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二章12 『神様と女神とお伽姫 その4』

 洞窟――もとい雷神さんの家の奥に行くにつれて、景色が少しずつ変わっていった。

 松明が光源で薄暗かったのが、今は空間全体がほんのりと明るい感じになっている。

 壁や天井、通路脇の地面など見回すばかり至る所にある、半透明な青い石。それが光源になっていた。

 一つ一つは淡い光に過ぎないが、こうしてたくさんあることによって何も持ち込まずとも周囲を視認することがきるぐらい空間を明るく照らし出している。


「きれいだろ?」

「ええ、すごく……」

 ため息を漏らしてしまうぐらいに、素敵な光景だった。

 つい見入ってしまう、幻想的さ。

 これで僕等がこれからすることがアレ・・でなければ、もっと感慨にひたっていることができただろうに。


「じゃあ、行くか。おっぱいを――じゃなかった、乙女の水浴びを覗きに!」

 元気いっぱいに拳を振り上げる雷神さん。

「……あの、僕はここで景色を堪能してますので」

「バカ野郎! 景色を見てたって、情欲は満たされねえだろうが!」

「でも感動はしますので……」

「景色と女、オメェはどっちが大事なんだ!?」

「え、ええぇ……。なんですかその二択は」


「なあ、黒茸よ」

 雷神さんは僕の方に腕を回し、いかつい顔を近づけてきた。

 秘密の話をするように声を潜めているが、周囲には僕等二人以外には誰もいない。

「ここの景色はいつだって見ることができらぁ。オメェはもうダチだ、オレっちの家に遊びに来たら歓迎するからよ。でも乙姫達の裸を覗ける機会はそうそうない。違うか?」

「違わないですけど……」

「それによ、オメェはアイツ等の裸に興味ねぇのか?」

 あるかないかで問われたら、答えは前者である。

 だがそれを口にしたら、雷神さんはどう思うか――考えるまでもない。

 ゆえに黙秘していたのだが、顔が熱くなっているのは如何いかんともしがたい。きっと今の僕は隠しようもないぐらい赤面していることだろう。

「そうだよなあ、見たいよなあ、興味あるよなッ!」

 沈黙がかえって雄弁な肯定になってしまったのだろう。彼は上機嫌に僕の背中をバシバシと叩いてきた。


「じゃあ行こうぜすぐ行こうぜ、これは時間との戦いでもあるんだからな!」

「じ、時間ですか?」

「おうよっ、なにせアイツ等が上がってきたらおっぱいを見ることができなく――」

「……何を見る、ですって?」

「だからおっぱい――えっ?」


 僕達が振り返った先。

 そこでは不気味なぐらいニコニコと笑った乙姫と、他の三人がいた。

「雷神さまは、相変わらずエッチなのね。逆に感心しちゃうのね」

「……アマテラスの、見られちゃうところだった。…………ぽっ」

「エッチなのはいいことだねー。でも覗きはよくないよねー」

 三人はまんざらでもなさそうだが、先頭にいる乙姫だけはどうも様子が違う。放っているオーラが揺らめき、彼女の立つ背後から地鳴りのような音さえ聞こえてきそうだった。

「あっ、あのっ、乙姫、これはその、黒茸のヤツが……」

「ちょっ、人のせいにしないでくださいよ!?」

 罪をなすりつけてこようとした雷神に慌てて反駁はんばくする。


 乙姫は僕の方を見やり、穏やかな声音で言った。

「安心しなさいな。発起犯ほっきはんは雷神だってわかってるから」

「そっ、そういう決めつけはよくねえぞっ! 証拠はあるのかよ!?」

「あのねえ……。毎回毎回飽きずに懲りずに覗きに来てるってのに、よくもまあ平然とそんな堂々と胸を張って否認できるわね」

「オレっちだけはオレっちを信じてやるんだ、たとえ世界中のヤツ等に疑われようともな」

「じゃああたしはたとえ世界中の神や人が雷神様を信用しようとも、あたしだけはあんたを疑い続けてやるわ」

「そうやって誰かを疑い続けるのは、悲しいことだって思わないか?」

「息を吸うように人を騙そうとする雷神様にだけは言われたくないわね」


 ふんと鼻を鳴らした乙姫は、腕を組んで雷神を冷ややかな目で見下ろして言った。

「それと証拠ならあるわよ」

「……え?」

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔になる雷神。

 乙姫はアマテラスを見やって言った。

「アマテラス、あれを見せてやりなさい」

「……了解」

 アマテラスは着物の袖から、何やら小さなリモコンのようなものを取り出した。

「なっ、なんだそれは?」

「……とーちょうき」

「ゲッ……!?」

 決定的に顔を真っ青にする雷神。

 アマテラスはぬっと彼に顔を近づけ、ガンを飛ばす。

「あんたの発言は全部聞かせてもらったわ。もう言い逃れはできないわね?」


「そっ、そっ、そんな……」

 みずからの罪を暴かれたショックか、呆然とした面持ちを雷神はうつむけ――

「そこまでしてオレっちのおっぱいへの愛をはばもうとするなんてッ――!!」

 ……ああ、この神ダメなヤツだ。

 自分の目が白いものに変わっていくのがわかった。


「あのねえ……。この子達はイヤがってないからいいけど、世の中にはそうじゃない女の子だっていっぱいいるんだよ?」

「大丈夫だ、オレっちは人を選んでやってるからな!!」

「……こりゃあもう、お仕置きするしかないね」

 パチンと乙姫が指を鳴らすと周囲の空間が歪み、そこからタコやらさめやら、やたら狂暴そうな海の生物が現れた。

 雷神はギョッとした顔で自分の家への侵入者を見やった後、突貫工事の笑みを彼女に向けて言った。

「あ、あの、今までのはじょ、冗談で、ちゃんと反省は――」

「ええいっ、見苦しいわ。もう問答無用よ。あんた等、やっておしまいっ!!」

 乙姫が命令を下すなり、海のギャング達が我先にと雷神へ跳びかかる。


「いやぁああああっ、ゴメンよぉオオオオオオオオオオオッ!!」

 雷神の悲鳴が洞窟いっぱいに響き渡った……。

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