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未遂女と屁理屈男。  作者: 田中正義
1章 未遂女と屁理屈男。
13/44

未遂女、告白する。

13話です。

 ヤマナシはいつもの愛想笑いを浮かべると、視線は真っ直ぐにおれを貫いた。


 珍しい、真面目なモードだ。


「で、何が分かったって?」


 分かったんなら自力で解決すればよかろうに。なぜそこに俺が出る幕があろうか。


「使ってた魔法。多分、これじゃん、っていうのがあった」


 使ってた。

 その言葉の過去形が示す通りにヤマナシの日色の目はまた徐々に黒へと大きく戻りつつある。いつからだろうか。体感的には、昼休みの終わりからこれまで、だろうか。


「でね、えーと……これ、言わなきゃダメ?」


 足元をもじもじと蹴り遊ぶヤマナシ。死に際の寸前まで晒しといて今更何を照れることがあるんだ。


「口出しせずに済むなら帰るが」


「言います!ちょっと待ってね、はい」


 すーはーと声に出して深呼吸し、何事かぶつぶつと呟くとヤマナシは意を決したかのように、また俺へと向き直る。

 奴の中では余程吐き出しづらい類のことらしい。夕陽の照り返しかどことなくその顔が赤い。その目に僅か残る橙色は空を写したものか、彼女の魔法が映したものか。


 見つめ合う間ができると、俺も何を待てばいいのか得も言えない居心地の悪さがある。


「言い辛いなら言わなくても良いぞ?何とかなるならな」


「うー……ん。そういうのに甘えちゃうと、ダメなんだと思う。てかそれ私自分で何とかしないとじゃん、無理」


 無理か。


 ヤマナシは大きく溜息を吐くと、観念したように座り込んだ。

 ちょいちょいと俺を手招きするので、いつもの距離に俺も腰を下ろす。



 昼以外の時間に、隣り合う間に昼食も如雨露もなくこうするのは新鮮だった。

 昼休みには暖かい青空を背景に慣れ親しんだ屋上が、放課後のオレンジに染まっていつもと別の世界のようだ。


 校庭や吹奏楽の雑音から、学校という箱庭の中で俺とヤマナシだけを区切った世界。


 この時多分、放課後にどこかの教室に残る誰よりも、この建物の中で俺たちが最も二人きりだった。



 なんて柄にもないことを考えてしまう。放課後。魔法。屋上。恐ろしいほど非日常に食い込んだワードである。



 やがて静かに言葉を待つと、ヤマナシの黒い瞳が日の色を完全に飲み込んだ。オレンジの空を侵略する暮色蒼然に似たその闇に、俺自身も引き込まれそうな気がした。


「めっちゃ恥ずかしいこと言うね」


「録音していいか?」


「徹底的に弱み握ろうとすんのやめて。んでね」


「おう」



「多分、私、ヤサカ君に会いたいんだと思う」



「……おう?」


 ヤマナシの顔は赤い。さっきまでの照り返しではない、それくらいは分かる。少し恥ずかしげに俯いて唇を尖らせるヤマナシが、なぜだか……なぜだか、普通の少女に見えた。


 見て分かるのはそれだけだった。見ても分からない、告げられた言葉の意味を噛み砕く。



 考えろ。


 ヤサカ君に会いたい。俺に、会いたい。



 捻くれてるなりにも邪推しか出来ない高校生男子としては、憶測のままその言葉の音から答えまでを絞り出してしまうのはあまりに烏滸がましかった。


「おいヤマナシ、お前それどういっ!」


 軽い拳が顔面にぺしゃりと飛んできた。

 渾身の右微風ストレートを繰り出したヤマナシは、クソデカい溜息を吐いて沈み込むように左腕で顔を覆う。


「違います!そういうのじゃないです。マジで。事実から先に申し上げただけです。解説させないで。いやしますけどぉおぉおぉおぉお!!」


 こっちが呆然としてる間に、一人で喜怒哀楽の忙しいやつだ。


 触れたヤマナシの手のひらと、触れられたままの肌が熱い。


 感じた温度と目の前で熱に浮かされたように喚く少女に、取り残された頭の奥が冷静に回り始めた。



「分かってる、分かってるから手どかせ。あとゴメンナサイ。解説、してくれるんだろ?」


「フるな!コクってないわ!優しい声出すな!違うんじゃい!」


 うぐぐぐぐぐとまた妙ちきりんな声を出して呻くヤマナシ、押し付けていた手がやっと俺から離れた。あまりに自然なものだから、つい振り払うことすらしていなかった。思いの外、意図のわからない言葉に動揺していたのかもしれない。



 俺でさえあれだけ悩んでいたんだ。当事者であるこいつは一体どれほど。


 珍しく、ヤマナシへの優しい気持ちが湧いた気がした。

 俺から降ろしたままの両手で頭を抱えたヤマナシ、見た目にもひどく悩ましそうなその姿。

 丁度撫でやすそうな位置の頭に、今度は俺がそっと手を添えた。



「イッデェ!!なして!?なしてチョップした!?」


「いいから早く説明しろよ。お前ほんと説明下手な」


 二度と紛らわしいことするんじゃねぇ。ちんちくりん相手にドキドキしてしまうだろう。


「……だって、ばか。それで全部じゃん」


「いや知るか。なんだ、お前俺に会いたくて記憶飛ばしたのか?流石に意味がわからん」


「なんていうか、これ、私も悪いけどヤサカ君も半分悪いと思うんだよ、ほんとに」


 落ち着きつつあるヤマナシが、こほんと喉を鳴らした。

 茶化し続けていても巻き込まれそうなのは変わらないので、俺も往生際よく聞く姿勢に。


 ヤマナシは赤らんだ顔のまま、滔々と語り始めた。



「まずね、ヤサカ君に色々見られたじゃん?」


「そうだな。完全お前の自業自得だけどな」


「で、優しいヤサカ君は話聞いてくれたわけじゃん?」


「パンも恵んでやったな。我ながらそろそろ報われて良いと思うから早く報いて解決してくれ」


「私もなんていうか、ほら、色々あるじゃん?それこそ、ね?」


 ヤマナシが屋上のフェンスをチラリと覗く。ああ、俺達の出会いはお前の自殺未遂だよ。結局その詳しいところも聞かず、相談に乗るにも何もこいつから持ちかけられているわけでもない。


「でさ、そんな感じで初めてヤサカ君に話聞いて貰えてて……正直、こんなのほんとに私の人生でなかったんよ。今まさにスタートライン?」


「そのまま早くゴールまで走ってくれ。ソロ競技だ、足引っ張るな」


「おばあちゃんとか家族にも言えなかったから、スタートラインって言ったけど……なんていうか、ヤサカ君が話聞いてくれてて、今私の人生で開放感マックスなのよ。人に話せたの、すっっっごく楽!」


「ゼロ地点がマックスっておま……」


 言いかけて、自殺未遂女であることを思い出した。

 ヤマナシは言葉の続きを拾って、へへっと微笑む。


「そう、笑っちゃうよね。だからさ、ヤサカ君が話聞いてくれてるの、ほんとに嬉しいんだ。そんで使ってる魔法が多分……」



 ヤマナシはそこで考えを纏めるためか、息を切った。相変わらず、視線は真っ直ぐ俺に向いたまま。

 俺自身はどんな顔でこいつの話を聞いているんだろう。ふと、気になった。



「記憶じゃなくて、時間だと思う。早く昼休みにって。ヤサカ君に話聞いて欲しいって、今まで生きてて今一番思ってるんだ」



 早送りの魔法。

 同じ学校の制服を着た魔女は、そう言った。

ちなみに二人ともちゃんと帰宅部。帰宅タイムアタックはスポーツか?

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