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1000文字短編

地味魔

作者: をち武者
掲載日:2019/11/03

 私は途方に暮れていた。


 見た目はパッとしないし、使える魔法も華々しくない。

 炎の魔法は火も起こせず炎を長持ちさせるだけ。冷気の魔法は時間をかけてやっと氷が作れるぐらい。

 なので戦場でハッキリ使えないと言われてしまう。

 一人前の魔術師どころか一人の兵士にもなれず、私はただ途方に暮れた。


「ああ、食欲がない」


 思わず出た呟きと同時に私の鼻腔を何かがくすぐる。すると私の足は主人の意に反して動いていた。



 そこは居酒屋だった。

 余り綺麗とは言えない店内に山賊のような店主が居る。


「悪いな客人、酒は切れてる」

「あの、このいい匂いは」

「お、ちょっと待ってろ」


 店主はいい匂いという言葉を聞くと満面の笑みを零し、食器の音を響かせてから私の前に深皿を置いた。

 これだ、この匂い。皿の中にあるのはとろみの付いた肉の塊、無骨な料理だがいい匂いがする。

 私は遅れて来たスプーンでその塊を崩し口の中へ放り込む。


 柔らかい、頼りないぐらい柔らかい肉片からシチューのような液体が溢れ出す。体に力がみなぎるようだ。

 美味しい……、その時私はなぜか救われた気がした。


「この料理の名前は?」

「うん? これは、あれだ。牛肉の煮込み」

「はぁ……」


 残念ながら味ほど心を躍らせる名前ではなかった。

 だがその時、私の中で何かが定まった気がした。


「あの、ご主人」

「あ、食い逃げする気かこの野郎! ちょっと火を見てろ」


 テーブルの端から人影が店の外へ消える、気づいた時には店主も既に外へ飛び出していた。


 空になった深皿を残し、私は言われた通り鍋の方へ行く。

 いい匂いだ、もう二三杯は頂きたいがあの主人に疑いをかけられては困る。


 鍋の中身に気を取られていた私は、その下の火が落ちかけているのに気付いた。

 まずい、薪はどこだ。いや、薪では遅い。私は両手をかざして火の方へと向け──。



「全く、困った客だ」

「お帰りなさい」


 帰って来た店主は私を驚いたような顔で見る。


「ああ、悪かったな」

「いえ、それよりお願いが」

「タダには出来ん、ツケならまぁ」

「そうではなく──」


 私の思い付きのような決心を店主は黙って聞いた。そして、


「ダメだ、人様にウチの厨房は預けられねぇ」


 さっき預けたじゃないか、しかも無理矢理。

 しかしそれ以上は食い下がれず、私はお礼とお代を残してその場を──。


「待て、この火は何だ……?」

「はい?」


 私の恥ずかしい経歴を聞くと、店主は二つ返事で私を雇った。



 そして私はキッチンの魔術師となった。

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