開園前
皆さんは人の心を一度でも読んでみたいと思った事は無いだろうか。私も思っていた、この不思議な力を得るまでは。
私は、ファンタジー小説や漫画やアニメに出てくる所謂テレパシストである。相手の心を読む事が出来るあれだ。フィクションではその能力を用いて、日常生活をより豊かなものにしたりきゃっきゃウフフの青春生活を送ったりはたまた世界をも救ったりもする。しかし、現実はそんなにキラキラした幻想世界何かでは無く、底なし沼上等の地獄である。
仕事場に行けば、普段私に言わない悪口や嫌味妬みのオンパレードが心の中に響いてくる。好意的に接してくる人が、実は自分を利用しようと接近しただけだったり――なんて日常茶飯事だ。まともな精神状態で居られる訳が無い。
この力のせいで、私は週休二日制でボーナスも出て土日休みで有給その他社会保障もしっかりしている公務員を辞めざるを得なくなった。決して悪い仕事では無かったのに――この時ばかりはいきなり発現した自分の能力を呪った。自殺しようとも考えくらい追い詰められていた。
それを踏み止まらせてくれた命の恩人がこの動物園である。ここは、私の地元の北海道にあるとある動物園で日本はおろか海外からも観光客が来る事で有名である。動物の種類も多く、動物の行動を見せる行動展示がとても人気だが一昔前は経営難から閉める事も考えたそうである。しかし、現在の園長が日本の動物園で主流になっている形態展示(動物の姿形を見せる展示)から今の方針に転換したことで現在までになったそうである。
私は、ここにいる動物達と『会話』する事で今まで悩んできた事が何だか小さい様に思えた。死ぬなんて馬鹿馬鹿しい、お先真っ暗と考えれば本当にそうなってしまう、ならプラス思考で生きてみよう――といった感じで今の私がある。動物様様である。
午前9時に開園するこの動物園だが、30分前から人、人、人。戦国時代なら人海戦術出来たんでないかと言うレベルである。「ねえ、どの動物見に行こうか」と言うカップルや「お父さん、まず最初はサル山から行こうよ!!」「はいはい分かりましたよ」とやたらテンションが高い子供とそれにぶっきらぼうに対応する父、「これが日本の動物園ですか、楽しみですね」と言うダンディな外国人等、様々な人達が集っている。
しかし、動物と本当の意味で意思疎通出来る人間は、おそらくこの地球上のどこを探しても私しかいないだろう。普通の人とは全く違う形で動物園を楽しんでいると思うと、自分は特別何だと実感できる。憎むべきテレパシーも、今では便利ツール感覚である。
動物の多さ故、1日で全てを見切る事は不可能であるし、動物との会話だけで少なくとも1時間は使ってしまう。その為、最大でも5,6匹が限界だ。残りの30分を使い、今日はどの動物を見るかをじっくりと考えていかなければならない。
しかし、ここにいる動物達は皆個性的だ。どこに行っても全然飽きないしそれに見合った動物達の歴史も知る事が出来る。開園まではゆったりと時間を過ごそう、人混みは嫌だが――そう私は思いながら楽園の入り口が開くまで待つことにした。