表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/46

二章3 『スローペースはドリームライフ その3』

 やあ、黒茸さんだよ。

 僕は今、山田さんという家にあがらせてもらって、縁側で湯気立つお茶をずずっといただいているんだ。

 遊びに来てるわけじゃない。立派なボランティアさ。


「時にくたろーさん」

「……はい」

 すでに黒茸さんと呼んでもらうことを諦めた僕は、くたろーとしてうなずく。なんだか微妙というか、複雑な気分だ。


「最近の若い者は、どういう生活をてるのかね?」

「どういう、というと?」

「ほれ、なんかこう、むーとぅーばーとかなんか、そういうんで生活してるんだろう?」

「まあ、そういう方法で生計を立てている方もいらっしゃいますね」

「くたろーさんもむーとぅーばーなのかえ?」

「いえいえ、そんなまさか」

 僕なんかが動画投稿したら、一本目で凍結される未来が見える。あの世界はなかなかセンシティブなところがあるのだ。

 ……なんてことを言っても伝わらないだろうし。


「僕はその、あまり人目に触れるのが好きじゃないんです」

「へえ。恥ずかしがり屋さんなのねえ」

「ははは。まあ、そんなところです」

 お茶を一口。程よい苦味とお茶の香りが口の中に広がって美味しい。


「山田さんは大工さんをしてらっしゃったんですよね?」

「ええ、ええ。そうよ」

 二度うたたねしてる時みたいにうなずいて言った。

「女性の方なのに大工さんなんて、大変じゃありませんでしたか?」

「まあ、時代が時代だったし、ちょこっと大変なこともあったわねえ」

 山田さんがちょこっとって言うと、本当にそんな感じがしてくるから不思議だ。


「でもまあ、周りの人に支えられて、どうにか定年まで勤めることができたわあ」


「……すごいですね」

「すごくなんてないわよぉ。あたしが最後まで頑張れたのは、旦那さんのおかげ」

 そう言って山田さんは居間の遺影を見やって言った。


「あの人、男の人が働いて女の人は家を守るのが普通っていう時代でね、あたしのためにって専業主夫を買って出てくれてねえ。おかげであたしは仕事に専念することができたってわけよ」

「優しい方だったんですね」

「ええ、本当に」

 山田さんは虚空こくうを見上げて、穏やかな笑みを浮かべた。まるでそこに、旦那さんがいるかのように。


 それから彼女は、ぽつりと言った。

「なんで先にっちゃったのかしら、あの人」

 途端に空気がしんと秋の暮れみたいな冷たさを持ち始めた。


 てんちゃんもそうだったけど、人は生き死にを酷く重視する。

 何かを失うということに敏感なのだ。

 その感覚をまだ僕は理解できていないように思う。

 できるようになるべきか、どうか。

 黒茸さんという存在にとっての生死感は、一体どうあるべきなのか。


 僕は眉間の辺りを揉んで、こっそり息を吐いた。

 きっといくら考えたところで、仕方のないことなのだ。感情というのは自ら作るものではなく、勝手に出来上がっていくもの。僕が頭を痛めても、何かが変わるものではない。


「山田さん」

「ん、なんだい?」

「……やっぱり僕は、まだ子供なのかもしれません」

 それを訊いた山田さんは一瞬きょとんとした後、ぷっと吹き出した。

「何を言ってるのかねえ、この子は」

「な、なんで笑うんですか?」

「そりゃ、ねえ。あたしから見たらくたろーさんは子供だけど、世間的に見たらきっとあんたはもう立派な大人だよ」

「でも……」


 神様にも言われた。お前はもう生まれた時点から大人だと。

 けれども僕はこの世界に生まれ落ちてから、まだ……。

「いいかい、黒茸さん」

 山田さんはさとすような口調で話し出した。

「大人と子供の違いは、なんだと思う?」

「えっ? えーっと、それは……。体の大きさだったり、知識量の違い、力があるかどうか、とかでしょうか?」

「くたろーさんの出した答えも、多分全面的に間違ってるわけじゃないと思うよ」

「……模範解答は、どんなものなんでしょうか?」

「そんな大層なものじゃないけどねえ。……多分、そろそろかね」


 ゆるりと首を回し、「ああ、来た来た」と言って山田さんは縁側の天井辺りを指差した。


 そこには鳥の巣があり、大きなツバメが翼を打って現れた。

 口には餌を咥えていて、それを子供達に食べさせていた。


「あれが大人さ」

 続く言葉を待ったが、いくら待ってもやまださんはもう何も言わない。

 れて「どういうことですか?」と僕が訊くと。

「あとは自分で考えなさいな」

 と笑ってけむに巻かれてしまった。


「何かヒントでも……」

「大丈夫、すぐわかる時がくるさね。そう難しいことでもないんだから」

 僕は肩を竦めて緑茶を口に含んだ。ほんの僅かに残った水滴並みの量では十分な香りが口に広がらず、あまり美味しくなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ