地味魔
私は途方に暮れていた。
見た目はパッとしないし、使える魔法も華々しくない。
炎の魔法は火も起こせず炎を長持ちさせるだけ。冷気の魔法は時間をかけてやっと氷が作れるぐらい。
なので戦場でハッキリ使えないと言われてしまう。
一人前の魔術師どころか一人の兵士にもなれず、私はただ途方に暮れた。
「ああ、食欲がない」
思わず出た呟きと同時に私の鼻腔を何かがくすぐる。すると私の足は主人の意に反して動いていた。
そこは居酒屋だった。
余り綺麗とは言えない店内に山賊のような店主が居る。
「悪いな客人、酒は切れてる」
「あの、このいい匂いは」
「お、ちょっと待ってろ」
店主はいい匂いという言葉を聞くと満面の笑みを零し、食器の音を響かせてから私の前に深皿を置いた。
これだ、この匂い。皿の中にあるのはとろみの付いた肉の塊、無骨な料理だがいい匂いがする。
私は遅れて来たスプーンでその塊を崩し口の中へ放り込む。
柔らかい、頼りないぐらい柔らかい肉片からシチューのような液体が溢れ出す。体に力がみなぎるようだ。
美味しい……、その時私はなぜか救われた気がした。
「この料理の名前は?」
「うん? これは、あれだ。牛肉の煮込み」
「はぁ……」
残念ながら味ほど心を躍らせる名前ではなかった。
だがその時、私の中で何かが定まった気がした。
「あの、ご主人」
「あ、食い逃げする気かこの野郎! ちょっと火を見てろ」
テーブルの端から人影が店の外へ消える、気づいた時には店主も既に外へ飛び出していた。
空になった深皿を残し、私は言われた通り鍋の方へ行く。
いい匂いだ、もう二三杯は頂きたいがあの主人に疑いをかけられては困る。
鍋の中身に気を取られていた私は、その下の火が落ちかけているのに気付いた。
まずい、薪はどこだ。いや、薪では遅い。私は両手をかざして火の方へと向け──。
「全く、困った客だ」
「お帰りなさい」
帰って来た店主は私を驚いたような顔で見る。
「ああ、悪かったな」
「いえ、それよりお願いが」
「タダには出来ん、ツケならまぁ」
「そうではなく──」
私の思い付きのような決心を店主は黙って聞いた。そして、
「ダメだ、人様にウチの厨房は預けられねぇ」
さっき預けたじゃないか、しかも無理矢理。
しかしそれ以上は食い下がれず、私はお礼とお代を残してその場を──。
「待て、この火は何だ……?」
「はい?」
私の恥ずかしい経歴を聞くと、店主は二つ返事で私を雇った。
そして私はキッチンの魔術師となった。