スミオとギター
時間がある時は、木で出来た物が大好きなスミオは、廃品回収のアルバイトをやっていた時に手に入れた、古い日本製の中古ギターの修理に励んでいる。ローズウッド素材のブリッジから、牛骨のサドルを素早く取り外して、鉄製のヤスリでギコギコと歪んで弾きにくくなってしまった弦高を下げる為にネックに合わせる様に、川を上る鮭みたいに削りだし、サドルの高さをまた削り、と繰り返して紙ヤスリで大切に磨いているのであった。何十年も前に打ち込まれた滑りの悪いフレットを磨き上げ、それが完成すると今度はトラスロッドと呼ばれるネックに埋め込まれている金属の棒を、レンチで真っ直ぐになる様に絞め直し、弦を張っては外し、の繰り返しをして何度もそれに合わせてチューニングを続けるのだった。
気の遠くなる様な作業の繰り返しを、何かに取り憑かれた生き物の様に、スミオは延々と静かに続けるのだった。その木の音波は、失われてしまった時代の年輪を出現させ、嫌な事ばかりを聞いてきたスミオの耳を、綿棒で掃除してくれるのであった。
こうして北米や中南米などから日本にはるばる運ばれてきた樹の精霊のささやきを、クタクタになりながら楽しんで聴いているのだった。そして、その音をチャラ〜ンと弾いてボコりに聞かせるのだった。
スミオが「どないや、」
ボコリが「なんかイカゲソみたいでいい〜」
、、、、、、
雨の日午後、スミオは合皮製の革ジャンをパジャマの上に着て、フォークギターを小脇に抱えインターネットをしているボコリの前に現れて、何故かハワイアンを弾き出した。すかさずボコリは、親戚からもらった旅行土産のマカデミアナッツを冷蔵庫から取り出してモグモグ、口に頬張って「スミオ〜負け犬ロックよりハワイアンいいんちゃう〜」と天井を見つめながら言った。
スミオが言う。「ちょっと気分転換や」
毎日スミオは冷蔵庫を開けて、その中に牛乳とグレープフルーツジュースが入っているのを見て気分を落ち着ける。彼にとって冷蔵庫は毎日の景色の様なものであった、いつも台所を見つめて落ち着いた表情をしていた。晴れた日にはベランダで、包丁を研いで料理の事を一日中考えたりして過ごしていた。ボコリが田舎の母親から教わって作っている梅酒を、それと割って飲むのが、毎日スミオを将来の不安や水虫から救っているのであった。スミオは作った歌を歌いだす。
僕がロックシンガーになりたいのは〜生きているから〜
僕がロックシンガーになりたいのは〜毎日ギターが弾けるから〜
僕がロックシンガーになりたいのは〜世界が変わると思っているから〜
僕がロックシンガーになりたいのは〜君にステーキを奢るため〜
僕がロックシンガーになりたいのは〜ウルトラセブンになれるから〜
ジョワッ
あまりよく分からない歌ではあるが、ボコリは首で頷きエイトビートで賛同しているのだった。