表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カインの末裔  作者: debris
4/7

第1章 3話

評価下さった方&ブックマーク下さった方ありがとうございます!励みになります

 カナタの母ヲシテは、【スミルナ】というクニに生まれた。

 そこは、2000人ほどのヒトと、500人ほどの獣人が暮らす大きなクニだったという。


 「…か、母さんは、そのクニでも、わ、割合、大きな、屋敷に、住んで、いた。つ、つまり、良いとこの、お嬢、ってやつ、です。」


 コウシィをゆっくりとすすりながら、カナタは続ける。


 「そのクニ、では、ヒトが、獣人よりも、偉くて。母さんの、家にも1人、獣人の召使いが、いた。狼の獣人で、それが……僕の、父さんだった。」


 カナタは、そのこけた顔に似合わぬ長い睫毛をふ、と伏せる。遠い日を思い出すように。


 「父さん、と、母さんは、す、すぐ惹かれあって。それで、ぼ、僕を身ごもった。母さんが、じゅ、17くらいの頃、でした。」


 ヲシテの家族は、当然子供を産むことに大いに反対し、彼女の不貞を罵倒した。

 カナタの父は当然のごとく屋敷から追放され、その数日後に死んだそうだ。


 「父さんの、う、噂を聞いた、他の獣人達は、父さんを、け、軽蔑した。ヒトと関係を持った、き、汚らしい、裏切り者と。獣人はヒトを、憎んで、いたから。…それで、殺されました。」


 カナタは自嘲的な笑みを浮かべる。


 最愛の人を失ったヲシテは、家を捨て、自身の子を1人で育てることを決めた。箱入り娘の彼女だったが、身重の体で良く働いた。これから生まれてくる、愛する子供のために、必死に。


 「ぼ、僕が、生まれてからも、か、母さんは、働き詰めでした。おれは、そんな母さんが、大好き、だった。裕福な、暮らしじゃ、な、無かったけど、し、幸せ、でした。……あのころ、まで、は。」


 カナタは、その顔に浮かぶ笑みを更に深くする。


 「………母さん、が……」


 彼の額から、冷や汗が一筋流れた。


 「母さんが……あんなことに、なる前は。」




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 「ほらカナタ。これも食べな。」


 そう言って、母さんは黒パンを僕の皿に乗せた。


 「え、だって…。これ母さんの朝ごはんじゃんか。いらないってば」


 僕は、黒パンを母さんの皿に戻す。と、母さんはニヤニヤ笑いながら僕の頰をつねった。


 「ばーーか。あたしがこんなパン一つ食べないくらいで、倒れるとでも思ってんの?そんなひ弱じゃないっつーの。それよかアンタ、そんなガリガリじゃあクラスの子に舐められるよー?」


 「でも母さん、肉体労働者じゃん。ちゃんと食べないと体力がー」


 「いいから、ほらっ、食えー!」


 僕の口に黒パンをグリグリと押し当てて、カカカ、と気持ちよさそうに笑う母さん。頭の後ろで、一つに縛った髪がフサフサと揺れている。僕は仕方なく、母さんから黒パンを貰い、食べた。


 その様子を、ニコニコと笑いながら見つめる母さん。

 僕はその顔が、たまらなく大好きだった。


 母さん。ちょっと大雑把で男勝りな所もあるけれど、強くて優しい母さん。


 「さて、と!カナタ。あんたそろそろ学校行く時間でしょ?母さんも仕事行ってくるからさ。今日は給料日だから、夕ご飯はお肉にするね!楽しみにしてんのよ」


 そう言いながら、母さんは秒速で着替えを済ます。良く日に焼けた筋肉質な腕を、僕は綺麗だと思う。


 「母さん、今日も帰るの遅いの?何だったら、僕汁物だけでも用意しておくけど」


 「んー。多分遅くなるかな。母さん最近、結構大きい現場の監督を任されちゃってさあ。けっこー責任重大なのよねえ」


 母さんは、僕の頭をワシャワシャ、と撫でて続ける。


 「でもカナタ!あんたはご飯の用意の心配とかしなくていーんだから。学校の宿題でもやってなさいな!早々に落ちこぼれるぞお」


 僕は母さんに荒らされた髪を直しながら、ぶー垂れた顔をする。そんな僕を見て、母さんはまた豪快に笑った。


 「カナタ、ほら!行って来ますのぎゅーーだよ!」


 「わっ、ちょっと!恥ずかしいってば!僕もう12歳なんだぞ!子供じゃないって!」


 無理矢理に僕の体を抱き寄せる母さん。憎まれ口を叩きながらも、僕はそんなに悪い気はしなかった。



 母さんは、格好良い。

 母さんは、僕の誇りだ。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 「おはよ、カナタ。」

 「はよーっす」


 クラスメイトと軽い挨拶を交わし、僕は軽やかな足取りで教室に入る。


 このクニでは、12歳の誕生日を迎えた子供は必ず学校に通わなければならない。僕が今在籍しているこの学校は、獣人や人間の垣根を作らない、いわゆる先進的な教育を採用している。

 だから教室には、ヒトも獣人も半獣人も混ぜこぜになっている。母さんが僕のために探してくれた、希少な学校だ。


 席に着き、隣の席のクラスメイトとたわいもない冗談を交わす。数分ほど話したところで、教室に先生がやってくる。


 「さあ皆さん、静かに。一限目の授業を始めますよ。では、算数の教科書の10ページ目を開いて…」


 僕は友人といたずらっぽい笑みを交わし、手元の教科書を開く。


 数式を規則的に読み上げる先生の声。

 カーテンから漏れる春の日差し。

 大好きなクラスメイト。


 この柔らかな陽の光の中で、今まさに仕事をしているであろう母さんの姿を思い浮かべる。

 額に汗を光らせて、建築用の資材を運ぶ母さん。

 

 母さんも仕事中に、僕のことを考えたりなんかするのだろうか。

 勉強をしている僕の姿を思い描いたりするのだろうか。


 僕はなんとなく背筋をピンと伸ばした。そして、そんな自分が可笑しくて少し笑う。


 ……幸せだった。


 決して裕福な家庭ではない。本当に些細な不満は、少しはあったかもしれない。でも僕は、自分の生活に不足を感じた事なんて無かった。


 周りの時間が、空気が、全て調和して、まるで黄金色に輝いているようだった。


 そんな僕の幼少時代はーーー













 間も無く、終わりを迎えることになるのだけれど。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ