屁理屈男、広げる。
25話です。
世の中は窮屈だ。
前を向けば制服の女の子。左を見ても同じ制服の男の子。後ろを見てもきっと一緒。
このマネキンみたいに同じ格好の人達はただのクラスメイトで、私とは人種が違う。
魔女じゃない。魔法使いですらない。
おばあちゃん曰く全く別物らしい魔女と魔法使いでも、魔法を使う点では共通してる。
だけど何百人と集まるこの学校の中で、きっと魔法を使えるのは私だけ。学校を出ても、この辺りの魔女は私の家族だけ。
外国や他の地方に行けばそれなりにいるらしいけど、私はあまり他の魔女に会った記憶はない。
だから魔法は隠さなければならない。
不便だ。窮屈だ。そして寂しい。
魔法が使える私を隠さなければならない。
本当は授業の板書だって、勝手にペンに取らせればいい。でもそれは出来ない。落とした消しゴムを拾うのも、鞄から教科書やノートを取り出すのも、ほんのちょっとのことは全部魔法でちょちょいとしてしまえば楽なのに。
あーあ、ストレスが溜まる。
何でも思い通りに出来る筈なのに。
勿論魔法で出来ないこともあるけど、強いられる窮屈はそういうことじゃない。
魔法が使えない人間のためのルールに従わなければならない。
でや仕方ない。魔女には魔女のルールがあるっておばあちゃんも言ってた。
だからきっと、これから先何十年も、今学校で演じてるのと同じように出来ない私を続けるしかない。
……何のために魔女に生まれたのか、分からなくなる。ううん、生まれた理由なんかはどうでもいい。何のために魔女として生きていかなければならないのか、分からない。
家でだっておばあちゃんにはみだりに魔法を使うなと言われるし、まして外で使えるはずもない。
どうせどこでもろくに使えないのなら、魔女としてなんか生きてる意味がない。
そのせいでストレスも溜まるし、最悪だ。
感情が激しく動きすぎないように、下手に魔法を使ってしまわないように。
魔法を使わないだけじゃなく、私自身の振る舞い方も抑えなければならない。
ほんと、窮屈。まるで私自身を殺すみたい。ずっとビクビクしてなきゃいけない。
バレないようにする魔法を使えばいい。記憶を弄っちゃえばいい。
それが出来ればどれだけ楽か。そんなことをバレたらおばあちゃんにぶっ飛ばされる。
「生きづらいなぁ」
呟く言葉を誰にもバレないように、ミュートする。
こんなしょうもないことに魔法を使うくらいしか、自由がなかった。こんなこともおばあちゃんにバレたらぶん殴られる。
でも結局のところ、魔法が使えないストレスは、魔法を使うことでしか解消できないんだ。
ちまちまと魔法を使うことを覚えてしまった私は、小さな魔法を誰にもバレないように使う変な癖が付いてしまった。
ある日、いつも通りよくわからない授業をぼーっと受けてると、気付けば昼休みの屋上にいた。
また生きづらい世界に嫌気を覚えていたら、どうやら勝手に魔法がその望みを叶えようとしていたみたい。
今まさに自由な空に飛び降りようと、フェンスの外側で足が浮いていた。
このまま死ぬのもいいかも。死ななくても、飛び降りて、自由に空飛んでさ。全部吹っ切れてみたら、どれだけ気持ちいいだろう。
ずっと魔法を隠して自分を殺して生きてくより、マシかも知れない。
そんなことを考えていたら、いつの間にか屋上にいた知らない男子と目が合った。
その男子は何も言わずに手にしたジョーロを置くと、日陰で本を読み始めた。
頭が真っ白になった。
冷静になって何をしようとしていたのか思い出して怖くなった。それを人に見られた事実が不安を駆り立てた。
屋上のコンクリートに足を付けた瞬間は、何だかすごくほっとした。
少年は何も言わなかった。
だから、自殺未遂で済んだ私は何も考えずに声をかけていた。
彼はアンパンを奢ってくれた。
クソ陰キャ側の人間かと思ったら、話せば思いの外普通だった。
……ことあるごとにチクチク言ってくるし、なんか屁理屈多いし、普通ではないかも知れない。
そして私から、魔女であることを証明してしまった。彼は私が飛んでるとこも見た筈なのに、魔法なんか知らなかった。死にたくなった。そんなのってねぇよ。
なんかもう、色々考えるのやめた。
彼はどうやら相談に乗ってくれるらしい。
魔法のことを人に話したのは、初めてではないけれど、前のはなかったことになってるから、初めてだ。
アンパン美味しかったし、嬉しかった。
彼はウィリアム・スミスと名乗った。
嘘つきだ。
嘘つきだから、きっと人に「魔女を見た」なんて言っても信じてもらえないだろう。
おばあちゃんが「狼男はいる」って言ってたから、オオカミ少年だって実在するだろう。彼の屁理屈が移ったかも知れない。何だか少し楽しくなった。
明日も屋上に行けば会えるかな。
次の日もウィリアムくんは屋上にいた。
ウィリアムくんはヤサカくんと言うらしい。
また相談に乗ってくれる。何か実のある答えをくれる訳じゃないけど、話を聞いてもらうだけでよかった。
隠さなきゃいけなかった私として話せる。それがすごく楽。
明日もまた会えるだろうか。
いつの間にか、死にたいほど窮屈だった世界は、屋上にいる間だけは空みたいに広く感じた。
その夜、いつもの癖とは少し違う、変な魔法を使ってることに気付いた。
おばあちゃんにバレたらヤバい。普段から変な魔法使ってたのまで洗いざらい吐かなきゃいけない。そんなことになったらどうなるか分かったもんじゃない。
どうしようどうすればいいと、目の前が真っ暗になった。
話したいと頭に浮かんだのは、昨日会ったばかりの陰キャ風な彼だった。
次の日、ろくに眠れもせずに消耗しきって屋上で彼を待っていた。事情を話すと、なんか写真撮られた。
でも彼と会った時には、魔法はもう止まったようだった。
彼と話してると、ひとまずは安心出来た。やっぱりおばあちゃん以外の誰かに話せてよかった。何だか、また暴走しても大丈夫な気がしてくる。結局どうでもいいような何でもない大事な話だけをして、解決の糸口も見つからず昼休みは終わった。
また夜になって、自分の知らない何かをしていたことが、たまらなく怖くなった。
早くヤサカくんに相談したい。夜と朝と授業が終わったら、すぐに。
次の日の昼。ヤサカくんから「記憶をどうにかできるか」と訊かれた。嫌なことを思い出した。
出来る、と答えたら、彼は彼の立てた予想を話してくれた。
でも違う。記憶を消すなんて、もうしたくない。ヤサカくんに魔法がバレてしまった今、なんかもう隠すこともどうでもよくなったし。だからヤサカくんに別の原因だろうと告げると、彼はもしかすると私より真剣に考えてくれているみたいだった。放課後にも相談できるようになった。
確かにヤサカくんが言ったように記憶が薄い。過ごした経験に伴っていないような、中身はあるのにまるでその重さがない。なぜだろう、早くヤサカくんに相談したい。賢い彼ならきっともっとヒントをくれる。助けてくれる。
でも、早く放課後になれ、と時計ばかり見ていたら自分で思い当たってしまった。
そうだ。魔法は思ったことを叶えるんだ。
一昨日から同じことしか考えてないじゃないか。
それに気付けば、顔から火が出るほど恥ずかしくなった。チョロすぎだろ、私。いや、違う。まだそういうんじゃない。
放課後、ヤサカくんは谷坂薫くんだと判明して、SNSのアカウントを交換した。帰り道も一緒になった。
なんかもうその日はいっぱいっぱいで、他のことを考える余裕もなかった。
あれだけ悩ました魔法の暴走も、冷静に訳を考えてしまえば恥ずかしすぎて使う気にもならない。
でもおばあちゃんにはバレてたみたいで、ぶっ飛ばされはしなかったけど久々の修行パートが始まった。
助けてヤサえもん。
勇気を出して谷坂くんを遊びに誘った。
修行ヤバいから早く逃げたいのと、早く会いたいのと。一時間も早く待ち合わせに着いたら、谷坂くんも早かった。びっくりした。
お昼はよく分からないチェーン店で食べた。屋上じゃないことに違和感があった。
カラオケに行くと、谷坂くんが歌上手くてびっくりした。私はあんまりこういう遊びはしないから、下手だった。見苦しいところを見せてしまった。
少しだけ寄り道すると、谷坂くんに口説かれた。あいつ絶対私のこと好きだろ。私は……いや、好きになるには嫌味すぎる。無理無理。なんて、誤魔化さないとやってられない。
週が明けて月曜日。
谷坂くんとまた何でもないことを昼休みに話す。
窮屈だった世界はもうすっかり広くなってた。代わりにおばあちゃんの修行はキツいけど。
のんびり話してたら、あまりに早起きだったせいで谷坂くんの前で少し眠ってしまった。
私的には大失態だけど、彼は「昼休みに寝るのは合理的だろ」とか言う。そうじゃないのだ。時間の使い方の話じゃないんだよ。寝顔見ただろお前。
彼にも話せない悩みの種が増えてしまった。
一章完結です。月見山サイドでした。




