小天使
この動物園にはマスコットキャラクターとされる動物が何匹か存在する。彼等は、春と秋の年2回行われる『入場者投票で決める動物No.1アイドル決定戦』で、ほぼ毎年トップ3を独占する猛者達だ。順位順に紹介していこう。
まず第3位。げっ歯目(ネズミの仲間)では最大の大きさを誇り、小さな水かきで水中を上手に泳ぐ事が出来、彼等のボーっとした姿を見ていると何故だか癒されてしまう不思議系動物、カピバラののぼー。
第2位。アザラシの仲間で、北海道の冬の寒い頃に流氷と共にオホーツク海を南下し北海道で子供を産む彼等は、その愛くるしい顔と楽しそうに泳ぐ姿が非常に人気のゴマフアザラシのミケ。
第1位。一昔前に彼の仲間が二本足で立った事で人気に火が付き、それから10年以上たった今でもその人気は衰えしらず。可愛らしい顔もチャームポイントの1つ。茶色い体毛で四肢や腹は黒っぽく、顔には白い模様があり、尾には5~7本ほどのリング状のしま模様があるのが特徴のレッサーパンダのカイ。
この順位は2016年7月現在のものだが、このランキングはここ数年は全く変化していない。彼等目当てでわざわざ本州からこの北海道の地に来る人もいるほどの人気者だ。私は彼等を"大天使"と呼んでいる。
その一方で、一般の来園者にはそれほど見向きされていないものの、私自身が大ファンになったしまった動物がいる。"大天使"のように公衆の面前で輝くのではなく、大勢に注目されなくても、たった1人の来園者でもそこに訪れた人は皆笑顔になって帰っていく――私は彼女を"小天使"と呼んでいる。
彼女は『フラミンゴ舎』に大勢の仲間と一緒に暮らしている。一度仲間のうちの1羽が脱走を試みて失敗したらしいがもう過去の話。
「いらっしゃ~い。あら、また来てくれたのね!!おばはん嬉しいわ」と、テンションの高い声が聞こえてきた。
彼女の名前はディスコ。ベニイロフラミンゴというフラミンゴの1種で、全身が名前の通り鮮やかな紅色でくちばしは非常に濃いピンク色をしている。やたらテンションが高いおばさまで、他者とコミュニケーションを取るのが大好き。口調は明るくポジティブシンキングの塊でネガティブな事は一切話した事が無い。名前の由来は、テンションが上がるといきなり踊りだすことから、「バブル時代に、ディスコでああいう風に踊ってた人がいたよね~」と飼育員さんが考えたことから付けられた名前らしい。まあ、非常にマッチした名前であると思う。その飼育員さんはセンスがいい。
「あら、あんた浮かない顔してるけど、何かあったのかい?」
「いいえ、特になにもありませんが。そんな顔してましたか?」
「してるわよ。あんた、暗いといっつもブサイクな顔になるからすぐに分かるわよ」
「そうでしたか・・・・本当に何もありませんよ、心配してくれて有難う御座います」
「そう?ならいいんだけどさあ。何かあったらあたしに相談しなさいよ!!」
彼女はとても面倒見が良く、私が何か悩んでいるなと察すると、こうして様子を伺ったり話を聞いてくれたりするのだ。人間の友達にこういう人がいない私にとって、まさに"天使"なのである。
「でね、話変わるんだけどもねえ。また脱走しようとしてる奴いたのよう。そいつ、結局捕まったんだけどねえ、どう思うさあんた?」と彼女に聞かれた。
「またですか。随分と脱走騒ぎ多いですよね、何で何ですかね」と私が返すと、「まあ、私達って元々自由が大好きなわけよ。縛られるのが嫌いなのよ」と答えた。なるほど、そういう訳なのか。
「私達は湖を行ったり来たりしてるからね。自由に飛べないとストレスが溜まるの。私は飛ぶの嫌いだけど。だから、他の奴らはここから脱出して新天地目指して飛ぼうとしてるわけね。見知った土地でも無いのにどこへ行こうっていうのかしらね。私はここから出て生きられるとはとても思えないし」
「それによ、ここにいれば毎日ご飯食べられるのよ!!昔野生で生きてた頃だったらこんなの考えられないわよ。毎日お腹一杯ご飯食べて寝床もあって、天敵もいない。こんな最高の住処もう一生巡り合えないでしょうね。おまけに、貴方みたいな別の生き物に私の美貌を見せつける事が出来るんだし」と話した後、気分が高まったのか、小刻みにリズムに乗り始めた。
彼女はこの動物園を非常に気に入っているようだった。確かに、この動物園にいる以上は、外敵に攻撃されたり餌が食べられないというのはほぼゼロに近い筈であるし、ここ以上に安全な住処は彼女の言った通り存在しないといえる。
だが、彼女の意見は寧ろ少数派ではないかと私は感じる。ここから逃げ出したい、自由になりたい――それが彼等の本音だろうと思う。自分が住んでいた所から無理矢理連れてこられて、この見知らぬ日本の北の地へやってきたのだ。寒暖差も激しく、体調も崩しやすかっただろう。それに、飛ぶにはここはあまりにも狭すぎる。脱走したがるのも無理はない気がする。
「ここは住みずらいなとか感じたことないんですか?」と私が質問してみると、「そうねえ。最初ここに来た時から暫くはそう思ってたわね。餌も決まったものばかりだしぎゅうぎゅう詰めにされるし。でもね、あんた達の言葉で住めば都っていうのがあるでしょう?さっきも言ったけどここは世界で一番安全な場所。だから、自然と住みやすい場所だなって思えるようになったわけよ。私は今凄く幸せよ。あんたと話する事も楽しいしね」と返した。
こんな風に動物園での生活を毎日エンジョイ出来ている彼女は真の幸せ者と言えるかもしれない。私も、彼女を見習ってポジティブシンキングで生きていけばきっと日常生活が楽しくなるんだろう。
「ディスコさん、今日もお話してくれて有難う御座いました。また今度お話聞かせて下さい。次は明るめの話でお願いしますね」
「あら、もう行くのね。またいらっしゃいな、悩み事もあったら私に言いなさいよ!!」
彼女は元気に私をダンスで見送ってくれた。
現在は午後1時。閉園までは後4時間くらいある。話したい動物は結構いるのだが、明日は仕事があるので4時30分には出たい気分だ。計算上、後3、4匹見るのが一杯だろう。
私は、次の目的地である"森の住人"がいる場所に向かいながら、閉園までどのように過ごそうか考える事にした。