第一章 別れ、そして出会い
あれから七日後、地下の牢獄で私は自身を呪うしかなかった。
圧倒的優勢と思われた戦況で負けたばかりか、捕虜となって、どこか分からない牢獄に入れられている。
当然最低限の衣服しか身につけていない。食事は出ているが、一日二回の少量のパンとミルクだけで、体重が減っているのが分かる。
城の食事が懐かしく思う。しかもパンは手渡し。ミルクもガラスの小さな器。
タルツークでは、ガラスで飲み物を飲む習慣など無い。全て陶器た。パンの方も、タルツークの麦とはどうも違うようだ。パサパサしていて、全く美味しさというものが無い。そして、パンの大きさは握り拳よりも小さい物を一つ与えられるだけ。子供でももっと食べるのにだ。
看守は三交代で、常に見張りがいる。夜中などに看守がパンを食べているときはあるが、基本的には牢の外で食事をしているのだろう。
何度か舌を噛み切ろうとしてみたが、その度に失敗するだけで、余計に惨めな思いになる。自殺の方法を学んでいればと思うが、王族にそのような事を教える者などいるはずもない。
初めのうちは自殺すらまともに出来ない私を見て、犬族の看守が笑っていた程だ。
形ばかりの取り調べは数回あったが、その他は特に何もする事がない。
何度か私が王族である事を伝えたが、相手にされなかった。彼らは本当に知らないのだろうか? それとも、何か他の意図があるのだろうか?
牢獄にいるという点を除けば、きちんとしたベッドも用意されている。むしろ戦場よりも快適にすら思える。ただ一点、地下牢のため寒い事を除けば。
木製のベッドではあるが、今まで戦場で寝袋同然の生活をしていた頃に比べれば、遙かに過ごしやすい。
看守の犬族は、どうも私を襲った部隊らしい。倒した竜人の数を誇っていたくらい。惨めになる。
どちらにしても相手は剣で武装している。両手足を鎖の枷で繋がれた私が出来る事など無い。牢の壁に繋がれていないだけ、まだ良いと考えるべきか。
そんな事を考えながら、用意されたいつもの朝食を摂っていると、目の前にいつもの犬族の看守とは違う人物が現れた。
「君がエルヤ・オル・セルバロード王子か。竜人というのは歳が分かりにくいので困る。たしか二十八だったな」
食事の手を止め見上げると、帯刀はしていたが、普通の兵士とは違う格好の人物が目に入った。
人族の彼は戦闘服ではなく、おそらくは儀礼用の白い服に身を固めた、牢獄とは不釣り合いに見える。いや、儀礼用とも少し違う。しかし、その辺の旅人や住人がしている服とは明らかに違う。
真っ白な上下の服。少し身長は低めだが、それを感じさせない威圧感。少し色白で、目の色は青。見張りの犬族よりは少し背が高いくらい。元々犬族は身長が低い者が多いので、高く見えるのだろう。容姿からして、普通の兵士ではない事は確かだ。
「私はイルス・レムヨルムド。ヨルムド王国の第一王子だ」
よく見ると、いつのも看守二人が直立不動の姿勢をとっている。人族にしては澄んだ声。少し特徴的な訛りがある気もするが、どこかは分からない。
「そのままでいいよ。私もその方が楽だ。君、そこの椅子を少しの間貸してくれ。あと、しばらくの間でいいから、外してほしい」
看守はそう言われ、すぐ近くにあった椅子を差し出すと、牢獄の入り口の方へと消えていった。本物の王子なのかと疑うが、正直面識もなく、確認の方法がない。イルス・レムヨルムドという名前こそ知っているが、こんな地下牢にそもそも来るのだろうか?
「人払いも済んだところで、早速だが本題に入ろう。エルヤ・オル・セルバロード君、君はすでに王子ではない。それどころか王族でもない」
意味を理解出来ない。なぜ私が王族ではないのか?
「タルツーク王国で内乱があり、前国王は処刑された」
「そんな……」
虚しい私の声が、周囲の石壁に反響した。
「確かな情報だ。まだある。君は反逆罪で指名手配されている。我が国との引き渡し協定はないが、もし引き渡せば即刻処刑されるだろう」
黙っているしかなかった。
「本来なら、我々も交渉道具として君を利用したかったが、引き渡しても即刻処刑されるのであれば、道具としての価値がない」
私が道具と言われた事に腹が立つが、今は我慢する以外に無い。牢獄の中ではなおさら。
「せいぜい停戦の引き延ばしが関の山だ。それに、君は前の戦闘で行方不明扱いになっている」
「用件は? その為だけに、わざわざあなたが来たとは思えない。もっと別の用件があると思うが」
一応私も王子だ。ここで余計に弱腰になるわけにもいかない。とはいえ、相手の方が強い立場である事は、嫌でも分かる。
「まあ、そう堅くなるな。いくら敗軍の将とはいえ、それくらいの礼儀はわきまえている」
レムヨルムドは、腰の剣を外して近くのテーブルに置く。
「あなたが本物の王子だと、私に証明して欲しい。そうでなければ信用できない」
彼は、先ほどの剣を鞘から出した。剣の根本には、目立たない程度にではあったが、ヨルムド王国の紋章が刻まれている。
「この紋章がある剣を、所持できる者が何人いると思う? そもそも、一般人がこの様な物を所持できるかな?」
そして紋章の入った反対側を見せた。そこにはまた別の紋章が刻まれている。他に何かの文字が刻まれているが、読む事は出来ない。
「これはね、我が国の古代語なんだよ。これを読める人物は少ない。そして、ここには私の名前が彫り込んである」
確かに文字は読めないが、丁寧な細工である事には間違いない。
「これを盗品と言われたらそれまでだが、普通の人間がここに来て、看守たちが出て行くと思うかい?」
確かに普通の一般人なら、ここにいる事自体不自然だろう。
「これで証明できたかな? 私は父上たちとは違い、現実主義者だ。全うな利用価値があるならともかく、その価値もない今、君をみすみす殺すのも忍びない。父上たちは、君を処刑したがっているがね」
彼が一呼吸置く。
「君にはいくつか道がある。私はその選択権を、君に委ねようと思う。どれを選ぶかは君の自由だ」
「自由だと?」
牢獄に入れておきながら自由な選択権など、呆れてしまう。
「まあ、不審に思うのも無理はないか。しかし、選択権があるだけでも幸運と思って欲しいな。私も危険を冒しているのだ」
何を言おうとしているか分からず、黙って続きを聞く事にした。
「選択一。敗軍の将として、公式に我々の捕虜となり、公開処刑される」
「公式? 私は……」
「いいから最後まで聞いてくれないか。時間は取らせない。選択二。同じく公式に我々の捕虜となり、竜人族国家に引き渡す。まあ恐らくは、引き渡してまもなく処刑されると思うが」
処刑という言葉を何度も聞くと、背筋が寒くなる。
「選択三。公式には、君を私が処刑した事とする。以上だ」
「最後の意味が分からないが……」
どれも結果には違いが無い。だからこそ、第三の選択肢の意味が分からない。
「こう言った方が分かりやすいか。君は公式には、私に処刑された事となるが、非公式には、君は生き延びる事が出来る」
「何を言っているか分かっているのか? 仮にも私はあなたの敵だ。あなたを殺すかもしれないし、あなた方の国と再び戦うかもしれないんだぞ」
彼は私がそれを言うのを待っていたかのように微笑した。
「それは出来ないよ。君は母国に見捨てられた。仲間からは反逆者として指名手配中。当然このまま戻る事など出来ない」
反逆者と呼ばれる事に腹が立つ。一体何を反逆したというのか。
「たとえ潜伏したとしても、その準備なしでは難しい。そして、君にその準備が無い事は明白だ」
これからの事をすべて読まれているかのようで歯がゆいが、その通りである事に間違いはなかった。
「だから私は、君に大きな貸しを作ろうと思う。君を生かす代わりに、これからは全くの別人として生まれ変わってもらう。当然過去の経歴もこっちで用意しよう。その代わりに、私の部下となってもらいたいのだ。竜人族の知識は不足しているしな」
意外な言葉に、息を思わずのんでしまった。
「もちろん、しばらくは監視役をつけさせてもらうが、君は生き延びる事が出来るし、それなりの自由も約束しよう。さて、私は手の内を見せた。どうする、エルヤ・オル・セルバロード」
確かに第三の選択肢は、生き延びるという意味で魅力だ。しかし、名前を捨てるのには抵抗がある。
それに、本国にはまだ味方がいるかもしれないという思いも捨てきれない。どこまで信用して良いのかも分からない状況で、易々と結論を急ぎたくはない。
「まあ、迷うのも無理はないな。そうそう、一つ付け加えておこう。もし母国に味方がまだいると思っているのなら、その希望は捨てた方が身のためだ」
どうするか考えていた所で、思わず顔を上げる。
「先日から、旧王族側の粛正が大々的に始まっている。君の親類はもちろん、友人に至るまで、もはや死んでいるはずだ」
父や母、兄弟の事を思い出す。異母兄弟を含めれば、全部で十二人の兄弟がいる。彼らが全て殺されたとは思いたくない。もちろん大切な友人たちも。
「なぜ私が、こんなに寛大な提案をするのか、知りたくないか?」
思わず頷く。
「我々の調査では、君は戦いが好きでは無い事が分かっている。味方に甘すぎると思われていた事も。だから君には、私を殺す事は出来ない。たとえこの場でもね。血が嫌いなんだろう?」
何も言い返せない事が悔しかったが、同時にそこまで敵に知られていた事に驚くしかない。
「さて、悪いがそろそろ時間だ。答えを聞かせてもらおうか」
「今、答えなければ駄目か?」
「さっきも言っただろう。私は危険を冒している。王族である私が、護衛も無しにこの様な所にいる事が、どれだけ危険な事か考えた事があるかな? だから答えは、今聞きたい」
セルバロードという名を再び考えさせられる。しかし今死ねば、この名は永遠に失われるだろう。だったら……
「……分かった。私は名前を捨てよう」
彼は微笑んだ。それが余計に悔しい。
「君ならそう言ってくれると思っていたよ。では早速行動だ。悪いが、もうしばらくだけ待っていてほしい」
そう言い残して、レムヨルムドは私の前から去っていった。
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
二日後、私はダル王国のニルス村にある、小さな宿屋の二階にいた。
宿には他に宿泊客はいないようで、事実上貸し切り状態。
服装は、普通の民間人の旅人がよく着るような服で、いつサイズを測ったのか、体にちょうどピッタリになっている。
上下茶色の服で、ズボンの上側から尻尾を出せるようになっている。腰のベルトが布製なのは、明らかに安物だろう。普通なら革のはずだ。
さすがに武器になるような物は、何も持たせてくれていないが、不審に思われないようにと、旅をしているかのような格好だけにはなっていた。
しかし、着慣れない服や靴で、どうも着心地が悪いのは否めない。まるで道化師だと思う。
そして、目付役として二人が付き添っている。一人は黒の短い毛の犬族。もう一人は毛も鱗も翼もない普通の人族だ。
「さてと、これから数日間ここの村に滞在して、一般人としての教育を受けてもらいますよ。王族だった事は一切忘れる。反論は認めない。分かったね?」
言い出したのは、人族の男性。名前はエリック・ロルベルトというらしい。
かなり声の調子の強い、完全に命令口調で気にくわないが、彼の赤い眼光の鋭さは反抗心をも失わせる。
短髪の黒髪に、すっきりした体で、身長は一リールと七十五エスクくらい。知性派を思わせる風貌だ。
私と同じように、旅をしている者の服をしているが、しっかりと長剣を帯刀している。
剣の太さはごく一般的な物。装飾も特にない。茶色の柄の剣だ。彼の方が身長の割に剣が長いように見える。
「俺たちも貧乏くじを引いたな。まさかこんな事になるとは」
そう言うのは犬族の男性。こちらはオットー・ペルと名乗っていた。
少し声が高いようにも思うが、犬族の特徴なのだろうか?
黒の毛並みで胸元は白。がっちりした体格。こちらはどちらかというと行動派に見える。
彼もまた旅の服装をし、腰には長剣があった。剣は太めで、こちらも柄は茶色。身長は一リール半だと思う。
二人とも服の色は同じで、上着は白。下は青のズボン。
「それにしても、竜人にも五本指がいるとは驚きです。てっきり三本か四本だと思っていましたよ」
確かにロルベルトの言うとおり、竜人族の大半は、指の数が三本か四本だ。しかし、五本指がいないわけではない。
「そんな事より、ヨルムドの第一王子直々に頼まれちゃ、断れないよな。何より軍隊よりは待遇も良いときたもんだ」
ペルはそう言うと、数枚の紙を胸元から取り出す。
「で、王子様。今この瞬間から、今までの名前は忘れてもらおう。新しい名前はアーツ・メルサ」
黙って、彼の言う事を頭に叩き込む事にした。それにしても彼の言い方が、とげとげしく聞こえるのは気のせいだろうか?
「エルバ王国出身で、家族がタルツーク王国から昔移住したとある。兄弟はなし。家族は死亡。質問は?」
矢継ぎ早に言われる事を整理しながら覚えると、首を振る。
「なかなか物覚えがいいみたいだね。その調子で必要な事を覚えてくれると助かるな」
ロルベルトが感心したように言った。ただ、不審な目で見られていて気持ちが悪い。
「今はヨルムド王国の首都、ラーベスに向かう途中。君は家族が目の前で殺されたところを、我々に救われたとあるな」
そう言いながら、ペルは苦笑していた。
「救ったからって、ついてくるものかね。それとも、俺たちが保護したって事か? まあ、どちらにしろお前が一人な事には、変わりはないという事さ」
どういう成り行きでそうなるのか、理解に苦しみながらも、ただ頷くしかない。
だいたい今いるのがどこなのかも、実際にはよく分かってはいない。
「君は、魔法の類は使えるのかな?」
ロルベルトが突然聞いてくる。
「得意ではないが、簡単な風の魔法と、回復魔法なら……」
そう言いながら、二人が睨み付けているのを見て、言い方を間違えたと思う。
「お前は俺たちより立場は下なんだ。私などと二度と言うな。そうだな……これからは自分の事を言うときは、僕とでも言ってもらおうか」
ペルの言葉遣いは、かなり乱暴だと思う。ロルベルトも、どこかにやついている。
「それから、もう一度自分の名前を言ってもらおう」
「エルヤ・オル・セ……」
そこまで言って、再び黙るしかなかった。二人に殴られるかとすら思ったからだ。
「君の名前はアーツ・メルサ。それだけだよ。それ以外の名前を名乗るのは許さない。次に他の名前を言ったら、痛い思いをするから心しておいてね」
ロルベルトの口調は優しかったが、目は殺気立ってる。
「それから、お前は俺たちに助けられたのだから、俺たちの事を呼ぶときは『さん』付けだ。せっかくヨルムドの王子に助けてもらったのだから、それくらいは守ってもらう」
「分かりました……」
小さく返事をすると、ペルがいきなり殴った。
「声が小さい!」
「分かりました」
出来るだけ大きな声で言ったつもりだが、それでも睨まれる。
「自分の事は何と言う?」
またペルが質問してきた。
「わた……」
言い終わる前に、ペルに再び殴り飛ばされた。椅子から転げ落ち、壁に頭を打つ。くらくらする程頭が痛い。
「こりゃ、しばらくかかるな」
ペルが睨み付けている。
「時間はたっぷりありますからね。ペルの方が扱い方は上手そうです。任せますよ。私だと殺しかねない」
ゾッとするロルベルトの発言に、冷や汗が出た。
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
結局そんなやりとりと、彼らの言う一般人の教養だけで、二日もかかってしまった。
どうも、タルツークとは色々勝手が違う。
パンはナイフで切る物ではなく、ちぎって食べるものだと言うし、そもそも主食が麦のパンらしい。タルツークでは一般的に、主食が米粉の練り物だったので、パンはのどが渇いて仕方がない。
野菜も見た事がないものばかりだし、肉も多様にある。タルツークで肉と言えば、熊の肉だ。
新しい名前もまだ違和感があるが、生きるためには仕方がないかと思い、これも運命だと思うしかない。
武器どころか金銭も持たせてくれていないのでは、逃げたとしても長くはない。
「メルサ、ところで俺たちは聞いてないが、首都に着いたらどうするか知らないか?」
知らないので首を横に振ると、二人ともため息をつく。
「まいったなぁ。首都に着いたら、どうすれば良いのか分からないんじゃ、後で困るぞ」
ペルが首を横に振りながら、何枚かの手紙を確認している。
「他に何か、手紙を受け取っていませんか?」
ペルは相変わらず相方に対して、首を横に振るだけだ。
「仕方ない、とりあえずラーベスに向かおう。相手ははっきりしている。使者かなにかが、向こうから接触してくると思う」
願望のようなペルの言葉に、そう都合よく事が進むのかと疑念を抱いた。しかし、このまま彼らに従うしかない以上、選択肢はない。
「一つお聞きしても、よろしいですか?」
せっかくだから、彼らの事も知っておく必要がある。どうせ歩きなのだから、時間はたっぷりある。それに、周囲は森で人影もないので、別に話しても大丈夫だろう。そう思って彼らの経歴を聞いたら思ってもみない答えが返ってきた。
「ああ、俺はあんたを捕らえた部隊の隊長さ。昇進が待っていると思ってたら、こんな役目がわいてきたといったところだ」
ペルという人物の部隊に襲われたのかと思うと、よくあの時命が助かったと思う。一歩間違えば死んでいたと思うだけに、まさに肝を潰した思いだ。
今まで周囲に鳴いていた鳥の囀りが、急に聞こえなくなったように思えた。
「私はヨルムド王国で王室の警護担当をしていたんですよ。といっても、裏の部隊ですけどね。ですから私を甘く見ないでください。その気になれば、あなたを殺すのは容易いですから」
ロルベルトが、顔色一つ変えずに恐ろしい事を言う。
実際、この二日殴られ続けたため、顔が腫れていた。宿を出るときも、宿の主人が不思議な顔をしていたくらいだ。白い顔が青く腫れているのが、自分でも感じる。
どちらも要注意人物。いや、逆らったら殺される。護衛とは名ばかりの、事実上の軟禁だ。
外を歩いているが、自分の意思は許されない。これでは牢獄にいるのと変わらない。
「あなたも元王族なら、王室の闇の部隊が何をするかは、知っていますよね。実際命令を出した事もあるでしょう?」
首を横に振ると、意外だという顔をする。ペルも同じ顔だ。
私はそんな事はしない。他の兄弟は知らないが、私は国教の司祭もしていた。殺人とは正直縁がない。
「竜人にしては珍しい。俺が聞く限り、竜人は冷酷と聞くが」
ペルに、すべての竜人がそうではないと返した。
「竜人の部隊に捕まった兵士や民間人が、その後どうなったか聞いた事はあるか?」
まるで、何かを探しているかのようなペルの質問だ。
「僕は、捕虜の扱いなどについては聞いていません」
実際聞いていない。捕虜がいたという話すら、聞いた事がなかった。
今考えてみればおかしな話だ。何度も大規模な戦闘をして、捕虜がいないはずがない。
「噂くらいは聞いた事があるだろう?」
再び問いかけるペルに、何か事情があるのだろうと察したが、思い当たる事はなかった。
「そうか……」
ペルが残念そうに項垂れている。余程の事情があるのだろう。
「まあ、前線にいた王族に、捕虜の扱いを聞く事はないと思いますよ。それに彼は穏健派だったと聞いていますからね」
少し間を置いてから、ロルベルトがペルの肩を叩く。
「下士官がその辺りは知っているはずですし、今頃は捕らえた下士官が喋っていると思いますしね。でも、何か知っていたら話してくださいね。その方があなたのためです」
おとなしく頷く事にした。
「では先を急ぎましょう。お喋りで時間をあまり潰したくありませんから」
その言葉を森に残しながら、私たちは先に進んだ。