退園
今、私は園外にいる。午後3時だ。
あの後、私は"彼"に起きた事全てを話す為に『猛獣館』に向かった。雀の涙程しかない私の体力の殆どを使って猛ダッシュをしたお陰で5分ほどで到着出来たまでは良かった。後は今起こった話を"彼"に話して安心を得られればいいだけ。
しかし、何という事だろうか。彼はお昼寝真っ最中ではないか。
この時の状態の"彼"に私は何度か遭遇した事がある。そんな彼に話しかけた事はその中で2回。1回目は無視を決め込まれて会話不成立。2回目は根気良く"彼"が何らかの反応を起こすまで話しかけ続けた。それも何分も何十分も。ここで皆さんは思っただろう。昼寝最中にこいつは動物様に何をやっているのだと。この時の、というより"彼"と会う時の私は我を忘れてしまっているらしく、興奮状態になりすぎて会った記憶がおぼろげな状態もあるくらいにまでなってしまう。
2回目のチャレンジもその例に漏れずだった。私はずっと話し続けた、これがどれだけ迷惑なことなのかも忘れて。
"彼"はぬくっと立ち上がった。私は「やった、起きてくれた!!これでようやく話せる」と勘違いをして「こんにちは、また来ましたよ!!」といつものハイテンションな挨拶をした。
"彼"の顔に笑顔は無かった。目は怒りの為なのか血走って鋭くなり、耳も立って牙もむき出し。完全に私を殺る気満々だった。あの顔は今でも忘れない。それを見た私は我に返って、今私がしてきた事がどれだけ失礼に値するかを痛感する事になった。
私は"彼"に土下座して謝罪し、逃げるようにその日は帰った・・・筈だ。あの日は怒りの形相が凄すぎてそれ以降の事をあまり覚えていないのだ。
今日は前のような失敗を繰り返さないように、あの恐怖と話をしたいという興奮は胸の内にしまって現在に至る。
正直、今日は中々濃い1日だったと思う。学者さんの話は人間よりも哲学してるし、それ以外の動物達も様々な人生経験をしてきてどれも私の今後の人生に生かせるようなものばかりだった。
人間の世界も中々えげつない事が多かったりするが、動物の世界はそれ以上だ。だから、私にどんな困難が来たとしてももうめげる事は無いだろうし逆にその困難を糧に強くなれるような気がするのだ。そんな心構えを持つ事が出来るようになったのはこの動物園にいる動物達と私の不思議なテレパシー能力のお陰だ。今となってはこの能力には感謝しかない。
私はこの能力で交流してきた動物達の体験を、小説にして売り出したいと考えている。奇想天外な彼等の生き様は、この世のどんな小説よりも面白くこの世のどんなノンフィクション作品よりも輝くだろうと確信している。
誰も見た事が無いエンタテインメント作品を手掛けるという大きな夢を胸に秘め、私は今日の所は家に帰る事にした。今度来た時は"彼"と話せるといいなあという、淡い希望を抱いて。