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第八章 ラスクド

    一


 国境を越え、高い山の道とはとても呼べないような道を進むと、草原地帯の入り口に出た。


 周囲を高い山に囲まれ、交通の便が悪いために開発されていない地区と分かる。


 一年の半分近くを霧に覆われると聞き、水源となるような場所がないのに、広大な草原が広がっているのは、自然のすごさを思わせる。そうでなければ、見た目で肥沃に見えるこの地は、ずっと以前に人が住み着いていたと思う。


「誰もいないようですが……」


 ロルベルトさんが周囲を見渡す。といっても、霧で遠くまでは見えない。


「いくら何でも、草原の入り口にはいないよ。最初に町を作った人々は、その辺も考えたようだ。歩いて二日程行った所に、町ができている」


 まだ二日も歩くのかと思うと、正直嫌になる。道とは言えないような山道を来たかと思えば、さらに二日の距離。疲労も限界に近い。山を越えるだけで十日もかかっていた。もっと他に道があるんじゃないかと思うくらいだ。


「まだ歩くのか。馬車とかは無いのかよ」


 ペルさんも苛立っている。無理もない。


「まあまあ、そう言わないでくれ。これも安全のためだ」


 イルスさんが歩き出す。僕たちもイルスさんと共に歩き出した。


 見渡す限りの草原地帯。今まで通ってきた山を背にしながら歩くけど、その山以外に目印になりそうな物は見あたらない。本当に道はあっているのか疑問にすら思う。


 それに思ったよりも深い霧。雨が降らなくても、確かにこれなら植物が育つはずだと思う。


「一応、目印はあるんだ」


 突然イルスさんが言った。


「右手の草むらに、周囲とは少し違う植物があるだろう?」


 確かによく見ると、他の草より若干黄色い色の葉の草がある。でも、かなり注意して見ないと見落とすのは明らか。


「あの草が一定間隔で植えられている。それさえ見失わなければ迷う事はない。ただし、見失ったらこの草原から二度と出られなく事もあるから、絶対に私から離れないでくれ」


 そう言われて、自ずと僕たちはイルスさんのそばに密集する形になった。


「そこまで密集しなくても大丈夫だが……」


 イルスさんは苦笑しているけど、初めて通る道で、しかも迷う可能性があると聞けば、誰だって用心するだろう。


 僕たちはイルスさんを先頭に、離れないようにしながら草原を進んでいった。


    二


 二日後、僕らの前にその町は現れた。


 周囲を木製の板の壁で覆われ、一応外敵の侵入を防ぐようになっているその町は、さながら要塞だ。


 当然町の入り口には兵士が立っていたけど、僕らは特に問題なく町へ入る事を許された。


 町の規模はそれほど大きな物ではないようだけど、ほとんどの家は木造なのに、二階建てや三階建てになっていて、見た目よりも人は多いように思える。


 木造で三階建ての建物を見たのは初めて。実際、通りにいる人の数は、町の大きさから比べれば信じられない程多かった。


「限られた木材を有効に使うためだ。ここでは木材も貴重だからね。それにここでは、種族差別は禁止されている。みんな戦争から逃げてきたような人々ばかりさ。まあ、生活様式の違いもあるから、種族ごとに地区が分かれている所もある」


 僕たちは町の奥へと進む。奥に行く程建物は密集しており、人も多かった。


「この辺りが最初の入植地だ。共同生活をしていた名残で、今でも使われている建物ばかり」


 確かに今いる周辺の建物は、他の建物よりも若干古い物が多いみたい。使われている木の板が、だいぶ汚れているように思える。


「今ではこの辺りの建物が、町を運営する役場のような役目を担っている。役場とは、簡単に言うと王宮やそういった関連に近い施設だ。ちなみにここには、王様といったような存在はいないよ。それぞれの地区から代表が選ばれ、その代表が町の方針を最終的に決める」


 初めて聞く町の運営の方法に、疑問を思った。


 どのような所であっても、絶対的な指導者は必要と思っているし、それがなければ成り立たないと思う。


「誤解しないで欲しいが、王とは呼ばないが、王のような存在はいるよ」


 僕が質問しようとする前に、イルスさんが答えてくれた。


「先ほど言った地区の代表から、さらに町の代表となる者を決めるんだ。そして、年一回、必ず新しい代表を選ぶか、今の代表のままで良いのかを話し合って決める。まだ始めたばかりの制度で、問題もあるが、それでも何とかやっているようだ」


 今まで全く聞いた事のない制度に、僕はただ唖然とする以外になかった。


「地区の代表の他に、各種族から五人ずつ代表も選ばれる。それにより各種族の均衡を保つようにしているんだ」


「面白い制度だな。しかし不満は出ないのか? 種族によって要求は違うだろう?」


 ペルさんの言うとおりだと思う。僕のような竜人族と人族とでは、暮らし方は全く違うはずだ。もちろんペルさんのような犬族とも。


「もちろん不満はある。しかし皆で決めた事だ。それぞれが未来に向けて、この町を良くしようと頑張っているのさ」


 僕はただ感心するしかなかった。


「そうそう、この町の名前を言っていなかったな。名前はラスクド。最初に入植した者たちの、最初の代表者の名前さ」


 そんな話をしているうちに、三階建ての少し大きな建物の前で、イルスさんが止まった。


「着いた。ここが町の全てを決定する会議場だ。議事堂と呼ばれている」


 見た目には、他の建物と大きくは変わらない。せいぜい少し大きな位だろう。言われなければ気がつかないと思う。特に目印だって無い。


 イルスさんを先頭に建物に入ると、見た目との違いに驚いてしまった。


 確かに三階建てだけど、建物の中央部は一階のみで、吹き抜けになっている。それを取り囲むように、一階から三階まで席が用意されており、一階の中央付近には、演台のような物があった。


「驚くのも無理はない。この様な作りは、私の知る限りここだけだからね。似たものがあるとすれば、演劇場くらいだと思うが、それとも作りは違う」


 イルスさんが吹き抜けの周囲を指した。


「元々は普通の三階建ての建物だったらしいが、会議場にするためにこの様に改造したらしい。中央の演台で、議論したい内容が発表され、それについて話し合われた後に、多数決で決定される」


 先ほどから新しい事ばかり聞いているようで、何が何だか正直混乱してきた。その時、奥から三人が現れる。


「レムヨルムド様、ご到着されましたか!」


 獅子族の男性が叫ぶ。黄色い鬣が美しい。体つきも熊族みたいにがっしりしているけど、熊族よりもなんだかスマート。肌が黄色い毛だからかもしれない。


「イルスでよいと言っているのに……まあ、君の好きに呼んでくれ」


「そちらの方々は?」


 獅子族の男性の隣にいた、鷲人族の男が聞いてきた。こっちの人は茶色い大きな翼が特徴的。頭も茶色だけど、顔の部分だけ白っぽい。今は翼を畳んでいるけど、たぶん広げると僕の二倍以上の翼長があるはず。


「彼らも新しい住民だ。それぞれオットー・ペル君。エリック・ロルベルト君。そしてアーツ・メルサ君だ。フェグ君には、エルヤ・オル・セルバロード君と言えば分かるかな?」


 鷲人族の隣にいた、赤い鱗の竜人族が驚いている。僕もフェグという名前に、聞き覚えがあるような気がした。


「セルバロード王子、生きていらしたんですね! フェグです、イグリア・フェグです!」


 嬉しそうにフェグが近寄ってくる。僕の脳裏にあの日の夜の事が生々と思い出された。


「フェグ! 生きていたの!」


「王子こそ、良く今までご無事で……」


 フェグは僕と抱き合うと、泣いていた。


「僕はもう王子ではないよ。それよりフェグ、君こそ良く無事で……」


 僕の目にも、涙が溢れそうなくらいたまっている。


「私たちは、あの後捕虜になりました。大半の者が、その後国へ戻りましたが、私を含め何名かは、取引材料として捕虜のままだったのです」


 フェグは涙をぬぐった。


「しかしその後、タルツーク王国が崩壊し、私は自由の身となりました。そして一切の過去を忘れる事を条件に、ここへ来る事を許されたのです」


「家族は?」


 フェグには妻がいたはず。その妻を残してきたとは思えない。


「タルツーク王国崩壊の折、残念ながら……」


 僕はそれ以上何も言わせず、フェグを強く抱きしめる。


「本当にごめん。僕が不甲斐ないばかりに……」


「いえ、王子は良くやりました。私は王子を恨んでなどいません!」


 フェグは涙をもう一度拭くと、きっぱりと言い放ってくれる。


「それよりも、会わせたい人が一杯います。きっと王子もここが気に入りますよ」


「その前に、レムヨルムド王子、問題が起きた」


 割り込むように、獅子族の人が言う。


「そうそう、名乗り遅れた。私はクアール・ロイス、こっちの鷲人の男がサミ・マルサ。そして彼は聞いての通りイグリア・フェグ。私が現在の議長を務めている。彼ら二人は、それぞれの種族の代表の一人だ」


「で、問題とは?」


 イルスさんは、そちらの方が気になっているようだった。


「この町の存在が他国に漏れた。まあ、時間の問題だったが、問題なのは、エルバ王国がここを占領しようと企てているらしい」


 一番驚いていたのは、やはりイルスさんだ。


「いつ頃来る予定だ?」


「まだ準備段階で、すぐではないらしいが、こちらも準備をしなければならない」


 マルサさんが付け加えた。


「こっちはまだ、戦争ができる状態じゃないぞ。大体、民間人ばかりだ」


 確かに今まで見た状態だと、イルスさんの言うとおり。戦争ができるとは思えない。


「だから君にも相談しようと思ったんだ。急いで何か方法を考えなければ、大変な事になる」


 ロイスさんの言うとおり、急いで考える必要があると思う。行く所全て問題ばかり抱えているのは、もう気のせいじゃない。


「ロイス議長、悪いがセルバロード王子に会わせたい人がいる。私たちはこれで失礼させてもらうよ。王子、こちらに来てください」


 僕はフェグに連れられ、議事堂を後にした。


    三


「フェグ、僕はもう王子ではないよ。セルバロード王子は死んだんだ。僕はアーツ・メルサ。すぐには理解出来ないと思うけど、どうか理解して欲しい」


 議事堂を出ると、フェグに告げる。もう、あの時の僕には戻れない。


「そうですか……メルサ様。変わりましたね。昔は、僕などとは言いませんでしたよね。でも、彼には会っていただきますよ。あなたは会わなければなりません」


 フェグの後についていく。ある場所から、急に大きな建物が増えてきた。そしてその一つに入る。


「ギアース様、フェグです。入ります」


 中には、ガーランを思わせる巨竜族がいた。ただ、鱗の色が綺麗な赤色。角はガーランと同じ二本。体格も大体同じだと思う。


「ヨム・ウルド・ギアース様です。こちらは前の国王のご子息、エルヤ・オル・セルバロード様。今はアーツ・メルサ様と名乗っておられます」


 周囲の建物が大きな理由がすぐに分かった。巨竜族が住むために大きいのだ。


「初めまして、ギーアスさん」


「……メルサ、左肩を見せてくれるかな?」


 言われるがまま、左肩を見せる。


「失礼した、メルサ君。私はギアース。シェルスプの血を受け継ぐ者が、まだ生きていたとは驚きだ」


 フェグが何の事だか分からないといった顔で、こちらを見ていた。


「フェグ。メルサ君はシェルスプの血筋を受け継ぎながら、なおかつ王家の血を受け継ぐ、高貴な生まれなのだ。ところでメルサ君。ガーランと会ったようだが、彼は元気か?」


 思わず胸が詰まる。事の一部始終をギーアスさん話す。


「そうだったのか……残念だ。まさか彼が死んだとは」


「僕がいけなかったのです。あの時、もっと冷静になっていれば」


 ガーランとの事を、昨日のように思い出す。


「それは違うな。ガーランを利用とした者たちが悪いのだ。私はそれを恐れて、ここに逃げてきたのだからな」


「逃げてきた?」


 意味がよく分からない。


「ヨルムドの王は、我々を戦争の道具に利用しようとしたのだ。ヨルムドの王子が一緒に来たのだろう? 彼の案内無しで、ここに来れるとは思えないからな。彼なら多少は知っているだろう。確かに我々の力は強大だ。その気になれば、町一つ滅ぼすなど容易い。しかし、そんな事をしてなんになる? 新たな憎しみを生むだけだ。だから私は、比較的安全なここへ逃げたのだ。しかし、ガーランは一人立ち向かうと言っていた。悪いのは君でもガーランでもない」


 そんな事があったなど初めて知り、言葉も出なかった。


「しかし、案ずる事はない、メルサ君。新たなガーランは必ず生まれる。それが我々の歴史だ」


「ギーアス様、それはどういう事ですか?」


 フェグは状況を飲み込めていないようだ。それは僕も同じ。


「我々巨竜族が死ぬと、竜人族から新たな巨竜族が一人生まれるのだ。そして洗礼を受け、新たなガーランとなる。そうやって永遠に我々は受け継がれてきた。まあそれも、巨竜族の洗礼を受けねばならぬので、我々が死に絶えれば別だが」


「では、ガーランの生まれ変わりがもういると?」


 興奮して聞き返す。


「そう事を急ぐでない。確かに生まれているだろうが、まだ赤ん坊だ。それに、洗礼を受けるまでは、自分が巨竜族である事は分からないだろう。しかし、いずれその時がくる。全ては時間が解決してくれる」


 どんな形であれ、ガーランの生まれ変わりがいる事が嬉しい。


「それよりもメルサ君。君に竜王の誓いを授けなければならないな」


 ギーアスさんは、僕の頭に右手を置いた。


「赤い竜の神よ。この者シェルスプの血を引く者なり。名はアーツ・メルサ。その血の盟約により、ここに王と定めん」


 ギーアスさんが言い終えると、頭上に赤い竜の頭の形をした紋章が現れた。それがだんだんと小さくなってきて、点になる。直後、今度は右肩ちょっとした熱を感じた。肩を見ると、赤い竜の形をした入れ墨のような物がある。


 竜王の誓い……ガーランは成人の儀のときに、これもやっていてくれたのかと思う。


「ガーランから教わったと思うが、君はこれで翼を三つ出す事が出来る」


「え?」


「聞いていないのか?」


「白い翼なら出す事が出来ます」


 翼をイメージする。すぐに白い翼が現れた。隣でフェグが驚いている。


「ああ、フェグは知らないのかもな。ある血筋を持つ者は、翼を持つ事が出来る。特にシェルスプの血筋に近いほど、翼をイメージで具現化したり消したりも出来る。まあ、王家の血筋くらいしか、もうその力は残っていないと思うが」


「ところで、三つとはどういう事ですか?」


 翼をあらためて見る。そこにあるのは、純白のような白い翼だけ。


「シェルスプの血筋が濃い者ほど、翼を同時に複数出せる。いきなりでイメージは難しいと思うが、出来るかな?」


 言われるがまま、目を静かに閉じて、今度はガーランの青い翼、ギーアスさんの赤い翼を思い浮かべた。


「おぉ……」


 ギーアスさんが驚きの声を上げたのを聞いて、目を開けた。


「すごい……」


 今度はフェグだ。一体どうしたのだろう?


「背中を見てみなさい」


 ギーアスさんに言われるがまま、背中を見る。そこには赤、白、青の順で三対の翼があった。


「美しいな。私も、二対以上の翼を見るのは久々だ」


「以前にも?」


「ああ、ざっと五百年前だと思う。まだ、きちんと成人の儀がタルツークで行われていた時代だ。私が最後に立ち会って、もうそんなに経つのか。時間が過ぎるのは、早いものだ」


「五百年前のタルツークと言えば、まだ王家が三つあった時代ですね」


 昔、城の図書館で読んだ。タルツークの始まりは、確か八百年ほど前のはず。それ以前の事はよく知らないけど、いくつか石碑なんかも残っていたと思う。


「最後に儀式が行われたのは、聞いた限りでは二百年ほど前。それ以降、なぜか儀式が行われなくなった。その辺は他の巨竜族が知っていると思うのだが、私も他に連絡が取れない」


「巨竜族は、全部で何名いるのですか? ガーランが死んで、今は一人欠けている事になると思いますが」


「本来なら、私を含めて正式な巨竜族は七名。そして、その中には君も含まれるのだよ、メルサ君」


 ビックリして、ギーアスさんを見上げた。


「洗礼は受けた。後は時間の問題でしかない。もちろん、すぐに巨竜族となるわけではないが、数十年もすれば立派な巨竜族となるだろう」


「数十年ですか」


「いきなり大きくなったりはしないよ。それに、君はシェルスプの血筋を持つ者。特別な家系だ。五百年前に私が儀式を執り行った後、どうなったかは知らない」


 そういえば、いつだか記録がほとんど残っていない年代があったと思う。


「どちらにしても、私にだって分からない事は多い。さて、私と共に外に出よう。皆待っているはずだ」


 ギーアスさんに従い外に出る。そこには竜人族が集まっていた。


「三分の一は、君が率いた部隊の生き残り。もう三分の一が元々の住人。残りの大半は、タルツーク崩壊の折に、うまく国から脱出出来た者たちだ」


 僕を見る目は、様々。さらにその向こうには、他の種族の人たちも多少集まってきているみたい。


「紹介しよう。彼は元タルツーク王国の王子。今はアーツ・メルサと名乗っている。正真正銘の竜王だ。その証拠が、この翼。竜王でなければ、このように三対もの翼を持つ事は出来ないだろう」


 周囲から色々な声が聞こえる。そして、色々な目で僕を見ている。


 好意的な目もあれば、少し僕の事を睨むような目もある。たぶん前の戦場で率いた人たちだと思う。


「メルサです。ギーアスさんから紹介があったとおり、確かに僕はタルツークの王子でした。でも、それは過去の事です。もう僕は王子でも何でもありません。僕は一人の竜人でしかない。過去には過ちも犯しました。許されるものだとは思っていません。許してもらおうと思ってもいません。今の僕に出来る事なんか……」


「ないとは言わせないよ、メルサ君」


 ギーアスさんが、僕の言葉を遮った。みんながギーアスさんを見る。


「確かに彼は、もう王子ではないかもしれない。しかし、彼には力がある。彼はそれに気がついていないだけだ」


「僕は……ただもう戦争はしたくないし、犠牲を見たくないだけです。それに、戻るべき国はすでにありません」


 ギーアスさんにはっきりと言い返す。黙って僕を見つめ返された。そして微笑んだ。


「別に、竜人族だけの国をまた作らなくても良いではないか。今ある、誕生したばかりのこの町を守ればいい。そのためなら我々も協力するよ、竜王メルサ」


「竜王だなんて……」


「しかし、真実だ。まあ、ここに来たばかりなのだろう? 案内してもらいなさい。この町が、どのような町か分かるはずだ。そして、君が置かれている状況も。フェグ、案内してあげられるね?」


「喜んで。皆も、どうか彼を受け入れてくれると嬉しい。色々事情がある者も多いが、メルサ様も国を追われた身である事は同じ。それに、仲間じゃないか。今さら、仲間同士でいがみ合っても仕方ないだろう?」


 さすがはフェグだと思う。みんなを上手くまとめているみたい。


「今の竜人族代表は私だ。しかし、皆に命じたくはない。この町はそのような事をする所でないと思っている。皆も、過去にあまり囚われず、メルサ様を受け入れてくれると嬉しい」


 なんだか、様を付けられて呼ばれるのが恥ずかしい。何人かのため息が聞こえたけど、それ以降、静まりかえった。


「何かあれば、私が直接聞く。直接言いたくなければ、手紙を私の家に置いておいてくれても構わない。それで構わないね?」


 ほぼ全ての人たちが頷いている。


「ほらほら、そんな顔をせず、明るくいこうじゃないか。私たちは未来に進んでいるんだろう?」


 ギーアスさんがフェグを庇った。


「大事なのは、いがみ合う事ではないはずだ。確かに、メルサ君はまだ人生経験が未熟とも言える。だからこそ、皆で支えあっていくのが良い事ではないか? 私のような巨竜族であっても、一人で生きる事は大変難しい。人は万能ではない。万能な人などいないよ」


 ギーアスさんの言葉が重い。ここ数ヶ月で色々経験はしたけども、他の皆から比べれば、きっとまだ生やさしいと思う。


「僕は……」


「王子……いえ、メルサさん……呼びにくいですね。メルサ様と呼ばさせていただきます。もう分かりました。以前の戦場で、私もお伴した一人です。私たちも、過去に囚われすぎていたのかもしれない。お互い、現実から逃げるのはもう止めましょう」


 そう言ってくれたのは、先頭にいた黒い鱗の人。


「君らも、もう良いだろう。それに、彼は戦場で我々に率先して戦うように言わなかった、数少ない人だ。私には竜王というのはよく分からないけども、彼は一生それを背負っていかなくてはならない。私たちとは、やはり違うんだ。だけども、我々と同じように生きようと言ってくれた。以前の王族や、側近からはそんな事は聞いた事がない。彼に従えなどとは言わない。しかし、受け入れようじゃないか」


 彼が続けて言ってくれた言葉は、なんだか嬉しかった。なぜ嬉しいのかよく分からないけど、とても嬉しい。そして、周囲の人々が頷いていた。


「ウーラ、そんなに堅く考えなくても良いはずだ。皆分かっているよ」


 フェグが、ウーラさんと呼んだ人の肩に手を置く。


「とりあえず、私がメルサ様を案内してくる。ウーラ、ここは君に任せた」


 フェグが再び僕のそばに戻り、手を取った。


「行きましょう。今は私もここの住人。案内はお手の物です」


 フェグの顔は笑っていた。

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