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未遂女と屁理屈男。  作者: 田中正義
2章 意欲女となあなあ男
27/44

未遂女、気を揉む。

27話です。

『月見山友紀:ズバリ勉強は得意ですか?』

『谷坂薫:高校入ってまだテストないから分からん』

『月見山友紀:ずるい!!!それ私が言ったやつ!!!』

『谷坂薫:先に言うが教えないからな。人に教えるほど得意ではない』

『月見山友紀:がっでむ……』

『月見山友紀:(強面の格闘家が悔しがるスタンプ)』


 スマホを放り投げると、窓から差し込む西日が上向きに傾いていることに気が付いた。

 夏が近い。家に帰ってから随分と時間が経ったが、まだ太陽が沈みきっていない。


 学生がテストに焦り出す頃だ。


 また枕に沈んだスマホがくぐもった通知音を立てたが、どうせ月見山なので放置。付き合っていてはキリがない。というかアイツ、最近は毎日のようにメッセしてくるが暇なのだろうか。修行しろ、とは関係ない俺でさえ口煩く声にしているが、この時期は修行の合間に勉強することになるのか。憐れだ、笑える。


 しかしせっかく話題に上がったし、夕食までは時間もある。

 机に向かい、通学鞄からペンとノートを取り出した。


 勉強して、奴に教えるわけではない。ただ、こんな軽口を叩いておいて奴より点が低ければどんな顔をされようものか……というより、どんな顔を突き出せばよいのか分かったものではない。


 存外ただの中間テストの割に、面倒がらずにやる気の切り替えが出来るものじゃないかと自分で自分を褒めておいた。



 奴は何の教科が苦手なんだろうか。得意なんだろうか。

 きっと、一般常識がダメなんだろうな。


 どうでもいいことを考えても、雑念はノートに走らせた単語たちに押し出され、すぐに頭から消え去っていった。





「勉強会しようぜ」


 翌朝、教室に続々と頭数が揃う中、開口一番に相田が言った。

 この間遊んだばかりの軽音部連中はまだ来ていない、そして友人と呼べる距離感の人間は他に近くにはいない。


「二人でか?」


「うんにゃ、誰か誘ってもいいけど」


「まぁ、別にいいが」


 相田がそっと物理のノートを差し出して来た。空いた左手は天に向けて、大きく開かれている。

 まるで政治家が文書を交換するように、俺は左手で物理のノートを受け取り、反対で古典の課題プリントを渡す。


 等価交換だ。

 一限は世界史。授業の半分以上を占める老教師が黒板に地図を描くチョークのリズムと、片仮名ばかりの揺籃歌を寝ずに耐え忍ぶには集中できる何かが必要だ。

 補い合える関係性、尊い相互扶助の精神である。結局昨日は復習すると夕飯になり、課題には手をつけ忘れてしまった。相田も似たようなものだろう。


 しかし俺たちだけでは足りないものがある。


「数学だな」


「あー、確かに」


 相田が俺の不得意な物理化学をカバーし、俺が現国古典を教える。

 他の教科は得意不得意もない程度だが、二人ともどうしても数学だけはてんでからきしだ。


「誰かいたっけ?数学得意マン」


「記憶の限りでは思い当たらないな……。そもそも他の奴らの出来も知らん」


 ここに来て交友関係の狭さが仇になる。

 数学に関しては正直、将来の使い道の具体さがイメージできないのもあるが、どうにも応用に発展させる式の当て嵌め方が苦手だ。相田は単に計算が嫌いなようなので、意識の問題だろう。


「ミッティたちどうだべ」


「英語ダメなのは分かるが、得意ってなるとあまり聞いたことはない」


「音楽のテストあればいいのにね」


「そうすると俺たちがヤバいだろ」


「確かに。そもそも選択取ってなかったわ」


 あっはっはっ、なんて二人して呑気に笑い合っている場合ではない。

 地道に一人で勉強してもいいが、基礎科目であるが故、どこかで克服しなければ後に引き摺るだけだろう。


「うーん、誰か探してみよっか」


「そもそも別に勉強会じゃなくてもいいんだがな」


 どっかの阿呆の言葉ではないが、まだ初回のテストだ。構え過ぎるより、自分の出来栄えを見るためと割り切って今後の方針にすべきだろう。勿論上を目指すに越したことはないが、悪い点を取りたい訳ではないが逆に言えばそれ以上のモチベーションはない。


 予鈴が鳴り、ほいじゃ誰か当たってみるわ、とひらひら古典のプリントを揺らしながら席に戻った相田を尻目に、俺も俺でクラスの顔ぶれをざっと眺める。



 四分割すれば、未だに名前も覚えていない人間のブロックが出来そうだった。

 名前すら知らないのに、それ以上の情報なんて見た目十割で中身があるはずもない。


 そういう意味では名前を知ってても、為人まで通じている人間なんて一握りだ。


 そう、例えば。



 たまたま目が合った、後ろの席の女子。

 俺がわざわざ用もないのに顔を突き合わせてしまったので、何かあるのかと思わせてしまった。

 後ろで括った黒髪の一房が、傾けた小首の波を伝えてふるふると揺れている。


「ん?なになに?」


「いや、別に。小野町(おのまち)って数学得意か?」


「ん、割と。あ、もしかして天才賢いあたしのお利口頭脳を狙ってる?あいだの今の話だよね」


「聞こえてたか。別に狙ってる訳じゃないが、単なる興味」


「流石に男子二人の勉強会に顔出すのは、ん〜、って感じ」


「ま、だよな」


 そもそも数学が得意だなんて初めて知ったし。あくまで目が合ってしまったから繋いだ会話に過ぎない。

 誰に弁明する訳でもないが、流石の俺も自分から話しかけることは皆無ではない。そりゃ、空き時間は本の世界にいることも多いが、相田に絡まれるだけではない。小野町は男子グループ以外で言葉をかけられる、数少ない一人だ。


「しかし伊達にクラス委員やってるだけ、頭の中身も優等生か?」


「優等生優等生。てかやさかならあたしの小テストの点数わかるでしょ」


 確かに前の席にいるからには、プリント類を流すわけだが。


「じろじろ見るのも悪いだろ。あんま気にしたことなかった」


「多分国語系は負けるかもだけど、他なら、ん、余裕で勝ってるくらいかな?」


「劣る部分も出されちゃあまり嫌味も感じないな」


「点で結果出るのにウソ言っても仕方ないでしょ」


「違いない。じゃあ優秀な委員長は次のテストは余裕か」


「ん、むしろ部活行かない方が気になるくらい。てか委員長じゃないし」


「似たようなもんだろ。陸上だっけ」


「そうそ、ハイジャン」


「棒?」


「使わない方」


「身一つの方か。校門くらいなら跳べるのか?」


「無理無理無理、まだ百四十くらいしか跳べないって」


「すごいのかよく分からんな」


「んー、普通?言うほど運動得意ってワケじゃないし」


「天は二物を与えず、だな。それなり勉強誇れるだけでも十分だろ」


「まぁねー」


 我がクラスの号令といえば半分はこの小野町の声だが、気持ちよく透る声だ。声が先が性格が先か、本人の奇を衒わない素直な性分をそのまま音にしたようである。


「でもそう考えると得意な方の勉強でやさかなんかに国語負けてんの悔しい。数学教えるから現国教えてよ。勉強会はやだけど」


「なんかて、否定しないが。こっちとしては願ったり叶ったりだな」


「苦手じゃないけど、なんか抜き出し方が甘いんだよね。じゃ、時間ある時よろしく」


「おう、こっちこそ」


 小野町がにこりと笑う。

 とても一言前にさりげなく人をこき下ろしたとは思えない、明朗な笑顔である。


 クラス委員という立場上、何となく話し掛けやすく、そして憎めないキャラなのが小野町だ。



 図らずも、順調にテスト対策が進んでいる。

新キャラです。誰よこの女。

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