襲撃
天正十七(一五八九)年九月。
常陸国と下総国の国境付近、とある廃村にて――
雷雨の中、怒号と剣戟の響きが交錯していた。旅の一行が野盗に襲われているのだ。
関東に覇を唱える北条家は、内政に優れ治安維持も得意としたが、このような僻地ともなれば話は別。累々たる屍が荒野に無惨を晒すのも、そう珍しいことではない。
だが、この場においては異常が見られた。地に伏す屍は野盗ばかり。わずか十人ばかりの旅人達が、倍以上もの武装集団を相手どり、互角以上に渡り合っていたのだ。
「信じられねえ! こいつら化物か?」
予想外の反撃に浮足立つ野盗共。剣士達はその機を逃さず一気に攻める。と、所詮数頼みの烏合の衆はたちまち恐慌状態に陥って、
「退けっ! 退けぇーい!」
頭目が号令を発するまでもなく、皆我先にと蜘蛛の子を散らす。剣士達は撤退の様子を見送ると、めいめい刀を雨にさらし血振りを済ませた。それから車座になり各自の状態を確認。泥と血にまみれてはいたものの負傷者はただの一人もいない。恐るべき手練れの一行である。
「巫女殿はどうした?」
首領格と思しき者が年若の者に問うた。
「それが……僅かばかり目を離した隙に、走り去ってしまい」
「何をしている!」
一喝され身を縮める若者。代わって髭面の者が答える。
「足跡が残っておりますれば、すぐにでも見付かるかと」
「では、急ぎ迎えに行くがよい」
そんなやり取りの最中。
「いやぁー、ニクイっ! ニクイねぇ剣士諸君」
場にそぐわぬ陽気な声に一同が顔を上げると――いつから居たのか、輪の中心に痩せぎすの男が立っていた。暗くて表情は伺えないが、抜き身の刀を構えるでもなく右肩に担ぎ、余裕綽々の態度である。
「いや、連中がふがい無さ過ぎなのかねぇ……まさか、ここまで弱っちいとは思いもよらんかったわ」
からからと笑いながら、男は足元の躯を足で小突く。
無言で目配せし合う剣士達。若手が歩み出て問答無用で斬りかかった。それでも男は微動だにせず戯言を吐き続けている。
「まったく、きょうびガキの使いだって、もちっとマシな――」
ぞぶり。刀身が肉を食む。飛び散る緋色、断末魔の吐息。仕留めたと確信した剣士は、目を見開いて愕然とする。
「馬鹿なっ!」
そう、斬ったことには間違いない。が――足元に倒れていたのは彼の仲間だったのだ。
あまりの光景にうろたえる剣士達。では、奴は一体どこへ消えたのか?
「カハハハッ、どうしたどうした鹿島の衆よ。なーにを驚いている?」
嘲笑と共に現れた男は、剣士達の輪に混じっていた。隣り合った剣士達が慌てて剣を構える。
「貴様ァ、我らの素情を知るかッ」「もしや……刀狩衆か?」
絶体絶命の窮地にも関わらず、男は耳をほじりながら気の抜けた返事をした。
「さぁねぇ、仮にそうだとして……どーだっての?」
「死ねいっ!」
剣閃二つ。必殺の間合いで放たれた両者の技は、瞬時に盛大な血飛沫を上げ――そして両者同時に崩れ落ちる。
「なっ、今度は相打ち……だと?」
男は攻撃を受けるその瞬間まで確かにそこに存在していたはずだ。しかし、忽然と姿を消したのだ。仲間のうち三人までもが同士討ちに倒れたことに、みるみる色を失う剣士達。そんな中にあって、どうにか冷静さを保っていた首領格の男が、はっとして声を上げた。
「いかん! こやつ妖刀使いだ」
――妖刀使い。その言葉を聞くや、その場の全員が弾かれたように抜刀する。
「やーれやれ、気付くのが遅いんだっつーの」
再び輪の中央に現れた痩身の男は、手にした太刀を高々掲げ、芸人の口上よろしく披露する。
「さてお立合い! これぞ我が自慢の妖刀〝苔丸〟で御座候。あんたら剣術馬鹿どもじゃ、俺に一太刀も浴びせられんだろうが――ま、そこは虚仮の一念ってやつよ。せいぜい足掻いてみなさいな」
「くっ……なめおって」
「犬じゃねえんだ舐めやしねえよ。もっともそんな御面相じゃ犬も御免か? カハハハッ!」
男が刀を八双に構える。すると妖刀の力なのか、周囲は強烈な殺気で満たされていく。
「それじゃ、覚悟はいいかね?」
その声音からは、闇の中でも男が妖しく微笑んでいると知れた。
そして――