途中で
閉園までは後3時間ほど残ってはいたが、私は"彼"と会って今日は帰ろうと決めた。今日は何だか色々な話を聞けたし、後は彼の波瀾万丈話を聞ければそれで満足であったからだ。まあ、動物達の重い話を聞いているうちに体力を消耗してしまったのも理由の1つではあるが。
私は今、「猛獣館」に向かっている。そこで、日本の東西南北にもゆかりがあるある動物に会いに行くのだ。彼はその気迫と堂々たる態度でこの動物園の王とも呼ばれており、それに恥じない冒険譚もある。彼の話は常にスリルに溢れており、その話だけで映画も作れてしまうのではないかと言うくらい聞いていて楽しいのだ。
「猛獣館」へは、「オランウータン館」から普通に歩くと10分程掛かる。真面目に歩く気分ではなかった私は、「北海道動物館」を通りショートカットをする事にした。ここを通るだけで移動時間は半分以下にまで減らす事が出来る。ただ、ここは北海道産の動物を見られるという事で人気のスポットでもあり、変な時間に入ってしまうとショートカットどころか1時間以上の立ち往生なんて事にもなってしまう。この時間帯は時間的に人があまりいないのですんなりと通る事が出来ると推測していた。
「北海道動物館」に入り、順調に反対側の出口を目指して歩く。このままいけば5分切りも夢じゃないくらいのペースだった。後は他のお客さん集団に遭遇しなければ完璧、任務は無事完了である。
そして、ついに玄関前まで辿り着いた。ここまでのラップタイムは過去最高だ。これで最高タイムの7分を更新できれば"彼"にも自慢する事が出来る。新たな1歩を踏み出そうとしたその時――。
「おい旦那!!助けてくれ!!旦那!!」と、死に物狂いの声が聞こえてきた。ああ、厄介なのに引っかかってしまった。彼に絡まれるととても面倒な事になる。
「助けてくれよ旦那!!カラスが上を飛んでてな、俺を食べようと狙ってるんだよ。ここには巣箱しか逃げ場無いし、もうどうする事も出来ないんだよ」泣きそうな声で彼は言う。
彼はエゾリスのチュウ太。北海道ではメジャーなリスの仲間で、森に入って目を凝らせばどこかしかには必ずいるという北海道民にとっては慣れ親しんだ動物の1種。全身が茶色で尻尾は長くふさふさしており、耳は上に伸びている。見た目も非常に可愛らしく、彼も例外ではないのだが、それを台無しにしてしまう彼の行動がある。
まずは被害妄想。今言っていた事で言うと、ここは屋内空間であり、外部からカラスが入ってくるようなことは無い。カラスの姿が見えたとしても建物の外なので何も心配する必要はないのだが、彼はいつも自分が食べられてしまうのではないかと怯えている。
次に非常にヒステリックなところだ。私が彼を心配して慰めても「ふん、人間はそうやって何時も言うんだ。自分らはカラス何かには食べられねえから俺達の気持なんか分からねえんだよ!!ふざけんな!!」と罵声を浴びせたかと思えば「何だよ、放っておくのかい。こんなになってる俺がいるのに。人間てのはろくなのがいねえな」と一転して助けて欲しいオーラを出し始めたりと滅茶苦茶な奴なのだ。無視すればいいのかもしれないが、私の性分なのかそれが出来ないのである。
「今日はどうしたんですか?上にカラスいないですよ」
「違うんだよ旦那。カラスじゃねえんだよ。半透明な奴がな、宙に浮いてんだよ!!お前らが幽霊って呼んでる奴だよ絶対!!さっき見たんだよ本当だ!!」
幽霊?おいおい本当に頭おかしくなってしまったかこいつ――内心そう軽蔑していた。私は、幽霊などのオカルトは一切信じないのだ。こんな力持っておいて何言ってるんだと思うだろうが、信じられないものは仕方ないのだ。心霊写真何て全部ガセネタ、UFOもUMAも存在しないし怪談もただのフィクション。それが私のスタンスである。
「何を仰ってるんですか。そんなのどこにもいないじゃないですか」
「あんた、本気で言ってんのか?いるだろあんたの目の前に!!見えないのかい旦那には?」
どうやら私の目の前にいるらしい。馬鹿馬鹿しいったらありゃしない。もう我慢ならない、今日は厳しく説教させてもらおうかな。
「チュウ太さん。貴方ね、来る度来る度いつも面倒もってきていい加減にしてくださいよ。私だってね、用事ってもんがある訳ですよ。分かります?それを中断してまで私に話しかける事ないでしょう?今だってそうですよ。幽霊何ている訳ないでしょうどこにも。目覚ましたらどうですか?」と少しキツめにお説教してやった。
彼は白目を向いて気絶していた。ふん、私がこんな風になるのを見た事が無いから驚いてそんな状態になってしまったのか、私だってこのくらい言えるんだ覚えておきなさい――そう彼にもう一言胸の中で呟いて去ろうとした。が、一応もう1回だけ親切心で上の方を見てみる事にした。
子供がいた。宙に浮いて、体育座りをしていた。血の気は無い様に見えたし、肌も如何せん白く見えた。顔は頭を下げてしまっているのでその時は見えなかったが、宙に浮いている時点でおかしい。私と同じ能力者かとも思ったが、この子からは生気が全くと言っていいほど感じられなかった。私は自分の目を疑った。本当に幽霊なのか。いや、きっと何かの間違いだ。私と同じひょんなことから超能力を得た人でそれを使ってケージの中に入っているんだ、そうだそうに違いない――そう心に言い聞かせた。
子供が頭を上げた。そして、私の方を見た。顔はしっかりとあったし、目も耳も鼻も口も全て揃っている。だが、目は真っ黒だった。白目が無い。目が覚めた、こいつは人間では無い、人外だ。私が今まで1度も信じる事が無かった、怪談では毎回登場するあいつだ――。
私は体が固まっていた。あまりにも急な事だし、実際の幽霊何て始めてだし。何よりも怖かった、恐ろしかった。チュウ太が気絶するのは無理が無い。
早くここから出なければ何が起こるか分からない。私は体を動かす事に全集中力を使っていたが、「ねえ、遊ぼう」と声が聞こえてきた。
「遊ぼうよお兄ちゃん。僕、誰も遊んでくれる人がいなくて寂しいんだよ」そう言ってどんどん近づいてくる、体育座りのままで。
「ねえ、遊ぼうよお兄ちゃん。遊ぼうよ。遊ぼう、遊ぼう、遊ぼう遊ぼう遊ぼう遊ぼう遊ぼう遊ぼう遊ぼう遊ぼう遊ぼう遊ぼう・・・・」と子供は私の脳内にずっと話しかけてくる。これはヤバい、あっちの世界に連れていかれる――逃げろ、と直感が伝えていた。逃げなければ死ぬ、地獄に落ちる。
気付いたら外にいた。どうやら無事に外に逃げ出せたらしい。頭の中にあの不気味な声はもう響いてこない。取り敢えず命は助かった、チュウ太がどうなったかは定かではないが。
私はもう幽霊がこの世にはいないとは二度と言わないと心に誓った。きっと、あの子供が私の前に現れたのは幽霊がいないと言い張った事への罰だ。これからはちゃんと敬意を払って幽霊さんにも接さないといけない。それと、もうショートカットであそこを通るのは止めにしようとも思った。もうあんな体験は御免だ。
私は今の体験を"彼"に話す為に猛ダッシュで走って向かった。あの建物の近くにはいたくないし、「猛獣館」に行けばどうにかなるだろうと考えたからだ。
ちなみに、後日、ニュースでチュウ太が原因不明で死亡した事が報じられたがきっと持ってかれたのだろう。白目を向いてたのはもう死んでいたからなのか――その真実を知るのはまだ先の話。