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トリの花嫁  作者: あきざね
第一章 其処ではない何処か
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当惑_4

 リザーグは祈るような気持ちで後ろを振り返った。しかし、すぐに振り返らなければ良かったと後悔した。彼の視線の先では、でこぼこした岩の群れに悪戦苦闘しながら、先ほどはからずも助けてしまった雛が、えちらおちらとリザーグの後を着いて来ている。


(どうしようか)


 リザーグはほとほと困り果て、冠羽を寝かせた。

 この辺りはおろか、渡りの最中でさえ見かけたことのない生物の雛は、彼らの雛と非常によく似ていた。彼らの雛は天敵から身を隠すため羽毛が黒い。冠羽は若鳥まで育たないと生えてこないので、傍から見ると綿毛で全身を覆ったような姿をしているのだ。おまけに色素の沈澱が充分ではない鱗は、血肉の色を透けさせて桜色を帯びた肌色をしている。

 あの雛が蟒蛇に襲われる姿を遠目で見たとき、てっきり父鳥と逸れた雛が襲われているのだと思い込んでしまい、考えるより先に体が動いていた。

 しかし、助けた雛は実際に間近で観察すれば、彼らの雛とはまるで違う生物だった。肌理の素晴らしく細かい鱗(肌)は彼らの雛とよく似た色をしていたが、黄みを帯びていた。顔の輪郭は丸くて、ちょうど顔の中心に突起物(鼻)が在った。嘴(唇)は薄い桜色。艶やかさがない代わりに柔らかそうだ。

 体を覆う羽毛は頭部以外、羽毛ではなく皮のようだった。好奇心から頭部の羽毛(髪)に触れてみれば、柔らかさこそ劣らずとも勝らず、しなやかさは目を瞠るものがあった。そのまま指を滑らせて頬に触れれば、鱗はもっちりとしていた。


(こんなに柔な躰をして、よく生きて来れたものだ)


 リザーグがそう感心していると、その雛は何を思ったのか、怯えもせずリザーグの指を掴んだのだ。


(温かい……)


 その瞬間、可愛げのない、余りにも小さな黒い双眸が途端に愛らしく感じられてしまうほどの衝撃をリザーグは受けた――ちなみに、この回想はリザーグが真宇のことをやはり雛であると確信するに至った経緯を辿ったものだ。警戒心もなく甘える行動は雛しか取れない態度だと、リザーグは思っていた。


(ああ、まだ着いて来る)


 歩みを止めず後ろを振り返れば、あの雛は距離を離されながらも必死でリザーグの元を目指していた。

 リザーグは当初、雛をあの場に置いて来たつもりでいた。しかし蓋を開けてみると、雛はリザーグの後を着いて来るではないか。森の中をあてどなく彷徨い、あの雛を巻こうと試みるも、鳴き縋る声が胸に痛くて何度も振り返ってしまった。


(それがいけなかったのかもしれない)


 何度も振り返る行為は親が子を心配する行動と何ら変わらないのではないかと、リザーグは今更ながら思い至る。何分、子育ては若鳥のときに他の雄鳥の手伝いをしたくらいなので、詳しいことはよく分からない。

 脅かして追っ払うのが良いのか、無視してやり過ごすのが良いのか。現在進行形で無視しきれていない以上、本来ならば脅かして追い払ってみるべきなのだろう。

 だが、リザーグは雛を怖がらせることに躊躇いを覚えた。


(あんなにも必死に着いて来る雛を脅かせるものか)


 リザーグが目を向けている間に雛が躓いた。リザーグの躰は一瞬、雛の元へ駆けつけようとして動いた。

――どうかしている!

 内なる声が鋭い叱責を飛ばす。あの雛を巻こうと試みているのに己から近寄ってどうするのか。リザーグが悶々と悩む間に雛は自力で立ち上がり、リザーグを目指してまた力強く歩み始めた。

 だが、リザーグはその場から動かず、未だ思案の渦の真只中に居た。


(本気で巻くつもりならば走ればよかったのだ。それなのに俺はそうしなかった)


 何故。彼の脳裏を寄り添う父子の姿が過ぎる。すかさず心を凍てつかせる寒風が吹き荒ぶが、歩み寄る雛の微笑ましい姿が日射しのように彼の心をほっこりと温めた。


(ああ、そうか。俺はあの親と逸れた哀れな雛を育ててやりたいのか)


 リザーグは不意に納得した。彼の元へ辿り着いた雛を翼で包むと、雛はびくりと身体を震わせた。しかしそれっきり抵抗するでもなく、おとなしく翼の内に包まっている。


「冷たいな」


 リザーグはぽつりと独り言ちた。

 この雛はとても小さい。触れ合う面積もさほどでもないのに体温が容赦なく冷えた雛の躰に奪われていく。


(いいさ。熱ならば幾らでも分け与えよう)


 代わりにリザーグが欲してやまなかった温もりを雛は彼へ与えてくれるのだ。それくらいどうってことはないように彼には思えた。

 しかし、困った事態であることに変わりはない。

 さてどうしようかと、リザーグは空いた手の人差し指でこめかみを掻いた。育てると決めたはいいが、リザーグはこの生物についてとんと何も知らない。


(ミナならばこの生物について知っているだろうか)


 リザーグはそう当たりをつけた。何せミナは長老の雄鳥で数多くの土地を渡った知恵者なのだ。きっと何処かでこの雛と同じ生物に会っている筈だ。ミナとこの雛を会わせたい。

 だが、岩場の近くに見慣れぬ生物を連れて行っては過敏になっている父鳥が危害を加えるかもしれない。雛が危うい。リザーグだって叱責を喰らう。そうだからと言って森の中で待たせるわけにもいかない。


(ミナを呼びに行く間、集落近くの森で身を隠させておくのがいいかな)


 そうしようと、リザーグは頷いた。その行動を不可解に思ったのか、雛が翼の中で鳴いた。


「大丈夫。新しいけど、安全な巣に帰れるようにするからね」


 リザーグは殊更穏やかな声音で説いた。やはり雛は意味を解せないらしく、翼に包まれたまま小首を傾げる。その仕草さえ愛おしく思えて、リザーグは目を細めた。

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