葛の葉の決断
1章・6話『葛の葉の決断』
平穏に暮らしいたある夜のこと。
「!母様、森に妖が侵入して来たようです」
「心配する事はない、わらわの手下じゃ」
「とても、強い妖気、それに速い・・・」
すると、それが戸を叩いた。
<葛の葉様、科戸にございます>
「うむ、ご苦労であった、入ってまいれ」
そして、入ってきたのは人・・いや農夫の姿をした妖だった。
<お久しゅうございます葛の葉様、ところでその者は?>
と、風を見た。
「わらわの子、風じゃ」
驚くその者に風は一礼をし、名乗った。
「風でございます」
<そうでしたか、あの仔猫が・・なるほど、葛の葉様が育て鍛えたのですね、凄まじい妖力を感じるわけです>
彼は風を知っていた様だった。
「流石は科戸よ、風の底知れぬ妖力を見抜いたか」
「はい・・葛の葉様が息子となさったのがわかります」
<ところで科戸よ、お前が来たということは世に異変があるということじゃな?>
科戸という妖はイタチの妖で、この森出身の葛の葉狐の手下であった。
そして、葛の葉の命令により、人の世の監視役であった。
その科戸が重々しく語った。
<人の世が慌しく都が変わろうとしています、平城京より北へと奈良山を超え山城国に長岡京なるものを築いておりまする。しかし、葛の葉様の知る鞍馬山の人なる妖がそれも十年はもたずと言ったとの噂、世はこれより荒れまするかと>
それを聞いた葛の葉は驚きもせず言った。
「なるほど・・人の都がどこに移ろうが関係ないが、ここのところの人の進化が、ますます速くなっておるのは感じておったが・・・」
「風もそれは感じておりました、この郷も人が増え開拓が進み、寺なるものもでき、人も優れてきてるように感じます」
と、科戸がうなずき言った。
<風殿の言うとおりでございます、今の世は下々にも信教がもてはやされ、僧侶なる者の中には不思議な術を使う者がいるようです、しかし、問題なのは人が妖になったという噂をしばし聞くことです>
「面倒な世になりそうじゃの・・・」
<はい>
すると、葛の葉は深刻な表情で、しばし沈黙し、耳を疑うことを言った。
「・・・科戸よ、諸郷を回り、風を山城国に連れて行ってくれぬか」
<山城国に?・・・ご命令であれば>
科戸はそう返答したが、風はあまりの突然の事で動揺した。
「何故ですか母様、風は人の世など興味はありませぬ、母様とこの森に居とうございます」
「興味がないことはなかろう、お前はこのような森に止まるような器ではない、いずれにしてもこの森も人のものになろう、わらわはこの森の主、森が朽ちようなら、共に朽ちるが天命じゃ」
「ならば風もどうか、ご一緒に!」
「それは風の天命ではない、風には風の天命がある、今は分からずとも己で知ることになろう、わらわには分かるのじゃ、お前が大いなる天命をもつものになると」
「・・しかし、風は母様の盾となり何からにも母様を守ろうと・・」
「その気持ちは嬉しいが、これは命令じゃ、それにまだ言えぬが、わらわには宿願がある、それには独りがよいのじゃ」
「宿願?それは・・?」
初めて聞くことであった。
「それは言えぬ、言えぬが叶えば風の天命とも関わろう・・・とにかく、早々に荷をまとめよ」
「はい・・」
納得は出来なかったが、風は旅立つ身支度をした。