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トリの花嫁  作者: あきざね
第一章 其処ではない何処か
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当惑_2

「父さん」


 そう呼ぶ声が聞こえて、リザーグは思わずそちらへ顔を向けた。

 ちょうど雛が父鳥の元へ駆け寄るところだった。

 柔らかな羽毛が綿毛のようにふわふわと風に靡く。黒色の羽毛は若鳥にもならない幼鳥の証だった。森の中では見失ってしまいそうな色彩も、白や灰色が基調の岩場では保護色の効果が薄く、すぐ見つけられる。

 父鳥が翼(肘から先を折り畳んだ腕)を広げる。すると雛は父鳥の翼の中に潜り込み、ジャジャジャッと甘えた声を上げた。

 父鳥は慈愛に満ちた眼差しを翼に包まった雛に向けている。

 心が寒くなった。目の前に広がる光景は微笑ましいもののはずだ。しかし、その光景はいつだってリザーグの心に寂しさという名の隙間風を呼び込む。


(ああ。今年も憂鬱な季節が遣って来る)


 リザーグは人知れず肩を落とした。産まれてこの方二十四年(彼らの物の数え方は六進法なので、十進法に直すと十六年)。十歳(六歳)で独り立ち、それから年月が経つけれども、一度たりとて雛を育てる機会に恵まれることがなかった。

 父鳥がリザーグの視線に気づき、何か用かと警戒するように冠羽を広げる。羽根の連なり目玉模様が日の光を受けて煌めいた。

 相手の羽根の見事さを前にして、冠羽全体が寝つく。白い視線をリザーグへ投げ、父鳥が雛を翼の下に匿ったまま、洞穴の巣へと帰って行く。

 寄り添う親子の後ろ姿がまた彼の胸を痛める。久しく温もりに触れていない。寂莫とした思いは募る一方だった。

 狩りから戻った雄がリザーグの面前を通り過ぎようとして、岩陰の彼に気づき立ち止まった。

 雄の羽毛の色は鬱金。芯付近が黒いので、傍目から眺めるとぼんやりとした縞模様が出来上がる。冠羽の目玉模様の縁取りも鬱金だが、羽根ならではの金属光沢が付随されて見事な金色に磨き上げられている。

 鮮やかな三色の雄鳥の名はヤーシェ。リザーグが知る中で最も美しい雄鳥だ。

 頭を仰け反らせなければ顔が見えぬほどの高みからリザーグを見下ろし、ヤーシェが問う。


「辛気臭そうな顔をしてどうした?」

「別にどうもしないさ」

「どうもしない奴がそんな表情(かお)をしているのか?」


 ヤーシェが首を傾げる。


(やれやれ。面倒な奴に捕まったものだ)


 リザーグは人差し指でこめかみを掻いた。

 ヤーシェは三十五(二十三歳)を数える年嵩の雄で、渡って来たばかりのリザーグを何かと気に掛けている。しかし、比較的若いとはいえリザーグは成鳥だ。己のことは己で世話できるのだから、構われはしても心配されたいとは思わない。


「なんてことはないさ。腹が空いたから、何を食べようかと迷っていたところだ」

「そうか……今年は日照りが多いから、森も野辺も花が咲き乱れるだろうよ」


 リザーグはふむと考え込んだ。花が咲き乱れれば、甘い蜜の香りに誘われて蟲やら小さき鳥やらが集まる。蟲が集れば小さな蜥蜴が殖え、小さな蜥蜴は鳥に捕まり、鳥が群れれば蛇が食らう。

(探せば馳走にありつけるかもしれないな)

 仰いだ空は淡い金色。常ならば空は鈍色か銀灰色なのだが、時折、淡い金色になる。百十二歳(六十八歳)になる長老の雄鳥ミナが五十年前(二十年)まではこのようなことはなかったと、話していたことを思い出す。六十四歳(三十歳)を超える年長の成鳥たちは淡い金色の空を不吉だと忌む。


(いつもより明るくて気分が晴れるのにな)


 空を仰いだままリザーグは思った。空が淡い金色をしていると暗くなるまで時間が掛かる。


「ちょっと森を散策してくる」

「ああ。鰐や蟒蛇には気をつけろ」

「心配されるまでもないさ」


 若鳥扱いされてリザーグは心外そうに冠羽を上下に揺らした。

 森に向かう間もリザーグは背中越しにヤーシェの気遣わしげな視線を感じた。つい最近、若鳥が鰐に食われる悲劇が起こったばかりなので、心配しているのかもしれない。そうだとしたら、これ以上ないほどの侮辱だ。

 リザーグは確かに他の雄に比べて背丈も体格も二回りほど小さい。青とも緑ともつかぬ花緑青一色は貧相な印象を周りに与えているやもしれない。

 だが、軟弱でも臆病者でもないと自負している。

 若鳥の天敵を前にして恐ろしさから立ち竦むことは決してないと、リザーグ自身は強く信じている。

 森は種々様々な音や色で溢れ返っていた。

 苔生す幹の合間を透き通る翅をはためかせて蜻蛉が蛇行し、青い翅を休めた蝶が白い蔦花の蜜を吸う。頭上の樹冠を伝い渡る小さな生き物共が梢を奏で、小さな鳥は甘い囀りを交わす。

 灌木は艶々と肥えた実をつけ、緑に映える鮮やかな赤色で鳥や動物たちを誘っていた。リザーグも例に漏れず赤い魅力に惹かれ、灌木に近づいた。


(散策前に腹ごしらえをしようか)


 リザーグは赤い実を眺めながら迷った。

 だが腹ごしらえするにはさほど空腹を感じておらず、少し逡巡した後、リザーグは森の奥へ足を進めた。

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