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一章16 『僕の日常その15 ―でえと?編―』

 僕達の住んでいる街は、日が沈むのが少し早い。山に囲まれているからだ。

 ただ流れる時間がゆったりとしているから、日中の時間は他所の街と帳尻があっていると思う。逆に夜は少し長いかもしれない。


 この近くにある本当にコンビニも駅もない、トンネルの向こうの街はもっとそれが顕著なのだろう。さすがに不便すぎて住む気にはなれないが。


 日暮れの街はとてもきれいだ。昔ながらの家と近代的な建物が混在する街並みに橙色と影のコントラストが生まれ、ある種の芸術的な光景へと変ずる。それに感嘆する旅行者は結構多いと村役場でもらえるパンフレットに描かれている。もっとも、僕がこの街に住んでから旅行者らしき人はほとんど見たことがないけど。


 きれいなものをただ眺めているのもいい。

 しかしせっかくなら、そのきれいなものをよりよい場所で見たいと思うのが人情――いや黒茸情だ。


 僕とてんちゃんは二人で山道を歩いていた。

 ここはハイキングコースとしてガイドブック――町内限定販売のローカル誌。古書店で立ち読みしたことがある――にも載ったことがある。地元民には有名だ。

 ゆるやかな坂道で、確かにここを歩くのは楽しい。隣にてんちゃんがいるから、足取りはもっと軽くなる。

 てんちゃんの足元には当然の顔をしてマクロさんが四つ足で歩いていた。彼女のペットにでもなるつもりなのだろうか。


「黒茸さん。わたし達は、どこに向かってるの?」

「ん? いい場所さ」

「いい場所?」

「そう。きっと驚くよ」

 てんちゃんの歩みは思ったよりも遅かった。僕はペース配分を彼女に合わせるよう努める。


 てんちゃんはまだ幼くて、どちらかと言えばインドア派に見える。きっとまだちゃんと体力がついていないのだ。

 脱水症状対策に、飲み物はきちんと持ってきている。僕のウエストポーチにはスポーツドリンク、てんちゃんのバッグにはミルクティー。ちょっと背伸びした感じのチョイスが微笑ましかった。


「ねえ、てんちゃん」

「なに?」

「疲れたら言ってね。休憩するから」

「ううん。まだ大丈夫」

 さっきより少し顔が赤くなっているのは、夕日のせいだろうか。でも息が上がっている様子はない。彼女の言葉を信じて、ペースはそのままで歩き続ける。


 話しながらだと、気がまぎれて疲れにくいかもしれない。

 そう思って、何か適当に話を振ってみる。

「ねえ、てんちゃん」

「なに?」

「行きの電車で何かお話ししようとしてくれてたよね? それ、今聞いちゃダメかな?」


 無言の間。

 気にせず僕は歩き続ける。てんちゃんも隣で変わらずあゆみを運んでいる。

土を踏みしめる足音に、時々ぽきりと小枝が折れる響きが混じる。カラスが上空を飛んで音痴おんちな鳴き声を落としていった。


 やがててんちゃんはぽつりと言った。

「聞きたいの?」

「もちろん」

 そうでなければ切りだしたりしない。

「つまらないかもしれない」

「それでも構わないよ。僕のだって、そんなに面白い話じゃなかったんだし」

「ううん、面白かった」

「ね? 話ってのは、考えた本人がつまらなくても聞いている人は面白いって思うことだってあるんだ。逆もまたしかりだけど」


 てんちゃんは考え込むように唇の下に指をやってしばし黙した後、ぽつぽつと話し始めた。

「あのね、人魚姫さんがいたの」

「人魚姫さん?」

「そう。脚の代わりにきれいな鱗のしっぽをつけて、海を泳いでる女の子。髪が長くてつやつやしてて、他の女の子より可愛いから人気者」


 少し意外だった。

 てんちゃんは言うまでもなく可愛い女の子だが、そういうファンシーなものにはあまり興味がないと思っていた。少し失礼かもしれないが。


「人魚姫さんは毎日、楽しく海の中で泳いで生きてた」

 僕は想像する。きれいな青い海。そこで生きる可愛い女の子、人魚姫。彼女は可愛らしくて泳ぐ姿は美しい。この田舎町とはまた違った素敵な世界だ。


「ねえ、人魚姫さんのこともっと知りたいな」

 てんちゃんがどんな人魚姫をイメージしているのか知りたくて訊いてみた。

 彼女はちょっと目線を落として、沈黙する。その前にマクロさんが来て、尻尾をパタパタ振って彼女の方を見やる。しかしてんちゃんはそのまま歩みを進めて、マクロさんのことを思い切り踏んづけてしまった。「フギャーッ!」と悲鳴が上がる。


「……あ、マクロさん。ごめん」

 謝りながら足をどかすてんちゃん。マクロさんは気にしないでとでも言うようにかぶりを振った後、後ろ足で背中の毛並みを整え始めた。


「ずいぶん紳士的じゃないか」

 僕は色々な思いをひっくるめて――多少皮肉のスパイスを強めに――言ってやった。

 するとてんちゃんはこちらを見やって。

「マクロさんはメス」

「え……、メス?」

「そう。女の子」

 見下ろすと、マクロさんはうなずくように頭を縦に振って「ニャーオ」と鳴いた。


「……マクロさん、痛くなかった?」

「ニャー、ニャニャ」

「そう。よかった」

「マクロさんはなんて言ってるんだい?」

「ううん、全然」

「……ん?」

「そうマクロさんは言ってた」

 マクロさんはくるっと尻尾を丸める。○の形に見えなくもない。


「ねえ、てんちゃん」

「ん?」

「もしもマクロさんが家までついてきたら、どうするんだい?」

「……どうしよう」

 大して深刻そうでもない声を出して、首を傾げた。

「飼う気がないなら、そろそろお別れした方がいいと思うんだ。思い入れというか、好きになりすぎるとバイバイする時に辛くなる」

「……でも、一期一会いちごいちえって言葉もあるって聞いた」

「それは……」


 思わぬ切り返しに僕は言葉を失った。

 確かに全ての存在は、出会いの時点で別れが決まっている。

 それは家族しかり、恋人しかり、友人しかり。

 誰に対しても言えることだ。

 それなのに大人達は、時に平気で自分達を例外の外に置いて子供達に、『別れがつらくなるから仲良くならない方がいい』とか言ったりする。

 僕は時々、呪いとかそういうのは関係なしに、自分に対して腹が立つことがある。

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