未遂女、やらかす。
2話です。
「そんなの自殺志願者に言われてもはいそうですねしか言えんわ」
「もうちょっと共感するとか、何かあった?くらい聞けんのか」
事実どうでもいいわけだが。未遂現場に立ち会った後、さっきの眠さに今更ながら状況を再確認している部分がある。
人が何を思って死のうとするのか、青臭いならではの理由なんてどうせ何となく共感できるかもしれないが聞いても面白い話でもない。
「なんで飛び降りなかったんだ?」
「え、そっち聞く?」
「結果的に生きてるんなら、死ぬ理由より生きる理由の方に意味があったってことだろう」
少女はうーーーんと唸る。パンを飲み込み切れないだけかと思えるくらいには、悩む素振りがあまり伝わらない呑気な様子だ。
「そういうもんなんかな。アンパン食べてなんか満足しちゃった」
小さな口でアンパンを頬張る。甘さに相好を崩しているが、アンパンからメロンパンのコンボが俺には甘すぎてコーヒーでも欲しい。世の中にはクリームの入ったアンパンを食べる人種もいるが、その分類の女だろう。
多分流行りのカフェとかで自撮りしまくるタイプ。
「つまりアンパンを買わせた俺のおかげで今を満喫しているわけだ。感謝するといい」
「ごちっす」
素直に礼は言う。
なんだかこうしていると自殺なんてしそうなやつには見えないが、人は見かけによらないものだ。
「なんかさー、気の迷いってあるじゃん」
少女はころころと足先でコンクリートを蹴り遊ぶ。
「気付いたら、的な?」
「別に聞いとらんが」
それより喉が渇いた。屋上は日が近いので風が吹いてもあまり涼しいとは感じない季節だ。
「まぁ、誰にでもそう言う時期ってあるもんだろ。人知れず黒歴史になる感じの。大事にならなくてよかったな」
鍵を預かってる身で飛び降りなんかされたら堪ったものじゃない。
そういえばこいつはどうやって屋上に入ったんだろう。
「でも、君には見られちゃったわけだけど。なんでこんなとこいんのさ」
少女はへへっと愛想のいい笑いを浮かべた。
背後に煤けた空気を背負っているのが、辛うじて話題に通じた哀愁を感じさせる。
「場所が悪かったな。昼休みの屋上は俺のテリトリーだ」
「なにそれ」
間に置かれた如雨露を指し示す。何の変哲もない六リットルの緑の如雨露には、中になみなみと水が入れられている。
「じょーろ?」
「良かった。象さんとか言われたらどうしようと思った」
「ジョーロくらい分かるわ」
「漢字書けるか?」
「漢字あるの?」
「ないよ」
「めっちゃ嘘吐くじゃん」
どの辺が嘘なのか分かっているのだろうか、こいつ。なんか不安になってきた。
「で、このジョーロがなんなのさ」
「屋上が俺のテリトリーである証拠だ。緑化委員に甘んじているお陰でここの鍵を好きに使える」
「パシられてんじゃん」
少女は歯を見せてカラカラと笑う。泣いていた訳でもないが、今泣いたカラスがもう笑ったお手本のような笑顔だった。
こいつが特別可愛いというわけでもないが、こんな風にサシで女子と話す機会はそんなにあるわけでもない。なんとなく興味が惹かれてしまうのは仕方ない。
「それは認めよう。だが俺がやらねば担任のハルちゃんが泣いてしまう訳だ。パシられてる方が下の立場なわけでもない」
「下じゃん、確実に。ハルちゃんってことは四組ね」
「お前さっき俺にパシられてパン買ってるからな?」
「上だわー、お願い聞いてやってる立場偉すぎるわー」
二人で顔を見合わせて笑う。
パンも食べ終えてしまい、続く言葉も見つからなかったので膝に手をついて立ち上がろうとした。
そのまま如雨露に手を伸ばそうとすると、少女は腰を下ろしたまま器用に後退ってみせた。乾いた屋上のコンクリートがザリザリと擦る音を立てる。
「なんだよ?」
「え、いや……犯されると思って」
「は?」
「さっきの黙っててやるから……みたいな」
「は?」
「なんかそんな目と手してた」
「は?」
「は?って言うのやめて」
「あ?」
とんだ被害妄想女だ。
自殺未遂に被害妄想、あながち筋は通っているのかも知れん。
「誰がお前みたいなチンチクリンに手出すか。如雨露だよ、如雨露」
「……あ、なんだ。ジョーロね」
少女はまたペタリとコンクリートに尻をつけた。
「丁度いいからお前代われよ」
「水やり?どこに?」
少女はキョロキョロと辺りを見渡すが、生憎と見えるところには置いてないんだな、これが。
「フェンスの外の、丁度段差になってる下んところ。下から見たことないか?屋上からぶら下がってるやつ」
「あー、あれ。君が水やってたんだ。いいよ、やるやるー」
少女はよいしょと如雨露を持ち上げると、おっとっとっととフラついてそのまま「おい待ておまっ」
「……あの……犯さないで……ください……」
「お前さっき自殺未遂なんて妙なことしてなかったらぶん殴ってるからな」
「……あの、はい。さーせん……」
この濡れたズボンをどうしたものか。ジャージでいいか。日に当ててたら乾くだろうか。
「とりあえず水汲んで来い」
「……はい」
辛うじて尻ポケットが無事で良かった。
「女の子の力じゃこのジョーロ重すぎると思います」
「やりたいっつったろ。責任を持て」
「おもーい!限界!!」
「半分にでもすればいいだろう」
少女はよたよたとコンクリートの端から端を回る。
階段を降りた踊り場に水場があるのだから、そんなに水汲みが苦になる距離でもなかろうに。なぜ目一杯入れたのか。そのせいで数分前に何をしたのか思い出せ。
少女は四分の一ほどの見えないプランターに水をやり終えると、如雨露を放り投げた。
飛び上がった如雨露が少女に連れ立って宙を浮く。
「は?」
「は?って言うのやめてって言ったじゃん!」
言うだろ、これは。
ハルちゃんは4組担任のハルちゃん先生。一年には現国の可愛い人。二年には古典の意味分からない人。




