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一章1 『僕と神様』

 やあ。黒茸だ。

 今、僕の街にはきれいな桜の花が絨毯を作っている。

 子供達はそこに寝転び、母親からは汚いからやめなさいと怒られている。

 父親は新聞紙を読んだり、テレビを眺めて知らん顔をしている。

 やんちゃな子供を持つ家庭でよく見られる光景だ。


 もう少し大人しい子だと、外に出ずに家の中で何かやってるらしい。

 ちょうどさっき井戸端会議の横を通り過ぎた際に聞こえた話からすると、ゲームに夢中になってばかりだとか、ずっとスマホをいじってるだとか、受験勉強をさせているだとか。

 人間の子供というのは親に縛られて大変だと思う。


 ただ、子供時代というのがあるだけ、マシなのかもしれない。

 僕には子供の頃の記憶というのはない。ある日気が付いたら自我が芽生え、神様に『我が息子よ』と呼ばれていた。その時にはもう立派な大人だった。


 神様についてもっと聞きたい?

 よし来た、話そう。

 こういうことに興味を持ってくれる人というのは、なかなかいないんだ。

 人間ってのはどうしてか、僕を下に見てくるヤツばかりでね。なかなか興味を抱いたり、話に耳を傾けてくれないんだ。


 さてと。神様についてだったね。

 その神様の姿は残念だけど、よく覚えていない。

 なんでかわからないけど、見ることができなかった。

 どれだけ、首が痛くなるぐらいに懸命に頭を上げて、しばらく頑張ったんだ。でもやっぱり無理だった。

 最後に力尽きて、ぐったりしてしまったのをよく覚えている。

 自分のふがいなさに苛立ちさえしたと思う。


 そんな僕に、神様は言った。かなり、おどおどした声で。

『そんなに、張り切らないでくれ。ここはそういう世界じゃないんだ』

 そういう世界じゃない?


 言葉の意味がよくわからなかった。

 僕が頑張ってはいけない世界。神様の顔を見ることすら許されぬ世界。

 なんだか知らないけど、存在意義を否定されたような気がした。

 胸の中がじくじく痛む。それが生まれて初めて感じた、悲しみだった。


 神様はもうしわけなさそうに言った。

『ごめん。お前を苦しめるつもりはなかったんだ』

『苦しめるつもりはなかった?』

 神様はうなずいた、気がした。彼はよっこらせと言って、座り込む。影が落ちてきた。


『本当さ。親は子供を苦しめない。そうでなくちゃいけないし、そうであるべきなんだ。よく覚えておいてほしい』

 僕はうなずく。なんとなくだけどむりにうなずかされたような気がした。でもそれは別にイヤなかんじではなかった。


 神様の影が指を一本立てた。

『ただ一つだけ、知っておいてほしいことがある』

『なんだい?』

 言ってから親にそんな言葉づかいをしてよかったものかと思い内心で慌てたけど、特に何も言われなかった。礼儀作法というものには、あまりうるさくない人らしい。ボクは胸を撫で下ろした。


 神様は僕の影を撫でるように言った。

『私はお前に触れることができない』

『お前というのは、僕の体に、という意味?』

 影越しに神様がうなずいたのを知る。

『そうだ。そしてそれは私だけではない。これからお前が住む世界にいる者、皆がお前に触れることはできない。それがお前にかけられた呪いだ』


 僕は段々と胸の内に違和感のようなものが積もるのを感じた。

『ねえ、神様。僕の名前は?』

『名前?』

『そうだよ。まさか、お前が名前なんて言わないだろうね?』


 神様はしばらくの間、呻きに呻いた後に言った。

『そうだね。仮にも一つの生命に自我が芽生えたんだ。名前の一つぐらいつけないと、ばちが当たるかもしれない』

 神様なのに罰だなんて、とおかしく思った。

『じゃあ、お前の名前は黒茸だ』

 名前をつけるかつけないかはさんざん悩んだくせに、命名はあっさりしていた。


『黒茸?』

『そうだ。いい名前だろう?』

 よしあしの判断は難しかった。

 なぜなら神様以外の名前をまだ知らなかったからだ。

 だけどせっかくつけてくれたのだからと、僕は『うん』と言った。


 神様は何度も首を縦に振って言った。

『黒茸。お前は決して神様と、人間の誰にも触れても鳴らん』

『さっき聞いたよ』

『だとしても、もう一度耳を傾けろ。もしかしたら違う部分があるかもしれない』

 僕は渋々うなずいた。


 神様は咳払いを一つして、先を続ける。

『よいか。もしも触れればその瞬間に、世界は破滅する』

「はっ、破滅!?」

 神様は首の影が顎に沈むぐらい、深くうなずいた。

「ゆめゆめ、忘れるでないぞ」

 その言葉を残して神様は消えた。


 気が付いたら人間界にいた僕は、色々と勉強しながらもどうにか馴染んでいった。

 神様とはそれきり、一度も会えていない。

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