未遂女、迎える。
12話です。
「とは言え、気付けたのすら偶然だ。これ以上のヒントはないぞ」
ヤマナシが唇を尖らせ、紙パックの野菜ジュースのストローを咥え込む。
俺も一息付いてお茶を含み、ペットボトルを転がした。
空を仰ぎ見れば、変わらず青い。本当に、いつの間に太陽も頂点まで昇っていたやら。
「そこなんだよねぇ。私も自分で何したいのか分かんないし」
「優柔不断だな。現状放っておけないのがタチ悪い」
「流石ヤサカきゅん!困ってる女の子を放っておけないのね!」
「帰るわ、じゃあな」
「待ち待ち待ち!せめて水やり!忘れております!」
……頼まれている仕事くらいは、仕方ない。
「おい、便利女。お前そっち側やれ」
「あ、とうとうジョーロすら持たせてもらえないのね。いえ水くらい出せますけど」
兎に角、実害がある以上は対策くらい考えねば身が危うい。
せめての時短にと、ヤマナシにはその瞳の色を変えさせるのであった。
「で、本当に心当たりはないのか?」
「魔法使うようなことなんて、普通自覚くらいできるじゃん?」
「知るか」
花と下界に水を撒きながら歩けば、屋上もそこそこの外周がある。腰を下ろして話が再開したのは、予鈴の鳴る五分前だった。
そもそも俺は魔法について何も知らないに等しい。
記憶というワードを導き出せただけ、ファインプレーだろう。
うんうんと唸るヤマナシだが、思えば屋上のヤマナシはいつもこんなだ。
進展はなく、だからこそ余計にゆっくり時間が過ぎて行く気になってしまう。
「提案があります」
「聞くだけ聞いてやるよ」
「相談があります」
「……答えるだけ、口は出してやるよ」
ヤマナシはすぅ、と息を吸うと、静かに吐いた。
合わせた視線は、凛と俺を見据えている。
「ヤサカ君、ウチに来ない?」
「お前ほとんど知らない男子なんか家に上がるタイプの女だったか?」
「そういう意味じゃないわ!いやそうなんだけど!もう分かんないから一緒におばあちゃんに殴られてくれぇえぇえぇえ!」
「一人で行け!縋り付くな鬱陶しい!!」
「私一人だったら絶対折檻される!分かる!?折檻!!現代日本で、折檻!!」
「お前が折檻されるのは見てみたい気もするがそれ聞いて行くわけないだろ」
ヤマナシのしがみつく力が強まる。涙目の色が黒に潤んでるだけまだマシだと思うべきか、慣れてきた自分にゾッとした。
しかし、折檻ね。魔女の家らしいっちゃ、らしいが。
昨日何となく撮った写真然り、ヤマナシがやられている姿を見るのは気分がいい。ここ最近振り回されて鬱憤が溜まっているからだろう。
じゃあせめて譲歩を、と食いつくヤマナシだが現状待ち合わせる回答はない。如雨露と一緒で、浮かべた水を吐き出せば次を入れなければ出るものもない。
せめて、まだ何か違和感なりのインプットでもあればいいんだが。
肝心要のご本人は必死すぎてろくに役に立つ気配はない。
「お前がパニックになるのが一番まずいだろう、ちょっと落ち着け」
また別の魔法でも使われたらどこから手をつければいいのか分からなくなる。
どうして俺ばかりこんな貧乏くじを引かなければならないのか。
一通り終わったら、ハルちゃんに緑化委員の辞退も進言しかねないな。あまり悲しませたくはないが、それ以上に俺が可哀想だ。
なんて取り留めのないことを考えて、このおかしな女に絡まれ続けた俺にもとうとう焼きが回ったのかも知れない。
このまま昼休みが終わって、短い週末に何か起きたら堪ったものじゃない、という思いもあったのだろう。
「分かった、分かったから掴むな!制服伸びるだろ。このまま週末になるのは俺も気が気じゃない。放課後、付き合ってやるからホームルーム終わったら屋上な」
「マジ!?あざーす!!」
逆に言えば、昼休み程度では解決策は思い浮かばないということ。ヤマナシはそれに気付いているのか、呑気に頬を緩めて阿呆面をぶら下げている。
「…………」
思わず吐いた溜息はぬるい風に巻き込まれ、どこかの青空へ舞い上がっていった。
放課後というマージンを手に入れてしまえば建設的な意見も出るわけがなく、教室に戻る。
「あ、やっさんおかえり。ミッティ達がカラオケ行かね?ってさ。どうすっぺな」
「今日か?今日ならパスだ」
「なんか予定?」
「んー、ちょっとな……。道井ー!今日はパス!また誘ってくれー!」
「おっけ、またメッセ送るわ!」
教室の廊下際、反対側の席の道井に声を張り上げれば、談笑していたスキンヘッドもヒラヒラとスマホを振って返して見せる。
軽音部の奴は普通に歌も上手いので、楽しいっちゃ楽しいんだが。
別に特別一緒に遊びに行きたいと思うほどではないし、なんなら一人本を読んでいる時間の方が好きだ。
しかし、その時間さえ脅かされているわけで。
「やっさん行かねぇなら俺も今日はパース!」
オッケー、と道井達の声が山彦のように返る。
こっちは全然オッケーじゃないんだよな。
「行かないのか?」
「やっさん行かないなら、割と金欠なりそうだしいっかな」
相田が笑う。別にこういう時に気遣うような奴ではない、本心だろう。
相田ともよく喋りはするが、こいつは自転車で俺は電車。方向も違うので、案外遊びに行ったことは少ない。
「ま、確かに貴重な休みだしな」
記憶なんか飛ばされて、潰されては堪らない程度には貴重な休みだ。
「流石に月初で生き残りの野口さん二人はキツかった」
「お前それ割との次元超えて普通に金欠じゃないか?」
本鈴が鳴る。
くだらない会話なら、過ぎるのも一瞬なのに。
自覚していれば、確かに気付くと放課後だ。その時々のシーンに意識を張り巡らせているつもりでも、終わって振り返ってみれば一瞬。
階段を登りながら思い出せば、やはり記憶の印象が薄い。
セピア色とか、灰色とかじゃなく、記憶そのものの色が思い出せない。
少し黄金色になりつつある空が鍵の空いたドアの奥に広がっていた。
屋上に出ると、もうヤマナシがグラウンドを見下ろして立っている。
ギギギ、と蝶番が重さ分の声を上げれば、彼女はこちらを振り向いた。
黄や橙の間を移りゆく空の色を写した瞳が、俺を見据える。
「ヤサカくん。分かった、使ってた魔法」
徐々にその目に黒い影が降りていき。
「もしかしたら、マジでウチ来てもらわないとヤバいかも」
いつになく真剣な顔で、ヤマナシがそんなことを言った。
「いや面倒」
「君ほんとそういうとこ」
実家寺系ドラマー道井。スキンヘッドは趣味。木魚にスティック叩き付ける可能性を模索してる。




