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未遂女と屁理屈男。  作者: 田中正義
1章 未遂女と屁理屈男。
10/44

未遂女、止まる。

10話です。

「で、魔法がなんだって?」


「さらっと続けるじゃん。あっ写真……まぁいいけどさ」


 ヤマナシは姿勢を正し、澄ました顔で座ってみせた。相変わらず正座だがコンクリートに直だと足痛くならないだろうか。


 俺を見上げた瞳は僅かに色を帯びている。

 中を泳ぐ光の一筋と目があった。


「なんか、ずっと魔法使ってるみたいなの」


「どんな?」


「なんか、うーん、分かんない……?」


「分かんない?」


 お前に分からないのならば俺に分かるわけもないだろうに。

 責める視線も込みでじっくり見つめると、圧に押されるかのようにヤマナシの瞳の彩りは奥に引っ込んでいった。


 ただの黒い瞳がこちらを見つめている。

 図らずもじっと見つめ合ってしまったが、お互いに照れるなんてことはなかった。


 出会って三日でなんだろう、この距離感は。


「止まってるように見えるが」


「え、うそ!?」


 ヤマナシが俊敏な動作で懐からスマホを取り出し、インカメを見ながら前髪を整える。

 いや、髪かよ。女子ってこういう動作だけは素早いが皆が皆そんなもんなのだろうか。


「……止まってる」


「良かったな、これで解決だ。問題もなくなったことだし出口はこちらでございます」


「ふんす!」


 俺の言葉に被せるように、ヤマナシがどかっと胡座で座り直す。品がない女だ。横に置いてたアンパンの封も開けて、どうやら立ち退く気はないらしい。


「……だからそういう擬音って言葉にするものか?」


「いいじゃん、別に。なんで止まったんだろー?」


「お前が知らないのに俺が知るわけないだろう。そもそも何の魔法だったんだ」


 俺も如雨露を置いて腰を下ろし、惣菜パンの袋を並べた。

 焼きそばからだな、今日は。

 封を切るとソースの香ばしい匂いが屋上の風に流された。チープだが、紅生姜好きには焼きそばパンは得点が高い。重ねた炭水化物が腹を満たすのも良い。


「なんか、昨日からずーっとなんだよね。気付いたら使ってて、ビビった。多分君と別れてから?」


「いや知らんが。なんの魔法だよ」


「それが分からんのだよ」


 俺の口調を真似ながら、ヤマナシがアンパンに齧り付く。

 また「甘ーい」とご満悦だ。


 平和そうで何よりだ。屋上で風に吹かれて優雅に昼餉を摂る少女。何よりなのだが。


「……なんだかなぁ」


「食べないの?代わりに食べよっか?」


「そういう嘆息じゃねぇよ。なんか、お前に振り回されてばっかだな、と」


「お、相談ですか?聞きますよ?」


「聞かすだけでお前が一切喋らないならそれもいいな」


「君ほんとそういう屁理屈得意だよね」


「唯一と言っていい特技かもな」


「特技……?」


 ヤマナシがアンパンを齧ったまま首を傾げる。ほっとけ。


 焼きそばパンを飲み干し、次のタマゴサンドを開ける。


「で、今日はなんだよ」


 水を向ければ、ヤマナシははっと息を呑んで阿呆面をぶら下げた。


「やべっ」


 ヤマナシが零した言葉は無視し、ふと水の入った緑の如雨露が目についた。最近はヤマナシにやらせてばかりだったし、今日は俺が水をやるか。

 女子に態々重労働をさせることもあるまい、静かに座らせよう。


「さっきまでので頭埋まってたから何も考えて来てないんだけど」


「お出口こちらでございますが」


 何しに来たんだこいつは一体。

 人生相談というから(巻き込まれてだが)せめて話に乗るくらいは考えてやっていたのに。


 その相談内容すら考えて来ていないらしい。


「だってぇえ。流石に昨日からずっとはヤバいって。夜寝れなかったもん」


「お前よくそれで人に気付かれないな」


「いや、今回のは特別だって。いつもは人と目合わないようにするし」


「そもそも使うなよ、ってのが無理な話だったか」


「そうそ。だからその辺ヤサカ君に相談したいんだけど。あ、先に水やりやる?」


 最後のアンパンを飲み込んで、ヤマナシが如雨露を指差す。昨日は時間ギリギリになったからな。


 そもそも魔法で水も出せるなら如雨露すらいらないわけだが。


 俺もタマゴサンドを胃に押し込み、ヤマナシより先に如雨露を取った。


「いや、たまには俺がやる。お前は座ってていいぞ」


「あ、そう?まぁどっちでもいいけど」


 そう。大人しくしててくれ。




「でさー、他の魔法使ってみても、ずーっと使ってたみたいなんだけど結局私も何の魔法か分かんなかったんだよねぇ。おばあちゃんにこんなことバレたらぶん殴られるし」


「そうか」


 俺が見えない花に水をやる傍ら、ヤマナシはわざわざ歩く後ろをピッタリと付いて来た。

 屋上もそんなに狭いわけではないのだが、座って待っていればいいものを。


 これでは少しでも遠ざけようとした意味がない。


「何だったと思う?」


「今は止まってるんだろ。腹でも減ってたんじゃないか」


「なわけあるかい!私ゃどんだけ腹ペコじゃ!」


 だが実際、昼休みに、屋上に来て止まるんだろう。


「また飛び降りでもしようとしたとか?勘弁しろよな」


「違うわい!流石にそんなんなら自覚して止めるわ!」


 ギャーギャーと喚く、うるさいやつだ。


「まずちょっとは自分で考えてみろよ。聞くだけ聞いてやるから」


「うーん……。と言っても、止まったのすらヤサカ君に言われて気付くくらいだし。流石におばあちゃんにバレたらヤバいから昨日ほんと大変だったんだって。お母さんにもバレないようにずっとテレビ見てたから、首攣りそうだったんだよね」


「いっそそのまま」


「そっちの吊るじゃないわ!あれ、『つる』の使い方一緒?」


「一緒だよ」


「……あやしぃ」


 あやしいのはお前の頭だよ。




 今日の昼はそんなこんなで当たりを付けながら、ヤマナシの身に起こったことを考えて過ごした。

 俺からもヤマナシの問題を少しずつ言語化して方向性を照会できるからか、話を聞いてただ悶々と考えさせられることも昨日一昨日ほどではない。



 軽口も交えながら、昼休みの残り時間はなんだかゆっくり過ぎていった気がした。

ちなみに月見山母は魔法のことは知ってるが使えない。嫁入り。父は男なので使えない。

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