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二章1 『スローペースはドリームライフ その1』

 毎日が日曜日、そんな理想のライフを送ってる黒茸だ。


 ただし理想的な生活を送っていても、僕は理想郷に住んでいるわけじゃない。

 厄介な呪いを背負わされているし、今いる場所は君達と同じ現実の世界。

 どこかで犯罪が発生し、戦争が起き、それらがニュースで放映されている。

 世間と繋がりを断って生きることは、僕にはまだできない。いずれ山の奥にでも移り住んで仙人にでもなりたいが、日本の山ってのはとかく住みづらい。いやまあ、他所よその国でも大して状況は変わらないだろうけど。


 日本の山は大まかに分けて大、中、小の三つの種類がある。

 まず小の山はハイキングコースにも選ばれるような、人が良く出入りする場所だ。そんなところでは隠遁いんとんという目的は当然達せられない。

 中はそこそこ自然にあふれた田舎の山。鬱蒼と木が茂っていて、いかにも何か出そうな雰囲気が漂っている。しかしそこはやたら虫が多くて、おまけに意外と誰かの私有地だったりする。住居には向かない。

 大は論外だ。登山家が好むような岩だらけの山。上部に行けば行くほど、気温が下がり夏でも雪が降り積もっていたりする。優雅な仙人ライフは望めそうにない。


 じゃあ国外に出るかと言われても、結局事情は同じ気がする。

 ただ「快適な山があるぜ!」と言われたところで、僕は日本語以外しゃべれない。

 ……いや、隠遁生活を送るのに言語は関係ないか。

 あとサバイバル能力がない。仙人みたいなかすみを食べて生活する術を身に着けているわけでもない。

 僕はどうしようもなく無力な存在なのである。


 考えなしに山にこもるより、今は周囲との距離感に気を付けて大人しく生きるのが賢明だろう。そうすればいつか活路が開ける時が来るかもしれない。てんちゃんの話していた人魚姫とは違って、呪いを解く方法が見つかるかもしれない。


 さて。

 僕が今何をしているのかと言うと、山に来ている。

 足場の悪い地面を慎重に歩きながら、軍手をはめた手で時々幹に手をつき息を整えて歩いている。

 背中には大きなカゴ。そこに切った草を入れている。

 垂れた頭には軍手を撒いている。


 見る人が見れば、「あ、山菜取りに来たんだな」とわかるだろう。

 お察しの通り、僕は山菜を採取しに来た。


 この山は私有地で、僕は地主に許しを得てやってきた。

 話は少し前にさかのぼる。




 僕は時々ボランティアに参加する。

 仕事もしておらず、趣味も読書以外にあまりないので、そういう活動に参加していないと暇で仕方がないのだ。

 ちなみに資金面は神様に援助してもらっている。

 そんな呪い体質に生んでしまったせめてもの罪償つぐない、ということらしい。

 ありがたいと思う反面、それぐらいしてくれて当然だろうという横暴な自分もいる。その度に自己嫌悪することになる。もうこの悪癖あくへきは一生治らない気がする。まったくイヤになる。スパイラル。


 ボランティアの一つに、ご老人の家に行ってお手伝いをするというものがある。

 ただし僕は人に触れることができないので、この時はペアで行くことになる。


 毎回僕はペアの人に平謝りしている。

 こんな面倒な呪いにかかっているせいで、ご迷惑をおかけして……。

 そうすると大抵相手の人は、いえいえい気にしていませんよ。むしろそんな事情があるのにボランティアに参加されているなんてご立派だと思いますよ、と返してくれる。


 今日は山田やまださんという人の元を訪れていた。

 山田さんのお宅は古き良き日本家屋かおくで、ついつい見とれてしまった。

 松の木が庭を囲い、金魚の住む池があり、長い間を挟んで鹿威しの音が鳴り、住宅は瓦の屋根で縁側までついている。門から玄関までは飛び石があり、砂利じゃりを敷いている。


 もしも仙人になれなかったらこういう場所に住んでみたいな、と思ってしまった。

 少しして高望みすぎるかと気付き、恥じ入る。

 こんな広い敷地に、大きな家だ。色々とお金がかかるだろうし、手入れだってかなり大変そうだ。


 そんなことを今日のペアの小倉おぐらさん――ボランティアの中では珍しくまだ年若くて感じのいい、セミロングヘアの可愛らしい女性だ――に話してみると。


「山田さんは別にご自分でおうちの手入れをされているんじゃありませんよ」

「え、そうなんですか?」

 小倉さんは時の流れを緩やかにするような所作でうなずいて言った。

「はい。仲のいいご近所の方や、ボランティアの方でお手伝いさせていただいているんです。障子の張り替えや畳のお掃除や夏場の天日干し、お庭のお手入れとか……」

 のどかな光景を描いたような庭を見やりながら、彼女は語った。


「ずいぶんと周囲の方から親切にしていただいているんですね」

「はい。山田さんはお体を悪くされる前は、大工さんとして働いていらしたんです。それはもう丁寧な仕事ぶりで、本職だけでなく日曜大工や電気製品など幅広い知識と技術で親の代から世話になっている家庭も多くて。それで、山田さんのためならと自らお手伝いを志願される方も多いんですよ」

「へえ」


 みんなから慕われているご老人、山田さん。

 僕とは正反対な存在だな、と思うと少し気が重くなった。

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