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未遂女と屁理屈男。  作者: 田中正義
2章 意欲女となあなあ男
28/44

未遂女、予感する。

28話です。

 昼休みでいいか、と問う小野町が言うことには今週はまだ放課後に部活があるらしい。ただでさえ委員の仕事も押し付けられる立場だろうに、ご苦労なことだ。


 勿論俺のような無聊を持て余す人間としては是非もないので、快諾。

 頷いた瞬間から、アラートの如く昼休み昼休みと脳内で連呼する月見山を放っておけば現実になりそうな悪寒がしたので、メッセは送ってやった。


『谷坂薫:野暮用につき、今昼は屋上不在』

『月見山友紀:(ショックを受ける少女のスタンプ)』


 ノータイムで既読が付けば、不承不承といった様子の月見山である。別にお前とは予定立ててるわけでもないだろうに。


『月見山友紀:浮気者!』

『月見山友紀:(ぷいっと顔を背ける少女のスタンプ)』


「もしかしてお昼予定あった?あ、ついでにメッセ教えてよ」


 毒にも薬にもならずとある魔女の気の毒にはなりそうなやり取りを後ろから伺っていた小野町である。

 覗き見はしないあたり、ちゃんと良心はあるようだ。見られていれば多少なり弁解が必要そうな文面をしている。


「ない。強いて言えば、緑化の水やりだけだ。むしろサボる口実が出来て助かる」


 話しながら、自然にアプリのアカウントを表示させる。小野町も慣れた手つきで、俺の情報と自分のそれを交換していた。男子は半数把握してるが、女子ではクラスで初のフレンドだ。


「はいおっけ、よろしくー。……んー、そういえばいつもお昼消えてるっけ。どこ行ってるの?」


 屋上については正直に言って難があるか一瞬迷ったが、相手は不真面目の真反対に位置するクラス委員様だ。

 確かにハルちゃんから屋上はあまり人の集まる場所にはしないよう言われているが、箝口令が敷かれている事情でもない。別に相田たちも知ってるし。


「ああ、よろしく。昼は屋上だな」


「え、ウチって屋上出れるの?」


 いつもの質実な態度からは意外に、目を輝かせて黒尾の一房を揺らす生真面目な委員長。

 気持ちは分かる。俺も初めは同じような期待を抱いていただろうから。


「必要に応じて鍵は借りれる。借用リストで俺以外の名前は見たことないが」


「……確かに、用ったら、ないか」


「夢を壊すようだが、仮に屋上にいても、ただの直射日光か砂埃まみれの吹きっ晒しだぞ。高いだけで、校庭のど真ん中で飯食うのと変わらんだろうよ。いっそ中庭の良い場所取る方がよほどマシだと思う」


「校庭で食べるとピクニックみたいになるよね。ひどいときご飯に砂入ってくるけど」


「経験者だったか……」


 そういえば陸上部、そんな機会もあるだろう。しかしやはり屋上という場所は、普通に学校生活を送る上で滅多に関わることがない。


「屋上ってあたしが付いてってもいいの?」


 であれば、こうなることは自明の理。ぱっちり開いたアーモンド型の目からは、変わらず好奇の色が消えていない。


 実際、不都合はない。

 相田も四月の頃は一緒に屋上に行くこともあった。わざわざの移動も面倒なのと、結局そこまで面白い場所でもないし水やりもしなければならないから飽きてしまったのだが。


「まぁ、問題はない。余程ふざけたりする奴なら嫌な顔くらいするが、小野町だし」


「ん、それって品行方正皆のお手本なあたしの人徳によるところ?」


 ころっと表情を緩める小野町。一々妙なところで自信過剰な奴だが、八割事実なのであまり驕りの風にも聞こえない。

 茶目っ気というか、軽口を叩きやすいのが人気の故なんだろうな、と考えついて納得してしまうような親しみやすさが売りの委員長だ。


 端的に小野町の仰せの通りであると首肯すれば、次に紡がれる言葉は話の流れ的に簡単に予想はできた。

 予想できていたはずだが、


「じゃあ今日のお昼屋上で勉強しない?行ってみたいし」


 断る外堀は埋めてしまっている。

 どうしたものかと答えあぐねていると、手の中に握ったままだったスマホが震えた。


『小野町小鞠:お花の水やりも手伝う!』


 見れば、後ろの席の委員長、小野町小鞠(こまり)その人からのメッセである。


『谷坂薫:了解、と言っても如雨露足りないからそっちはいいぞ』

『小野町小鞠:やったー!重労働担当するとは紳士だ笑』


 交換したアカウントから、直接対面しながらもメッセで送ってくる小野町。校舎が入るように青空を気持ちよく写したアイコンが小野町らしいな、と思った。

 クラスの女子と会話しながらスマホ越しでやり取りするのが、下心があるわけではないが今更ながら少しこそばゆい。



 何気なく指が触れてトークルームを離れると、小野町との履歴の下にある月見山のさっきのメッセが責めるように視界の隅に飛び込んできた。

 うるさい、阿呆。





 気付けば鍵の用もなく屋上にいる月見山と違い、小野町はきちんと正規の手順を踏んで屋上にやって来た。

 借用リストに名を連ねても、実際に鍵を持つのは俺なのでそれ自体に意味はないのだが。つまらないところでもきちんと委員長をしているようだ。


 もしかしたらやっぱり人を連れる、と念押しした結果かいつもと違い月見山の姿はない。奴が他人と話す姿を見てみたくはあるが、余人がいると分かれば奴は来ないだろうなと、確信めいたものがあった。間に挟まる俺が何かと面倒そうなので結果よし。

 そして午後イチは古典なので相田は今、自力で俺の課題を写している。


 つまるところ、気さくさで皆に人気なクラス委員となぜか二人きりであった。


「んー、意外と広いんね」


「水やり仕事としては面倒だがな」


「お花どこあるの?」


「ん」


 顎で指し示した見えない一角に、そのまま緑の如雨露を傾けた。やっぱり、視界に入れたことがある割に誰もが管理までは気にしたことないんだろうな。


「……っあ〜!もしかして吊るしてるやつ?」


「その通り。屋上から校舎側面に垂らす彩りを守っているのは実はクラスの陰キャだったのさ」


「うわ、ギャップ」


「花に罪はないだろ」


「やさかが仏頂面でお花に水やりしてるのウケるね」


 黒尾を揺らして笑い、ふーんほーん、とフェンス下の花を見ようとする小野町。

 しかし高さや角度の都合、屋上からは鉢は見えない。作業に慣れてきた俺でさえ、勘で水を振り撒くしかないのだ。土だけでなく花弁や葉にも水がかかってしまうが、誰が決めたか知らないコンセプト上、仕方ない。一々花鉢を引っ張り上げるのもあまりに手間だし、危険だ。だから上から花を認知して正確に水をやれるのは、どっかの阿呆だけだったりする。



 一通り水やりと打ち水を終え、昼飯も腹に収まる頃には良い時間。小野町の弁当は親の手作りだった。



「それで、現国と古典どっちだ?」


「ん、現国かな。一年の古典はまだ知識問題だし。意図を読み取れ、とかぼんやりしたのが苦手。やさかって数学何ダメなの?」


「応用全般。頭が固い」


「自分で言っちゃうんだー」


 二人で顔を見合わせる。普段こんなに女子と近くで二人きりというのもどっかの例外を除いてない機会。改めて見ると小綺麗な顔してるな、と感想が浮かんだ。

 真面目な会話でも話しやすい相手だから、阿呆の相手をするより気苦労がない、楽だ。


「んー、つまり難しい部分の解き方っていうか、導き方がパッっと出て来ないわけね?」


「そうだな。小野町は長文読解だな?」


「そうそ、長ったらしい文章をまとめるっていうのが分かり辛くて」


 なるほどなるほどと二人で頷き合う。

 何となくお互いの理解度は予想できるし、苦手に思っている部分の教え方も見当がつく。

 求める要素も求められる要素も分かりやすくてやり易い。


 しかし。


「なぁ」


「多分あたしも同じこと考えたよ」


 二人で頷きあい、ほぼ同じ意味合いの言葉をかける。


「長文って読解含めて時間かかるぞ」「応用って解説どうしても時間かかるよ」


 どうやら昼休みじゃ収まらないな。

谷坂君は陰キャを自称するけどあまり自分から話さずに本ばっか読んだり昼に一人でどっか行ったりするだけ。陰キャだよ。

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