スミオの日常
スミオは錆びついたギターの弦をゆっくりとギターから外して、水を入れた鍋で炊きだした。炊き上がった黒ずんだ弦はクリーニングされ、また元の糸巻きに巻かれた。そして即興でライターの側面でスライド弾きをして、風呂上がりの垢抜けた弦の表面を撫でていた。
ギュンギュンと中世の吟醸詩人になって聞かせるのだった。
スミオのもう一つの特技は学生時代に一人で貧乏旅行をして食べた、自分に生きる希望を与えてくれた色んな国の郷土料理を作る事である。
スミオが池まで自転車で出掛けて行って、たまに釣ってくる鯉を何日か真水の中で泥を吐かせて、鱗を落としてガリガリとブツ切りにしてサフランと一緒に煮込み出す。しばらくして塩と胡椒で味を調えた出来立てのスープをお気に入りのチリワインで、うがいしながらコアラの様にムシャムシャ食べ続けるのであった。
二人はこの料理を食べながら神父様ごっこを始めるのだった。
ボコリが言い始める。
「神父様〜私の心の海底の闇に住み着いてるウニの棘をラジオペンチで引っこ抜いて、この痛みを取って下さい〜 」
スミオが紺色のエプロンを首にぐるぐる巻き付けて話し出す。
「私が食べてはいけないと言ったウニと鮑を駅前の回転寿司屋で食べただろう〜金色の皿は誕生日以外食べてははならぬ! と言っただろう〜 」
ボコリが言い返す。
「だって、鮑があったんですもの、神様〜この神父様はケチの香りが漂っている嘘くさい三段腹! 断じて容認できませぬ〜 」
スミオが言い出す。
「晩ご飯の前に食べて、また晩ご飯を食べると、ますます太るぞ〜 」
ボコリが箸を十字架にして言う。
「三段腹には言われたくない〜 」
テレビの上に置いてあるペンギンのぬいぐるみの頭が少し動いたように見えた夕方だった。
ある朝、スミオは壊れた掃除機のような音で、毛虫の様にしゃくとり、しゃくとりと起きたのであった。
音の正体はボコリのフォークギターの練習だった。雷のような、宇宙の音楽のような、その空気にスミオはブラックホールに吸い込まれていった。
スミオは幼い頃から八十年代などの古いロック音楽が好きで、高校生の頃からライブハウスでアルバイトをしてはCDを買って、好きな音楽をまるで好物のチョコレートを食べる様に聴いていた。色んなギグを体験したスミオだったが、ボコリの雷の様なそのギターは、彼にとって久しぶりに聴くニュートラルなオルタネイト波だった。
その未だかつてない振動と余韻は、海底深く沈んでいった昔の自分が落としてしまった重たい金属が、海面に浮き上がったみたいで、彼の心の深海を柔らかな光で照らしてくれるのだった。スミオは洗濯物の隙間から雲を見上げていた。