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未遂女と屁理屈男。  作者: 田中正義
1章 未遂女と屁理屈男。
24/44

未遂女、変わってる。

24話です。

 月曜日。憂鬱な、週の始まる一日目。

 束の間の中でもとりわけ長い休息の時。昼休みである。


 今日も屋上の日は高い。

 今週末は雨になる日もあるようだが、雨は雨で水やりをしなくて済むメリットがある。

 しばらくは何もせずに、のんびりと無為な時間を過ごしたい。



 昨日あの後は特に何事もなく解散し、忙しい土日は幕を閉じた。

 珍しくはしゃいだせいか、なんとなく体には倦怠感が残り、いつも以上に続く平日の五日間が億劫に感じる。

 思えばろくに本も読まずに二日とも出歩き続けたのなんていつ以来だろう。



 しかもその片方は、月見山ではあるが、女子と。


 本当にいつ以来だろうか、ともすれば初めてかも知れない。昔であれば幼馴染と遊ぶようなこともあったろうが、そんなものをカウントに含めたら何でもありだ。


 そんなことがあったからといって、特に何を意識することもないんだが。なんなら欠片ばかりも胸が高鳴ることはなかった事実に自分で落胆さえしそうなほどだ。



「でさー、谷坂くん、聞いてる?」


「おー聞いてる聞いてる」


「絵に描いたような生返事どーも。そんでさ、おばあちゃんが平日も修行って言い始めたの!死ぬ」


「また自殺か?勘弁しろよ」


「違くってぇ〜。日の出に起きて学校来ないとならんの、分かる?」


 うへぇ、と月見山が呻き声を上げる。そのまま教室で寝ていればいいものを。わざわざ開放感のある屋上まで駄弁りに来るあたり、息の抜き方が下手なのか上手いのか。


「というわけで週明け一発目のご相談。ずばり早起きの秘訣って?」


「夜寝ろ」


「逆にすごく真っ当なこと言われると思わないじゃん」


 そうじゃない、そうじゃないんだ、と月見山がコンクリートを小突く。知るか。


「それが嫌なら授業中寝ればいいだろう」


「不良じゃん」


「あくまで教育を受けるのは権利だ。義務教育だって、親に義務があるだけで子どもの義務じゃない。強いて言えば教師には教える義務があるだろうが、俺達が勉強しなければならない理由となると、将来のためと、学費を出す親への面目くらいだろう。それを踏まえても、あくまで自己責任だ」


 月見山がぽかんと口を開けている。

 さっきまで食べてたサンドイッチは咥内から消えているが、行儀の良い仕草ではない。


「なんだ、阿呆面に拍車かけて」


「それ元からアホ面だって言ってない?谷坂くんってなんだかんだ真面目だから、あんまそういうこと言わないと思ってた」


 そんな風に思われていたとは。だが思えば確かに月見山もハルちゃんを前にすると猫を被っている。根は真面目……なのだろうか。俺も月見山のことで知らないことも多いしどうでもいいが、似たようなものか。


「俺だって授業中寝る時くらいあるわ」


「えー、なんか意外。不良だ不良、ヤンキーじゃん」


 やいのやいのと月見山が茶々を入れてくる。一々腹を立ててはキリがない。反応すれば反応するほど盛り上がるのがこの女。適度に矛先をずらし、放置。


「そのヤンキーと屋上で屯してるお前もお仲間だろう」


「仲間意識!ヤンキー特有のやつだ!」


「誰が仲間だ。今時いるのか知らんが、ヤンキーにも大分偏見ないかそれ」


 一つ一つ指折り数える月見山の思うヤンキーの特徴は、喧嘩が強い、なんかやたら集まってる、学校をサボってバイクに乗ってる、金髪でピアスを開けてる、猫を拾う、だそうだ。

 舐めてるにも程があるだろう。

 そもそもヤンキーなんて未だ実在するのか謎だが。このご時世に居場所もないだろうに。


 しかしどうでもいいことはどうでもいいのだが、早起きか。


「いや起きろよ。素直に修行してろ」


「ぬぁんでーーー!人でなしっ」


「未熟者が垂らせる文句などない」


「聞いて谷坂くぅん!谷坂くんが薄情です!」


 放置。

 ぐぬぬぬぬぬと歯を食い縛る月見山だが、また全人類に迷惑をかけられちゃ堪ったもんじゃない。素直に青春を犠牲に励むがいい。



 というかだな。



「ところで月見山」


「何だね」


「魔法の修行、お婆ちゃんが見てくれるなら俺が相談に乗る意味あるか?」


 それもなんだが、それだけではない。


 なぜ俺がこいつの相談に乗っているって、月見山が抱える悩みとやらと、こいつから感じる印象があまりにチグハグだから。

 一度触れてしまえば、魔女という常識外の存在感も相まって俺が気にせずにいられなかったからだ。

 人のことで頭をいっぱいに、なんて、らしくない。どうでもいい筈だ。だから解決を望んだ。月見山のためでなく、俺のために。



 まして頭を悩ませるのは自殺と魔法。

 その片方が解決されるならば、月見山が俺に持ちかけるべき相談は必然的に。



 なんて、果たして俺は月見山にとってどんな存在になりたいのか。



「あるよ!バリバリあるよ!!むしろ谷坂くんなしじゃ修行とかむりむりむり」


 即答だった。

 俺の胸中など勿論関係ない。迷いなどなく、黒いままの瞳が俺を貫いていた。


「おばあちゃんは確かに修行させっけど、違うじゃん」


「知らんが」


「だって愚痴とか言えないし、それこそ早起きなんてばっさりだもん。『寝るな』とか言うよ、絶対。熱血っていうか、スパルタっていうか。体育会系みたいな?」


 やれやれと疲れたようにいつもの愛想笑いを浮かべて溜息を吐く月見山だが、老人なら病床に臥せるよりはマシだろうな。


「老いてますますお元気で何よりじゃないか」


「そうなの、たまに若すぎるけどね、私なんかより本物の魔女だし。だから谷坂くんいないと絶対無理」


 言い切る月見山。



 なんだか、毒気を抜かれた気分だ。


 正直俺が月見山の人生相談にどんなスタンスで臨んでいたのか分かったもんじゃない。

 引きつけられる何かがあったから、不可抗力の魔法の力があったから月見山と話し始めた。

 それは月見山のドロドロとした部分に誘われていたのかも知れないし、他人の人生相談に乗ることで優越感を感じていたのかもしれない。


 だから答えを出せない魔法について切り捨てることで、より月見山の醜い部分に触れようとしたんだと思う。


 しかし月見山はそこに踏み込ませず、俺が全く役に立たない部分で俺が必要と言う。


 なんだか、自分の浅ましさが惨めだった。


「自殺云々の方はいいのか?」


 それでも問わずにはいられない。

 俺の胸の内など知る由もないこの少女の、暗澹たる想いに希望を持たずにいられない。


 月見山は少し悩む素振りを見せたが、何が面白いのか少しだけ、心の内から漏れ出たような微笑みを浮かべると。


「うーん。いーや」


「それはまた、どうして」


「んーーーーー。なんか、どうでもよくなっちゃった」



 月見山がいつも通り如雨露を傍に浮かべ、見えない花に水を与えに日差しに飛び込む。

 傾く如雨露と空を跳ねる水飛沫からのプリズムが眩しい。



 どうやらこの魔女の少女は、いつの間にか立ち直っていたらしい。

 全く、さっきまでの黒い感情はどこに置けばいいのやら。


 本人がこの調子では、俺が悩んでても仕方ないじゃないか。




「それで谷坂くん!早起きじゃなくてもいいから、時間の使い方!なんかない!?」


 少し遠くの日差しの下から、月見山が声を上げた。


「それこそ早送りがあるなら、スローにする魔法なんかないのか?」


 日陰で本を開き、それに応える。


「ばーか!元々それでこんなんなってんじゃん!」


 それでもどうやら相談事は続くらしい。

次で一章終わりです。未遂かもしれません。

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