳴を垂れ流した。ついでにトサリと尻餅もついたのは、腰が抜けるというやつだろうか。悲鳴を上げたいのはこっちもだ、なんだこの、なんだ。


「待て、一度落ち着こう。頼む、落ち着かせてくれ、俺も、お前も」


「……はい」


 俺も深呼吸をする。

 視界の端に転がっている如雨露とそこに出来た水溜りがさっきの出来事を嘘ではないと物語っている。


 混乱しているだけでは何も話が進まない。



「お前、なんなんだ?」


 少女は泣きべそをかきそうな顔で俺を見る。

 泣きたいのはこっちもだ、あまりにも状況が理解しきれない。


 今ならこれから自殺しますと言われても納得してしまいそうだ。


「……もう見られちゃったしいっかぁ……あぁあぁあぁ……おばあちゃんに殺される……うぅ」


 少女は泣きそうになりながらへへっと乾いた笑いを浮かべた。

 せめて落ち着かないので立ち上がろうと思ったが、腰を上げただけで足元がフラフラとする。全身に血が巡っていない、現実と分離した浮遊感。

 俺の知ってる世の常識と違いすぎる。


 少女を見下ろすと、ペタリと足をつけて座ったまま上目遣いにおれを見つめ返してきた。

 庇護欲を唆る仕草だが、状況的に欠片もトキめけない。


「……絶対、人に言わない?」


「言わない」


「本当?」


「俺の気が触れてると思われるだろう。もしかしてもう狂ってるのか?」


「何それ……じゃあ、もし言ったら君を殺して私も死ぬからね」


「お、おう……」


 目が本気だった。





「私ん家ね、魔女なの」





「とりあえず順序立てて説明してもらっていいですか?」


「だから、魔女なんだってば」


 あれか。

 箒に乗って、黒猫を連れて、配達をしたりする。


「私ん家、女は皆魔法が使えるの」


「なるほど」


 なるほど。


「今俺が返すべき言葉って何だと思う?」


「『突然若年性健忘症になった』がいちばんうれしい」


「無理だろ」


 空を仰ぎ見ると憎たらしいほど快晴だ。

 さっきまで読んでいた本の方が、まだ現実味がある話に思えてくる。


「どうしよ……本当に言わない?言ったらマジで殺して死ぬからね」


「言わないっての。死ぬなら勝手に死ねよ」


「私が死ぬ時は君を殺した後だ……!」


「ちょっと、落ち着けって」


 そばでパニックになってる奴を見ると冷静になる原理が働いてきた。この現象、名前があるんだろうか。


 少女はアハハとかウフフとか絵に描いたような笑いを浮かべている。

 正直怖い。


 だが。


「なぁ、お前さ」


「なんだよぉ」


 先ずはやるべきことがある。




「水、汲んでこいよ。水やり終わってないだろ」


「え、そこなの?」




 少女はとぼとぼと、しかし確かな足取りで半分ほど入れた如雨露を持って来た。


 これならパシられて死にそうな顔をしている風に見える。



「とりあえず突っ込みたいことは山ほどあるが保留だ」


「なんか言ったー?」


「何も。確認用の独り言だ」


 少女が縁沿いを歩き、如雨露がその後ろを付いていく。いたって普通の光景だ。


「独り言って結構ヤバくない?」


「おま、言葉もないわ」


 花のある地点までいくと、如雨露が一人でに傾いて水を垂らす。

 さっきから繰り返されるているわけだから、いたってありきたりな普通な光景だ。


 普通な女が普通の如雨露で花に水やりをしている。


 何もおかしなところはない。


「ていうか慣れるの早くすぎじゃん。もっと色々言われるかと思った」


「我慢してんだよ。どっからどう見ても普通の光景じゃないだろ」


 あ、つい言ってしまった。


「そうなんだよねぇ。普通じゃないんだよねぇ」


 少女は後ろを向いていてその表情は見えない。

 そういえば名前も知らない気がする。聞いた覚えがない。


 もしかして俺がこの女に対して持ってる情報って。


「自殺未遂に被害妄想、タカリ、人に水ぶっ放して、魔法使い?」


 普通なの顔面だけじゃねぇか。


「魔法使いじゃなくて魔女!私は分かんないけどなんか違うんだって。間違うと怒られるよ」


「誰にだよ」


「おばあちゃん」


 お前の家族事情なんか知るか。

 いや、さっき私ん家って言ってたからあながち何も無関係とは言い切れないんだろうか。

 既に巻き込まれてしまっている。


 アンパンを恵んだのが間違いか、今日に限っては屋上に来たのが間違いか。


 話し相手になってやるってのが一番の間違いだった気がする。


 だが、紡いだ言葉を飲み込むにはもう遅い。



「なぁ、お前、名前なんて言うんだよ」


 水やりを終えた少女に、問いかけてしまった。

おばあちゃんは置いてる薙刀ぶっ飛ばしてくる感じの性格。

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