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(四)騙り通し

 廃村には既に大勢の人々がいた。

 だが、八重のお供の姿は無く、ほとんどが襲撃の後始末に勤しむ近郊住民であった。彼らは死体から金目の物を頂く代わりに、無縁仏の埋葬をするのだ。死体の内訳を訊くと、甲冑を帯びた者が十体、旅装の者が十体だったらしい。

 つまり――鹿島の一行は全滅だった。

 僧侶による供養も終わり、廃村はあっという間に本来の姿を取り戻す。唯一の変化は、村の片隅にできたこんもりとした土饅頭だ。八重はその前にへたり込み、蒼白な顔で呆然自失していた。衝撃を受けたのは源九朗も同様だ。なにせ、ようやく訪れた絶好の機会を、こんな早くに失ってしまったのだから。だが、いつまでもこうしてはいられまい。

「さて、これからどうする?」

「……分からない」

 源九朗の問いに、八重は俯いたままみじろぎもせずに返事をする。

「分からない。大切な物が奪われてしまったのだ。あれを無くしては、私に行き場などありはしない。一体……どうすればよいのだ」

 どうやら仲間を失った悲しみ以上に、八重には重大な問題があるようだった。

 源九朗は中腰になって、少女の顔を覗き込むように訊ねる。

「一体、何を盗られたんだ?」

「……呪具」

 凍てついた表情のまま、八重はポツリと呟いた。

「呪具ねぇ」

 よっこらせと荷物を下ろし、娘の隣に腰を並べる。

「だったら、取り返せばいいじゃないか」

 すると、八重の身体がびくりと反応した。

「できるのか?」

「そりゃ野盗共だって、手元で愛でる為に盗むわけじゃなし。大抵の盗品はいずれ表に出てくるものさ。市を回って探せばいい。それで見つからずとも、盗品の供給網さえ分かれば昨夜の野盗まで辿れるかもしれない」

 もっとも、それには商人の買収や締め上げといった、相応の手間暇をかける必要はあるが。

「そうか! それはよかった」

 源九郎の言葉に、八重はあっさり復活を遂げた。蒼白のまま強張っていた表情も既に氷解し、血色を取り戻している。こう見えて芯は強いらしい。

 彼女はまくし立てるように話を進めてゆく。

「そもそもこの旅は、とある呪具を日光山まで届けんが為のもの。そして私は呪具の清めに同行してきた身の上だ。肝心な物を失くしたままでは帰るに帰れぬ。ゆえに、何としても取り戻したい。そこでだ――」

 ずずい、と大きく身を乗り出して、

「呪具を見付けた暁には十分な礼を約束する。大和殿、そなたも一緒に探してはくれぬか?」

「いいけど、まずは鹿島に助けを請うべきじゃないのか?」

「いや、それはなるべく避けたい」

「何か問題が?」

「この旅は秘匿性が高いのだ。この件を知る者は、神宮ですらごくわずかだ」

「だから使いを出すわけにいかない……か。その割には、俺に会ってすぐ身分を明かしてなかったか?」

 源九朗の指摘に、八重は一瞬きょとんとすると、

「はっ! しまったぁ」

 両手で頭を抱えるのだった。

「ひょっとして……うっかりさん?」

「ちっ、違う」

 ぶんぶんと両手を振って否定するが、その顔は既に相当赤い。これは、うっかりさんに間違いない。呆れ返る源九朗に、

「そなたを信じていたのだ!」

 八重は怒気を込め一喝。胸に手を当て切々と語り出す。

「私は……長年の修業を経て、人の心根を見抜けるようになったのだ。その私がだ! そなたは、信ずるに足ると判断したのだ……せいぜい光栄に思うがよい」

 ならば、さっきの「しまったぁ」は何なのだ、と小半刻ほど追及してやりたくなるが、ここで遊んでいる場合でもないので、さっさと本題に入ることにした。

「それじゃ、探し物の特徴を教えてくれ」

「ふむ。三尺を超える長方形の桐箱だ」

「中身は?」

「いわゆる御神刀だな」

「太刀か。見た目の特徴は?」

「見た事がないから分からぬな。だが――よいか、しかと心得よ」

 八重は咳払いを挟み、重々しい口調で告げた。

「箱には特別な封印が施されている。封印は神の呪力を宿し、箱を不正に開けようとした者には即座に神罰を下すという。つまり錠や箱の破壊行為は一切不可能という事だ。ちなみに鍵は誰も持っていない……この点も重要だな」

「つまり?」

「まず開けられる心配は無いという事だ。ならば、中身の特徴など考慮する必要あるまい?」

 どうやら箱入り娘のお宝は、これまた厳重な箱入りらしい。鍵を持っていないという事は、先行して日光山に届けてあるのだろうか?

「それなら一時凌ぎにはなるかもね。ただ、開けられない箱なんてのは、にわかには信じ難いな。神様の御加護にもさすがに限界があるだろうしさ」

 箔付けとは言え神罰を持ち出す辺り、いかにもらしい、と源九朗は苦笑する。

「信じられぬのは仕方ないが……よいか、さきほど言ったのは全て真実。とにかく、中身を抜かれる心配は無用。探すべきは、決して開かない長方形の桐箱だ」

 だが、八重はあくまで大真面目な様子。

 ならば単なる迷信と思わず、捜索上の手掛かりとして扱うべきだろうか。中身を取り出せないなら流通性は低くなるし、珍奇な箱として噂になるとも考えられる。

「分かった。それで何とか頑張ってみよう」

 その言葉に、八重は鷹揚おうように頷くと、こう付け加えた。

「予め言っておくが、何があっても御神刀が優先だからな」

 何があっても、とはどういう意味か。意味するところを量りかねていると、

「はっきり言わねば分からぬか?」

 八重はすっくと立ち上がり、両腕を組み――堂々宣言。

「私には、足手纏いの自覚があるっ!」

 それは、いっそ清々しい程の自己否定だった。だが直後、糸が切れたように崩れ落ち、挫折の格好でいじけ声を出す。

「……仕方無かろう。私はろくに外出した事もないのだ。ここまでの道中もずっと籠にこもっていたし」

 なるほど。確かに森の中で握った手など、まめやたこなど一切無くまるで乳児のようだった。普段から、あまり身体を動かしていないのだろう。

「ゆえに頼む。もし私が足を引っ張るようなら、構わず御神刀の奪還に向かってほしい」

「そう言われても、お前さんを残して行くわけにはいかないだろう?」

 源九郎は困惑気味に後頭部をわしゃわしゃと掻く。すると八重は何を勘違いしたか、霧の彼方の日光連山を指差して、

「別に私がいなくとも問題あるまい? 謝礼のことが心配なら一筆したためておこう。そなたは呪具を取り返した後、日光山まで届ければよいのだ」

「じゃなくて……お前さんみたいな娘を一人にしたら危ないだろう。世の中悪い奴はごまんといるんだ。後の事は考えてるのか?」

 だが、八重は大きくかぶりを振ると、何でもないようにさらりと言った。

「私の事は気にするな。御神刀の奪還が叶うなら、命など惜しみはせぬ」

 それから眼差しを土饅頭へと向け、

「それに、この者達は使命に殉じた。私とてそれに倣うは当然だろう?」

 彼女の瞳には一点の迷いも無いようだった。源九郎は背筋に薄ら寒いものを感じずにはいられない。これだから信仰は不気味なのだ、と。

 組織の為の犠牲なら殊更どうとも思わない。そこには必ず実利的補償があって――釣り合いが取れているかはともかく――双方納得の上で行われるからだ。

 だが時折、現実を見損ない虚ろに飲まれてしまう者がいる。

 南無阿弥陀仏を唱えながら笑って死ねる連中や、仁義礼智信ら五徳のような美意識を優先する者達だ。これらの者と敵対すると本当に始末が悪い。どいつもこいつも陶酔の極みで、現実的判断ができないからだ。

 しかし、虚無はどこまでいっても虚無。

 仏は現に救いを求める信者に対し、来世往生と称して救済を踏み倒すだけだし、五徳のうちで実益があるのは礼智ぐらいのもの、残りは囲炉裏にくべてしまえばいいと思う。

 だから――おそらく無駄だと知りつつも、こんな忠告をしたくなる。

「亡くなった者達と違って、お前さんはまだ若い。世間を知らない。信心が篤いのは結構だが、そこまでの志を持つのは、もっと成長してからでいいんじゃないか?」

「何と言われようと、私は考えを変えるつもりはないぞ!」

 返事は予想通り。八重はこちらを振り向きもしない。

 こいつは、よくよく仕込まれているらしいな、と源九郎は肩をすくめるが、

「だが……そなたの心遣いには感謝する」

 不意に彼女は呟いて、ゆっくり振り返ると、はにかむように微笑んだ。

「ありがとう」

 源九郎は何も応えなかった。

 なぜなら、礼を言われる筋合いが無い。さきほど言った通り、世の中悪い奴はごまんといる。そして自分もまたこの娘に、虚無をもたらす者なのだ。

 源九郎は仕官目的の牢人ではなく、呪具を狙ってやってきた西国の忍びであった。

 ――一週間前の事である。

 薄暗い書院の中、上役は押し殺した声で下知を告げた。

「鹿島神宮秘蔵の太刀が、密かに日光山まで運ばれるらしい。依頼はその入手だが、騒ぎにしてはならぬとのお達しだ。そこで、お前にすり替えを頼みたい」

 道中のすり替え……これは厄介だ。細心かつ大胆な手段を採らねばなるまい。相手に気取られぬように、標的ギリギリまで近付いて。手勢もそれなりに必要となるだろう。

「いや、単身で成し遂げろ。何よりも秘匿性が最優先とのことだからな」

 任務の間は旅の牢人を装うがいいと、上役が寄越したのは仕官のための各種書状の類。そこに記されていた名こそが大和源九郎なる偽名である。

「そして、これがすり替え用の太刀の〝写し〟だ」

 そう言って渡された太刀は、破格の値が付くこと間違いなしの、豪奢な拵えの逸品だった。

 刃長はなが二尺七寸。反九分。刃文小乱れ。風雅な佇まい。これで〝写し〟に過ぎないとは、本物はさぞかし名のある刀だろう。一体、何者の手によるものなのか。

 銘を確認してみれば、表には文殊菩薩を意味する梵字の『マン』、裏には『小狐』とある。

 これは……まさか小狐丸? だとすれば本当に驚きだ。名刀中の名刀ではないか。さして名刀談義に通じていない、自分ですら知っている程の。

 伝説によると一条天皇の御代の頃、希代の刀匠〝小鍛冶こかじ〟こと三条宗近さんじょうむねちかは、国家鎮護の刀を打つよう勅命を拝したという。だが作刀は行き詰まる。それほどの宝刀を打つからには、相槌役にも宗近と同等の技量が必要だったが、そんな者は存在しなかったのだ。困り果てた宗近は、どうか刀が打てるようにと氏神の稲荷明神に日参祈願した。

 するとある日、宗近の元へ不思議な童子が現れる。是非とも相槌役を勤めたいと申し出た彼こそ、まさに求めていた技量の持ち主。お陰で刀は完成するが、実は童子の正体とは稲荷明神の使いの霊狐であった。そこで鍛え上げられた刀は『小狐丸』と銘打たれ、古今比類無き名刀と称されたという。

 正直、こんなものは刀鍛冶に伝わる与太話としか思っていなかったが、刀自体は実在したということなのか。

 ともあれ任務は任務。引き受けた以上は最善を尽くすのみである。

 一行の出立の場所や日時は、依頼主から正確な情報が伝えられていた。そんなわけで旅の当初から後を尾け、好機が訪れるのを待つことにしたのだ。

 そして昨夜の襲撃だ。

 この機に乗じてのすり替えは不可能だった。そして助太刀して恩を売ろうにも、鹿島の剣士はやたらと強く出る幕はなかった。やむなく様子見していたところ、一行から密かに離れて行く白衣の娘を発見。見覚えが無いが、おそらくは駕籠の中にいた人物。要人に違いあるまいと接触を試みた。野盗を誘導して追っ手を回し、自分も密かに娘を追う。娘が捕まりそうになったところで、颯爽と現れ助ける為に。そして実際、社の床下から先回りして偶然を装い助けてみせたのだ。後はどうにか娘の信頼を得、小狐丸へと近付くだけだったのだが――

 まさか一行が全滅していたとは誤算だった。あの剣士達の実力ならば、野盗ごときに荷を奪われる事は無いと踏んでいただけに。

 おかげで……全く面倒な事になったものだ。獲物は取り戻さねばならないし、すり替えが済んだ後も八重を放置はできない。偽の小狐丸を送り届けられるよう便宜べんぎを図ってやらねば。

 だが、何があろうと任務は達成する。守備良く運べば大手柄、積年の願いが叶うのだ。

 上役の言葉を思い出す。

「よいか()()()()()此度こたびは殿と誓約を交わした。事を成し遂げた暁には、我らは晴れてお抱えの身。分かるな? 全てはお前の活躍にかかっているのだ」

 源九郎は大きく深呼吸をすると、ぱん、と両手で膝を打ち、

「それじゃあ、そろそろ行ってみようか」

 あくまで明るく微笑を浮かべ、出立を促したのだった。

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