第四章 ガーランとシェルスプ
気がつくと、肌寒い場所だった。
僕はまず体を確認し、どこも怪我をしていない事を確かめてから周囲を見渡す。そこは大きな洞窟の中で、近くで松明が燃えていた。
「やっと気がついたか。それにしても、生き残りがいたとはな」
その声に振り返ると、見た事のあるドラゴンがいる。
後ずさりして逃げようとすると、何かにぶつかった。でも後ろを見ても何もない。よく見ると足下に大きな何かの魔方陣がある。
「封印の魔法だ。私の力以外で、その魔方陣から逃れる事は出来ない。もちろん魔法を使う事も出来ないぞ。武器の方は預からせてもらった。今の貴様には必要ない」
再度周囲を探る。武器は近くの岩の上に置かれているけど、どこを触っても見えない壁に覆われていた。足下の魔方陣の外には出られない様子。
「おっと、自己紹介が遅れた。私はヘッパー・ウルム・ガーラン」
「なぜ僕をこんな所へ……」
周囲を見渡してみたけど、出口はドラゴンの後ろにある。魔方陣にドラゴン。どう考えても逃げられない状況に恐怖する。
「ふふ、私を見ても驚かないか。まあ、王族なら当然か」
実際は、恐怖で動けないだけ。そして僕は王族と言われた事にハッとする。自分が王族など、一言も言っていない。なぜそれが分かったのか不思議で仕方がない。
「私はある程度人の心が読める。エルヤ・オル・セルバロード王子。それともアーツ・メルサと呼んだ方がいいかな?」
好きにしろと吐き捨てるように言うと、ドラゴンは僕の目を見た。
「捨てた名前を呼ぶのも馬鹿らしいか。メルサと呼ばせてもらおう。ところで、なぜ連れ去ったのか聞かないのか?」
質問するよりも、このドラゴンに猫族の男のように食われるのではないかと怖くてたまらなく、うまく声が出ない。
「安心しろ、お前を食う理由はない」
それを聞いてホッとして、思わず胸をなで下ろす。
「おい、安心するのは早いのではないか? ここがどこだか分かっているのか?」
何も状況を把握していない事に、やっと気がついた。
「そんな事だから反乱が起きるんだ。まあいい、どのみちお前はしばらくここで暮らすのだ」
「なっ……か、勝手な事を言うな!」
出来る限りの声を張り上げたつもりだけど、洞窟に響いた声は弱々しく聞こえる。
「お前たち王族の血は、他の竜人族と違い、我々巨竜族と深い繋がりがある」
「巨竜族?」
初めて耳にする言葉に、訳が分からない。
「いわゆるドラゴンだ。聞いていないのか?」
静かに頷く。ドラゴン族とは聞いた事があるけど、巨竜族とは初めて耳にした言葉。
「我々は、自分の事をドラゴンとは呼ばない。私とお前とでは全く違うと思っていたのか?」
答えずにいた。そもそも巨竜族なんて言葉は、聞いた事がない。
「全く呆れる。だからか。最近は成人の儀が行われていないのは」
「成人の儀?」
何の事を言っているのか分からず、聞き返してしまう。
「貴様たち王家の血を引く者が、必ず受けなければならない儀式だ。それ無しでは大人として認められないばかりか、王位継承も出来ないはずだ」
ドラゴンの言葉にただ驚くばかり。聞いた事ののを耳にし、何を答えればよいのかも分からない。
「おいおい、何も知らないのか? もっと記憶を探るべきだったな。では、誕生の儀も知らないというのか?」
ドラゴンはその大きくて長い首を横に振る。
「そうか……誕生の儀さえ行われていなかったか。なんと悲しいことよ」
ドラゴンの目は、なぜか悲しそうにしている。
「よくそれで王族が務まるものだ。いや、努めなど果たしていなかったのか。何と嘆かわしい」
ドラゴンは何度も首を横に振る。なんだか馬鹿にされているようで気にくわない。
「馬鹿にされても仕方ないぞ」
言われて、僕の心を読める事を思い出す。秘密も隠せないのかと思うと、余計に腹立たしい。
「腹立たしいのは私だ。何の儀式も受けなくもう二十八か。今まで何をした? 取り巻きに色々やらせていただけだろうが!」
怒鳴られても否定できない事に、ただ黙るしかなかった。
「お前の父親にしてもそうだな。王が聞いて呆れる。我々巨竜族も馬鹿にされたものだ」
それほど怒られなければならないのだろうか?。
「貴様は王家の血を引く者。今さら遅くはあるが、これから成人の儀を執り行う」
呆気にとられていると、突然ドラゴンの左手が伸びる。そして僕の頭の上に大きな手を置いた。
「シェルスプの血を引く者に、これより成人の儀を行う。我はヘッパー・ウルム・ガーラン。この者シェルスプの正当な後継者なり。名はアーツ・メルサ。これより我の血において、この者を昇華させ、竜の神の加護を授けん」
ドラゴンが長い台詞を言い終わると、足下の魔方陣が青く強く光り輝きだした。思わず眩しくて目を細める。
「案ずるな、殺しはしない。ただ、相当苦しい事は覚悟しておけ」
頭上にあるドラゴンの手を感じながら、一体何が起きるのかと不安で震えが止まらない。
「本来なら十二で行う儀式なのだ。それを二十八で執り行うのだから、時間が経過しただけ苦しみは大きい。しかし、儀式が終われば貴様と私は対等になれる」
何をするのかと思っていると、頭上に見た事もない魔方陣が描かれる。それがだんだんと小さくなり、視界から消えた。
頭上から何か生暖かい物が流れてくる。次第に頭全体に広がり、それが血である事が分かった。
同時に、地上に描かれた魔方陣の影響か、身動きがまるで取れない。まるで誰かに強く握られているかのようだ。血が白い肌を赤く染め上げてゆく。生暖かく気持ち悪い。
「苦しみはこれからだぞ。どこまで気を失わずに耐えられるかな?」
何を言っているのか理解出来ないまま、足の先までドラゴンの血が達したとき、突然それは起きた。
体全体が焼けるように熱く、しかも息苦しい。もがこうとしたが、まるで身動きが取れず、空気を喘ぐように吸う。
「しばらくの辛抱だ。誰でも最初はそうなる。まあ、貴様の場合は特別だ。私がこうして魔方陣で保護しなければ、危なくて仕方ないからな」
魔方陣の影響で痛いのか、それともドラゴンの血を浴びたために痛いのか理解できず、ただ喘ぐ。
次第に体の力が抜け、焼けるような痛みで身動きも取れない。
まともに頭を支える事も次第に出来なくなり、それを見計らったのか、ドラゴンが僕の頭を天井に向ける。
天を仰ぐようにドラゴンの右手を見上げていると、一滴の血が口に落ちようとしていた。とっさに口を塞ごうとしたけど、無理矢理口をこじ開けられ、それすら出来ず口の中に血が溢れる。バケツに溢れるような量の血がしたたり落ち、その血が口におさまりきらずに、口の周りを汚す。
血を吐き出そうと何度も試みるが、うまくゆかず、とうとう飲んでしまった。
今度は体の内側から全身が焼けるような痛みに襲われた。先ほどの痛みなど比べようのないな痛み。あまりの痛みに気が遠くなりそう。それでも気を失う事も出来ない。
「もっと強烈な痛みが後でくる。しかし案ずるな。それが過ぎれば、貴様は正式にシェルスプの一員になれるのだ」
痛みに我を忘れているうちに、いつの間にか魔方陣から解放されているのが分かった。だけど力も入らず、死ぬような痛みで身動きがとれない。そのうち膝から崩れ落ちた。
ドラゴンは僕をうつ伏せに寝かせる。訳が分からずにいると、突然背中が痛み出し、思わず悲鳴を上げた。洞窟に悲鳴が大きく響く。
何かが背中を内側から突き上げているか、裂けているようで、今までのもがきたいのにドラゴンに抑えられてていて、それも出来ない。
手足を動かす事も出来ず、ただ叫ぶしかない。すでに涙は枯れていた。永遠にすら思える痛みと闘いながら、どんな形であっても良いから、この痛みから解放される事を願う。
「まあ、案ずるな。確かに今は苦しいだろうが、それは今だけだ。それに、死ぬ事は無い。今まで行われてきた儀式を、まとめて受けているに過ぎない」
死ぬような痛みに、声にならない声で悲鳴を上げ続けた。
どのくらい痛みが続いただろうか。時間が経つのも分からぬまま、悲鳴を上げる声すら枯れ、痛みの感覚すら分からなくなってきたとき、はじめて背中に妙な感覚がある事に気がつく。
それは今まで経験した事のない感覚で、どう表現してよいのか分からない。だけど力が入らない状態で背中を見る事も出来ず、ただ痛みに耐えるしかない。
「なかなか立派なものが生まれたな」
ドラゴンの言葉に、何が何だか分からない。突然痛みが消える。まだ全身の力は入らないけど、痛みが消えた事に安堵した。
「しばらくはそのまま休め。どちらにしろ動けないだろうからな。今は眠るといい」
その言葉を聞いた直後、疲れ果てた僕は気がだんだん遠くなって……
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
気がつくと、僕はまだ洞窟にいた。
すっかり痛みもなくなり、体を起こして身体に異常がないか見渡す。見た感じ異常なかった。そして背中を触ろうとした瞬間、何か異物に手が触れた。いや、異物とはまた違う気もする。なぜなら背中を触られた感触と似た感覚があったからだ。ただ、明らかに今までの背中の感触とは違っていた。
何か確認するために、そっと後ろを振り向く。そして、あるはずのない物があった。
「な、何これ!」
そこにあったのは、あのドラゴンの物によく似た翼だった。
翼のある竜人族の物にもそっくり。白い薄い膜のそれは、まるで簡単に破けそうだったけど、触ってみると案外丈夫である事が分かる。
「どうだ、新しい翼は?」
いつの間にかドラゴンが僕を見ている。
ドラゴンは立派な角が頭に二本。くすんだ黄色のような色。鱗はかなり堅そうで、頭の先から尻尾までは二十リールくらいはありそう。腕も足も太くて、腕だけでも僕の体より太い。
青い鱗と思ったけど、よく見ると明るい青色。胸はくすんだ白で、竜人族と同じ感じがする。胸や腹の鱗はあまり目立たない。
「そんなに私が珍しいのか……それよりも、それが成人の証だ。王家の血を引く者は、必ず翼を持つ。言い換えれば、翼を持たない者に王の資格はない」
父に翼がない事を思い出す。それを指摘しようとしたら、ドラゴンが首を横に振った。
「いつからか分からんが、成人の儀を行っていなかったのだ。しかしこれで、君は我々の仲間入りをした。歓迎するよ、メルサ。ところで、そろそろ私をガーランと認識してくれないか? 先ほどから君は、私をドラゴンとしか認識できてないようだ」
ガーランが以前と違う口調な事に戸惑う。
「成人の儀を行っていなければ、たとえ王族だとしても我々の僕に過ぎない。言い換えれば奴隷だ。まあ、それは言い過ぎだが。しかし君は、成人の儀を済ませた。ひどい扱いだったかもしれないが許してくれ」
優しく僕を、近くの岩に座らせる。洞窟はあちこちに松明があって、結構明るい。
天井はガーランの二倍くらいの高さはあると思うけど、それでも天井がはっきり見える。
「これで王家が再建できればさらに良いのだが、それは当分無理だろう。それくらいは私だって理解しているつもりだよ。しかし困ったものだ。王家の血すら理解していない連中が、国を乗っ取ってしまったのだから」
どこか悲しそうな顔をしていた。
「寝ている間に、もう一度記憶を見せてもらったよ。残念な事に、ここ数十年は儀式が何も執り行われていなかったようだね」
確かに兄弟が、今のような事を受けたという話は聞いた事がない。
「私もおかしいとは思っていた。何者かの成人の儀が行われれば、必ず私の耳にも入るはずなのだから。成人の儀どころか、誕生の儀すらまともに行われていなかったようだ」
ガーランが大きくため息をつく。どこまでも悲しげな、大きなため息。
「本来であれば、成人の儀は十二歳の誕生日を迎えた時に執り行う。それが王家の伝統だった。普通の竜人であっても、それを模した儀式を昔は行っていたはずなのだが……」
ガーランの目は、何か懐かしい物を見ているかのようだ。
「それよりも君の新しい仲間が、君を探しに来ている。よほど気に入られたのだな、ヨルムドの王子に」
二人の事を思い出した。
「案ずるな。もはや彼らに興味はない。彼らがここに来る頃には、君は王位継承者として相応しい人物になるだろう。王になるかどうかは君次第だ」
「今さら王になったところで……」
すでにいない父を思い出す。もし僕も国に残っていれば、今頃同じく死んでいるだろう。
「そのとおり。しかし君は生きている。なら自らの手で再建してみるのはどうだ?」
ガーランの言葉に耳を疑う。
「最初は大変かもしれないが、再び国を再建すればいい。反乱は成功したようだが、必ずしも彼らの支持者は多くないと聞いている。それに、ヨルムドの王子もそれで用件があるようだ」
僕の知らない事ばかりを知っているガーランを見て、あらためて無力さを痛感した。
「あなたが人の心を読めるのは分かりました。なら、あなたが再建すればよいのでは?」
大きくその長い首を横に振った。
「私はあくまで、シェルスプの手助けをする者でしかない。王族とシェルスプの手助けをする者とは、また違うのだ。しかし君は、シェルスプの一員であると同時に、王族でもある。人には出来る事と出来ない事があるんだよ」
完全に納得は出来ないけど、そう言われた以上、何も言えない。
「ところで、今はまだその翼で飛ぶ事は出来ないと思う。本当は翼の使い方も教えてあげたいのだが、君の仲間が近づいているとなると時間は限られる。だから飛び方は自分で学んで欲しい」
満足に動かす事も出来ない翼を見る。確かにまだ飛ぶ事など出来るとは思えない。せいぜい翼を広げたり畳んだりする事だけ。それもやっとのおもいで。
「まあ、そのうち使えるようになるだろう。それから、ここから出る事はしばらく諦めてもらう。周囲一帯を魔方陣で覆った。私の許可無くそこから出る事は出来ない。君のためだ」
言っている事が意味不明。出ようにも、出口はガーランの後ろ。とても通れるとは思えない。
「君はシェルスプの血を引く竜人族だ。シェルスプの血は、竜人族で数ある血筋の中でも、もっとも神聖とされる血筋。大魔法ベルタアークを扱える唯一の血筋だ。私はその血筋を保護しなければならない義務がある」
シェルスプの血筋とか、ベルタアークという言葉がまるで理解できない。何より、そのような言葉など一度も聞いた事がない。
「君の疑問は明日答えてあげよう。今日は眠るといい」
ガーランが魔法を唱える。魔方陣が現れたと思った瞬間、僕は急に眠気が……
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日付が変わったのかも分からない洞窟で目覚めると、ガーランは僕の頭に右手を置いていた。
僕が目覚めるのを確認すると、そっと手をどかす。
「君が寝ている間に、君の記憶を覗かせてもらった。先代も、先々代も竜王としての資質を疑うな」
言い返せない事が、なぜか恥ずかしい。
「過ぎた事は仕方がないが、最低限必要な儀式は今覚えてもらう」
また足下に青い魔方陣が現れる。
「心配しなくてもいい。今度は痛みはない。ただ、意識が混乱するかもしれないが」
何か魔法を唱えている。すぐに頭の中に色々な儀式の執り行い方が、洪水のように入ってきた。思わず頭を押さえるけど、そんな事はお構いなしと言わんばかりに、様々な儀式の情報が記憶されてゆく。同時に目が回る思いがしてきた。
「本来なら何年もかけて覚えるのを、一日で覚えるのだ。多少の苦痛は我慢してもらうしかない」
それは苦痛などという生やさしい物ではなかった。体は痛くないのに、まるで心の中がかき乱されるようで痛い。脳みそを直接かき乱されている気分になる。
「きちんと儀式を執り行ってこなかったのが悪いのだよ。恨むなら私ではなく父親や祖父を恨むのだな」
何か言っているのは聞こえるけど、何と言っているのかは理解できなかった。僕はだんだん何が起きているのか分からなくなり……
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再び目覚めると、魔方陣は消えていた。同時に、様々な儀式の執り行い方の知識も得ていた。
一体あれからどれほど経ったのか分からず、周囲を見渡すとガーランが側で見ている。
「思ったより時間がかかったようだ。二日も寝ていたぞ。さすがに腹も減っただろう」
ガーランは、羊の丸焼きを目の前に出す。
「今、私が焼いたばかりだ。好きなだけ食べていい」
正直気味が悪いけど、ここ何日も食べていなかったためか、無我夢中でそれにかぶりつくと、貪るように食べた。思えば三日間何も食べていないはず。
結局一人で半分程食べ、残りはガーランが一口で飲み込んだ。一瞬あの猫族の事を思い出したけど、今はそれを考えるのはやめる事にした。とにかく空腹感が満たされて、それが何よりだったのもある。
これまでの三日間がまるで夢かと思うけど、背中にある翼、記憶にある儀式がそれを否定する。
気持ちの整理はまだ出来ていないけど、それでも現実に起きた事を否定出来ない。ただ受け入れるしかないと思う。
「まあ、あれだけの事を、三日で全て終わらせたのだから無理もない。といっても、また休まれても困るが」
大きな手の爪先で、器用に竜の紋章のような物を描いている。竜の頭に似た絵柄。左向きの頭の形で、ガーランに頭に似ていた。
「これは、君の左肩にある青竜の紋章だ」
よく見ると、いつの間にか左肩に地面に描いた物と同じ紋章がある。青い色をしたそれは、白い肌に目立つ。
「この世界には、今は全部で六人の巨竜族がいる。私がその一人。もし他の巨竜族に会う事があれば、その紋章を見せるがいい。同じように紋章を刻んでくれるはずだ。付け加えれば、私は水を司る竜。水に関する魔法がこれで使えるようになるはずだ。単純な水を出す事だけではなく、訓練すれば嵐をも起こせるだろう」
「いつの間にこれを?」
一体いつこんな模様が彫られたのか、まるで分からない。
「成人の儀のときに同時に彫り込んだ。全ての巨竜族の紋章を得られれば、君は正式に竜族の頂点に君臨できる。君は経験は浅いが素質はあるようだ。だからこそ私はそれを刻んだ」
二十八にもなって経験が浅いと言われると、正直嫌な思い。目の前のガーランに向かってそれを言う勇気はなかった。
「嫌でも仕方ないだろう。今まで儀式一つ知らなかったのだから」
何も言い返せないのが、余計に辛さを増す。
「そうそう、その翼は自分の意志で消す事が出来る」
「え?」
消すという意味が分からなく、ガーランを見つめてしまった。
「翼のない背中を頭に思い浮かべてみるんだ」
ガーランの言うとおり、以前の翼のない背中を思い浮かべた。すると背中を何とも言えない違和感が襲う。
「背中を見てみるといい」
違和感が消えたところで、言われるがまま背中を見ると、先ほどまであった翼が跡形もなく消えている。
「それが出来るのはシェルスプの血筋だけだ。もう一度翼を思い浮かべると元に戻る」
今度は翼を思い浮かべる。また違和感が襲い、それが過ぎてから背中を見ると、そこには翼が元に戻っていた。
「ところで、シェルスプの血とは?」
何度か聞いたこの言葉が謎のまま。父からも聞いていないと思う。
「私も詳しくは知らないのだが、遙か昔に竜族を救ったと言われる血筋と聞いている」
「救った?」
「何かの災いから竜族全体を救ったらしい。その時、シェルスプの槍も生まれたといわれている。我々竜族全体にとっては、伝説の槍だ。今はどこにあるのか行方不明になっている。シェルスプの槍があれば、伝説の大魔法ベルタアークも使えると言われているが、これ以上は私も知らない」
ベルタアーク……初めて聞く魔法の名前だ。大魔法と言うからには攻撃魔法だと思うけど、それが一体どのようなものかは想像もつかない。
シェルスプの槍というのも気になった。
シェルスプの血と何か関係があるのかも分からないけど、全く関係がない事はないだろう。同じシェルスプという言葉が使われているくらいだし。
どれも気になる話だけど、ガーランも知らないと言っているので、これ以上聞いても仕方がないと思う。
「すまない。詳しく知っていれば教えてあげたいのだが、私も本当に知らないのだ」
ガーランが初めて僕に頭を下げた。慌てて僕は首を横に振る。
「いえ、いいんですよ。大切な事なら、そのうちきっと分かると思うし」
そうだ。本当に大切な事なら、分かるはず。