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トリの花嫁  作者: あきざね
第一章 其処ではない何処か
6/16

当惑_1

以降、順次改稿予定。

古い内容は改稿次第、破棄予定。

 雪丘の頂に人影が現れ、犬たちは脚を雪に取られながら斜面を駆け上がった。

 飼い主はじゃれつく犬たち一頭一頭と抱擁を交わした。

 犬たちを連れて丘を降ると、かつて犬たちと共に暮らした施設が半ば雪に埋もれて佇んでいた。

 犬たちが遊び場としていた敷地上にヘリコプターが着陸していた。飼い主の友人が搭乗口から降りてきて、皮と骨ばかりになった犬たちの胴体を抱え上げ、ヘリコプターに乗せる手助けをした。

 こうして一匹ばかりの犠牲はあったが、犬たちの過酷な日々は終わりを告げた。







――帰りたい。

 誰も迎えに来ないことは分かっている。

――帰りたい。

 誰も帰れないことは知っている。それでも帰りたかった。

 犬の悲しげな遠吠えが聞こえる。たった一匹、雪に埋もれた犬の鳴き声が――。







 重たい瞼を上げると、瞼の代わりに鬱蒼と茂る樹冠が視界の大部分を遮った。空の色は見慣れた青ではない。空全体が薄暮時に西へ去り行く雲のような金色をしていた。


「……?」


 驚きを声に出そうとするも、上手く言葉を紡げなかった。

 喉の内側がむず痒い。空気が冷たく乾燥しているのに、だらしなく口を開けて呼吸を行っていたせいだろう。

 真宇は上半身を起こし、喉に片手を当てて、辺りの様子を窺った。

 森の中だった。しかし見慣れた森ではない。木々の幹は樹齢千年を越える社の御神木ほど太く、幹や枝は斑な苔で覆われている。何より地面が土壌を垣間見させぬほど厚く苔生(こけむ)していた。

 真宇は何度か瞬き、呆然と首を巡らせた。


(ここはどこ?)


 言葉を紡げない唇を動かす。


(落ち着け。まず、思い出さなくては。緊急時にこそ冷静な対処を。一日の始まりに飽きもせず復唱させられたではないか)


 そうして、はたと気がつく。家ではそのような習慣はなかった。では、どこで行っていた習慣なのか。

 こうなった経緯を記憶から紐解こうとするが、頭全体が鈍痛に見舞われるので断念した。何か夢を見ていた気もする。しかし、それ以上は思い出せない。

 顎を引き、目線を落とす。黒い気密服が指先から足先までを覆っていた。小学校の社会科見学のときに見たことがある。この気密服は宙港が宇宙旅行者へ貸し出す支給品に形状がよく似ていた。但し、真宇は宇宙旅行など行った覚えはない。

 取り敢えず辺りを探索するため、真宇は立ち上がることにした。芝生のように軟らかい地面に掌をつき、体を起こす。

 くらりと、眩暈がした。


(全身が重い)


 長風呂から上がってすぐのような怠さが真宇を襲った。訳が分からないことばかりだ。考えなければならないことが山積みなのに、頭がぼうっとして思考が働かない。そのことが苛立たしくて、真宇は側頭部をわし掴んだ。


(え?)


 髪が、随分と短くなっていた。髪型はボブだったはずなのに、現在は手触りからしてベリーショート。頭を捻ろうとしても、思考がまとまらない。


(もういい! 思い出すのは後回しにしよう)


 縛られても周りに人がいない状況を考えれば、誘拐ではなさそうだった。おそらく自発的に来たのだろう。記憶が曖昧なことは真宇の不安を煽ったが、人里に出てからゆっくり振り返ればいい。

 真宇は両手を駆使し、這う這うの体で立ち上がった。喉が灼けつくようだ。水が切実に欲しい。ここまで苔が生い茂る森だ。湧水や沢は探せばすぐに見つかりそうだ。


(うん。最初に水場を探さないと)


 背中を丸め、比較的楽な前倒姿勢を取りつつ考えを巡らせる。沢を追えば川に辿り着く。集落というものは得てして下流域に作られるものだと習った。妥当に思えた。

 目的は決まった。あとは行動に移そう。

 真宇は同じ場所を行ったり来たりして迷わないよう、目印を決めることを考えついた。さて目印を何にしようかと首を巡らしていると、白い可憐な花が一箇所に咲き乱れる様子が目についた。幹に絡みつく蔦の花が咲き乱れているのだ。


(ちょうどよさそう)


 真宇は手頃な石を拾い上げて、群生する花の上、蔦に切れ込みを入れた。遠目になると見分けはつきにくいが、深く切れ込みを入れて蔦を枯らすことは躊躇われたので、目印はこれでいいと思った。

 森の奥へ目を向けた。木洩れ日がスポットライトのように地面を照らす。遠くへ目を向けるほど景色は霞掛かり、空のような光の金色を纏った。何処までも続く森は繁みも多く、蛇や熊など害獣が隠れていそうで怖ろしさを感じさせる一方で、幻想的な景色は胸を高鳴らせた。

 感動か恐怖か。早鐘を打つ心臓を落ち着かせようと、心臓の真上にある服を握り締めた。


(行くしかない)


 真宇は広間に背を向け、鬱蒼とした森の中へ足を踏み入れた。

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