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一章6 『僕の日常その5 ―でえと?編―』

 グッドモーニング、アフタヌーン、ナイト。

 黒茸だ。


 僕はてんちゃんと今、とある場所に向かうためにステーションに来た。つまり駅だ。

「どこに行くの?」

 てんちゃんが首を傾げて訊いてくる。表情からはわかりづらいが、多分、内心は興味津々なはずだ。


「着いてからのお楽しみだよ」

「ふうん」

 関心なさそうな声音だったが、その後も何度もちらちらと僕の顔を見上げてきていた。

 そのいじらしい姿に僕の心はくすぐられる。


 切符を買ってホームで電車を待つ。

 そこまで大きい駅じゃない。首を左右に振れば駅全体の様子がわかってしまうぐらいに。


 都会の方だともっと大きくて構内の作りが湾曲していたり、階段やエレベーターでごちゃごちゃっとしていて、何より大勢の人が電車がいっぱいになるぐらい詰めかけてくるらしい。そんな場所にいたらきっと、僕は電車を利用することができなかっただろう。呪いがとっくに発動していて、今頃世界が終わっていたかもしれない。


 ただ人が少ないという利点の代わりに、欠点もある。

 数字がすっからかんの時刻表を見ればわかるだろうけど、一日の電車の本数がものすごく少ない。

平日は一時間に二本以下、休日は一本しかない。

 街の方までわざわざ行く人があまりいないからだ。


 この街は、外とのかかわりが少ない。流通以外に人の出入りはほぼない。せいぜい盆と正月の里帰りぐらいだ。


 街が独自の存在だけで完結している。

 そういうとらえ方ができる。

 時折もしや、地動説みたいにこの街の外には世界など存在しないのではないかとすら思うことこともある。

 しかし電車が行き来して、空に飛行機やヘリがあり、毎年春になるとツバメが飛んできて、秋になると温かな場所へ去っていくことからもわかるが、外の世界はきちんと存在するのである。


「ふぁああ……」

 見やるとてんちゃんが大きな欠伸あくびをしていた。

「眠たいのかい?」

 てんちゃんがむごんでこくりとうなずく。

「じゃあ、ベンチで眠ればいい。電車が来たら、起こしてあげるから」

「ん……うん」


 少し躊躇ためらっていたが、結局こくりとうなずいててんちゃんはベンチに腰かけて目をつぶったと思ったら、舟をこぎ始めた。

 どこかに出かけて疲れて眠っちゃう子供はよくいるそうだが、行く前からおねむな子はあまりいないんじゃないだろうか。出かけることは今日決まったんだし、昨夜から行くのを楽しみにしていたわけじゃないだろうし。もしかしたら昨夜、面白いテレビ番組がやっていてそれに夢中になって夜更かしとかしていたのかもしれない。今時だとテレビじゃなくて動画だろうか。


 かくいう僕も夜更かしをすることはある。

 そんな時はなぜか決まって体が熱くなって固くなり、膨張したようになる例の変な状態になってしまう。


 話し相手がいなくなってしまい、僕は暇を持て余した。次の電車が来るまであと二十分近くもある。空を見上げてぼんやり過ごすには少し長すぎる時間だ。かといっててんちゃんのように眠るわけにはいかない。

 こんなことなら文庫本の一冊でも持って来ればよかったと少し後悔しかけた時。


「ニャーオ」

 足元から鳴き声がした。見やると、一匹の毛並みがきれいな黒い猫がいた。

 すらっとした体つきで、瞳はサファイアのように青い。

 しっぽをパタパタと振ったり、自分の体をぺろっと舐める様もチャーミング。

 可愛いを体現化したようだった。


 僕は人間以外の動物に触れても呪いは発しない。

 だから猫に触れても平気だ。


 僕は退屈しのぎに付き合ってもらおうと腰を下ろし、猫に話しかけた。

「やあ、こんにちは」

「ニャーァ?」

 あざとさ全開の鳴き声。聞いているだけで心がなごみ癒されていく。

 よく戦争を扱った喜劇系の作品なんかでは、ストリーリー終盤で美しい女の歌声で人々が争いをやめるシーンがあるけど、あれを猫の鳴き声で置き換えても違和感はないのではないだろうか? 少なくとも僕は、武器よりも猫を抱き上げている方が幸せになれるような気がする。


 ただ、戦争というのはただのくだらない利権争いや金のためでなく、主義主張や食糧難で起きてしまうこともある。そうしたら猫は可愛がるよりも、腹の足しにするために食べられてしまうかもしれない。


「ッシャー!!」

 突然、猫が毛を逆立てて威嚇してきた。

「わっ、なんだなんだ!?」

「フシャー、シャーッ!」

 尋常じゃない怒りようだ。まるで命の危機を感じ取ったかのような。


「……もしかして、僕が食べるとか考えたせいかい?」

 猫は答えず、今にもこちらに跳びかかりそうな殺気を放っている。


 僕は普段、兜のように体が頑丈なのが取り柄だと大ほらを吹いているけれど、実のところカブトムシにも勝てないぐらい貧弱なのである。せいぜいあまり病気にならない健康優良児――まあ、大人だけど――という程度のつまらない真相だ。


 ああ、まさかこんなところで天命が尽きてしまうのだろうか?

 漆黒の青き瞳の狩人を前に僕は身をすくませてブルブル震え、命のはかなさに涙した。

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