表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/28

襲撃

 天正十七(一五八九)年九月。

 常陸国ひたちのくに下総国しもうさのくに国境くにざかい付近、とある廃村にて――

 雷雨の中、怒号と剣戟けんげきの響きが交錯していた。旅の一行が野盗に襲われているのだ。

 関東に覇を唱える北条家は、内政に優れ治安維持も得意としたが、このような僻地へきちともなれば話は別。累々たるしかばねが荒野に無惨を晒すのも、そう珍しいことではない。

 だが、この場においては異常が見られた。地に伏す屍は野盗ばかり。わずか十人ばかりの旅人達が、倍以上もの武装集団を相手どり、互角以上に渡り合っていたのだ。

「信じられねえ! こいつら化物か?」

 予想外の反撃に浮足立つ野盗共。剣士達はその機を逃さず一気に攻める。と、所詮しょせん数頼みの烏合うごうの衆はたちまち恐慌状態に陥って、

「退けっ! 退けぇーい!」

 頭目が号令を発するまでもなく、皆我先にと蜘蛛の子を散らす。剣士達は撤退の様子を見送ると、めいめい刀を雨にさらし血振りを済ませた。それから車座くるまざになり各自の状態を確認。泥と血にまみれてはいたものの負傷者はただの一人もいない。恐るべき手練れの一行である。

「巫女殿はどうした?」

 首領格と思しき者が年若の者に問うた。

「それが……僅かばかり目を離した隙に、走り去ってしまい」

「何をしている!」

 一喝され身を縮める若者。代わって髭面の者が答える。

「足跡が残っておりますれば、すぐにでも見付かるかと」

「では、急ぎ迎えに行くがよい」

 そんなやり取りの最中。

「いやぁー、ニクイっ! ニクイねぇ剣士諸君」

 場にそぐわぬ陽気な声に一同が顔を上げると――いつから居たのか、輪の中心に痩せぎすの男が立っていた。暗くて表情は伺えないが、抜き身の刀を構えるでもなく右肩に担ぎ、余裕綽々(しゃくしゃく)の態度である。

「いや、連中がふがい無さ過ぎなのかねぇ……まさか、ここまで弱っちいとは思いもよらんかったわ」

 からからと笑いながら、男は足元の躯を足で小突く。

 無言で目配せし合う剣士達。若手が歩み出て問答無用で斬りかかった。それでも男は微動だにせず戯言を吐き続けている。

「まったく、きょうびガキの使いだって、もちっとマシな――」

 ぞぶり。刀身が肉をむ。飛び散る緋色、断末魔の吐息。仕留めたと確信した剣士は、目を見開いて愕然とする。

「馬鹿なっ!」

 そう、斬ったことには間違いない。が――足元に倒れていたのは彼の仲間だったのだ。

 あまりの光景にうろたえる剣士達。では、奴は一体どこへ消えたのか? 

「カハハハッ、どうしたどうした鹿島の衆よ。なーにを驚いている?」

 嘲笑と共に現れた男は、剣士達の輪に混じっていた。隣り合った剣士達が慌てて剣を構える。

「貴様ァ、我らの素情を知るかッ」「もしや……刀狩衆か?」

 絶体絶命の窮地にも関わらず、男は耳をほじりながら気の抜けた返事をした。

「さぁねぇ、仮にそうだとして……どーだっての?」

「死ねいっ!」

 剣閃二つ。必殺の間合いで放たれた両者の技は、瞬時に盛大な血飛沫ちしぶきを上げ――そして両者同時に崩れ落ちる。

「なっ、今度は相打ち……だと?」

 男は攻撃を受けるその瞬間まで確かにそこに存在していたはずだ。しかし、忽然こつぜんと姿を消したのだ。仲間のうち三人までもが同士討ちに倒れたことに、みるみる色を失う剣士達。そんな中にあって、どうにか冷静さを保っていた首領格の男が、はっとして声を上げた。

「いかん! こやつ妖刀使いだ」

 ――妖刀使い。その言葉を聞くや、その場の全員が弾かれたように抜刀する。

「やーれやれ、気付くのが遅いんだっつーの」

 再び輪の中央に現れた痩身の男は、手にした太刀を高々掲げ、芸人の口上よろしく披露する。

「さてお立合い! これぞ我が自慢の妖刀〝苔丸〟で御座候ござそうろう。あんたら剣術馬鹿どもじゃ、俺に一太刀も浴びせられんだろうが――ま、そこは虚仮の一念ってやつよ。せいぜい足掻いてみなさいな」

「くっ……なめおって」

「犬じゃねえんだ舐めやしねえよ。もっともそんな御面相じゃ犬も御免か? カハハハッ!」

 男が刀を八双に構える。すると妖刀の力なのか、周囲は強烈な殺気で満たされていく。

「それじゃ、覚悟はいいかね?」

 その声音からは、闇の中でも男が妖しく微笑んでいると知れた。

 そして――

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ