第十一章 決戦
夜明けと共に、ラスクドの町の正面には、たくさんの兵士が集結していた。
その日は珍しく霧が浅く、敵が次々と集結する様子が分かる。一年でも数回しかないような、霧の浅い日らしい。
対する僕らも、力のある者は攻撃の準備をし、力のない者は、力のある者の手助けをしたり、指定された避難場所に集結した。準備は完全とはいえないけど、出来るだけの事は皆がしている。
「メルサ、頼んだぞ。こっちの事は気にするな。お前はお前の事に集中すればいい」
ペルさんに僕は快く返事をし、三対の翼を広げる。ペルさんの周りには、それぞれ武器を手にした人たちがいた。でも、ちゃんと訓練を受けた人たちは、そう多くはなさそうだ。
「君の護衛に、翼を持つ勇士たちが志願してくれた。君は魔法の事だけを考えればいい」
ロイスさんの後ろには、五人の翼を持った人たちがいる。ほとんどが弓と盾を持っている。
彼らが僕の盾となってくれる事はありがたかったけど、そのために犠牲になるのではないかと考えてしまう。だけど、僕一人で飛び出した所で、的になるだけなのは分かっていたし、彼らの勇気を無駄にはしたくない。
「町の守りは私も喜んで参加する。本来なら、君の護衛は私がすべきなのだろうが、私の体ではあまりに目立ちすぎる。むしろ敵の目を地上に釘付けにした方がいい」
確かにギーアスさんの言うとおりだと思う。体の大きな巨竜族が地上にいれば、どうしても目は地上に向くだろう。そうすれば作戦がうまくいく可能性は高くなると思う。
ただ、ギーアスさんが犠牲になる可能性ももちろんある……。
僕が一番心配なのは、敵が竜封じの宝玉を持っているのではないかという事だ。僕自身はシェルスプの槍に守られ、竜封じの宝玉を無効化出来るかもしれないけど、ギーアスさんはそれが出来ない。そうなれば、ただの的になってしまう。ガーランの事が頭に浮かんだけど、今はそれを振り払った。
「私の事は気にするな。竜王が守りたいと願う町は、私も守らなければならない。そのためなら喜んで戦う。ガーランも同じ事を言ったはずだ」
ギーアスさんは、心配させまいと笑っていた。それが嬉しかった。
「竜王様。これ、差し上げます」
一人の青い鱗をした竜人の子供が近づいて、手に持っていた指輪を差し出してきた。たぶん女の子だと思う。まだ十歳にも満たない子供みたいだ。
「これは何?」
「お守りです。きっと、今の竜王様には必要だと私は思います。魔法の効果があると聞きました。この町の近くの山で採れた石を加工した物です。詳しくは知らないですけど。受け取ってくれますか? きっと、お役に立てるはずです!」
僕は快く受け取った。すると、その子は駆けだして近くにいた同じ青い鱗の人の所に行く。たぶん親なんだと思う。
「では、行きます」
そう言うと、ゆっくりと宙に浮かんだ。三対の翼が、ゆっくりと羽ばたく。
「待ってるからな、死ぬなよ!」
ペルさんの言葉を背に、上空へ一気に向け駆け上がった。
★ ★ ★ ★ ★ ★
「さて、ああ言ったものの、敵は竜封じの宝玉を持っている可能性が充分に高い。という事は、外に出て戦う事は極力控えねばならないな。それに、攻城戦は守備の方が有利だ。とはいえ、被我兵力差は二十倍はある。普通なら、守れる規模じゃない」
空に消えてゆくメルサを見て、俺の横にいたギーアスが呟く。俺自身も空を見上げて、去ってゆくメルサを見た。
「あなた方巨竜族だけが戦うのではありません。あれから多くの者が、共に戦うと言ってくれました」
その横でロイスが言う。同じく空を見上げている。
ロイスも弓を手にしていた。昔、多少狩りで鍛えたそうだ。だが、戦場と狩りでは違いがありすぎる。
「しかし、そこまでして、なぜエルバ王国はここが欲しいのかが分からない。山に囲まれただけの草原のはずだ」
ロイスと同じ事を、俺も考えていた。それが一番不思議な事だ。
戦略的に見て、この土地が重要とはどうしても思えない。国境線上にあるとはいえ、周囲は高い山に囲まれている。そこを超えるだけでも一苦労だ。隣国への橋頭堡なら、他の道もあるはずだ。
「それは、ここが伝説の地だからだ」
ギーアスが俺を見て言った。
「伝説?」
ロイスも何の事だか分からないようだ。
「伝説が本当なら、この地で初めてベルタアークが使われた。その結果、地形がまるで変わってしまったと言われている。この地のどこかに、伝説の鉱山もあるはずなのだ。しかし、この霧でそれも分からない。エルバ王国はそれが欲しいのだろう」
皆がギーアスの言葉に驚いていた。
「ここがエルバ王国の手に落ちれば、いずれ失われた鉱山も見つかるはず。そうすれば力関係は一気に変わる。エルバ王国はヨルムド王国に従う必要など無い」
「伝説の鉱山がここに……」
ロルベルトも、驚きを隠せずにいるようだ。
「その鉱山で取れるのは一体何なんだ?」
俺はそれが気になって仕方なかった。一体どのような物が採掘できるのか。
「伝説によれば、リンムナイト鋼でできた剣を、いとも簡単に切り裂き、どんな鎧も紙くず同然の防御力としてしまうといわれている。また、鉱石自体が魔力を持つともされている。適切に加工すれば、良い魔力を持った道具にもなる。だから伝説でも、武器での使用はそれが一度きりなのだ。あまりに威力が強いため、武器としては味方が持つにも危険という事だな」
ギーアスは、俺を見ながら教えてくれる。
「だからこそ、我々はここを守らねばならない。世界のためにも……」
そう言うと、ギーアスはメルサが消えていった空を見上げた。
「なぜ隠していた?」
レッカスが問う。ヨルムドの王子も知らなかったという事か。
「隠していたのではないよ。聞かれなかったから話さなかっただけだ。それに、メルサ君にあれ以上重圧をかけても、仕方ないだろう?」
その言葉に納得してしまう。
「確かにそうですね。メルサが今知った所で、重圧を背負うだけです。でも、厳しい戦いかもしれませんよ?」
ロルベルトも言っている事は正しい。いや、厳しいなんて生やさしい物ではないだろう。
「ここに町が出来てから、こうなる事がいずれくると予想してた。ただ、それが予想よりも早かっただけだ。厳しいからといって逃げるわけにはいかない。それに、もう逃げる場所など無いはずだ」
その場の全員が頷く。
「メルサ、頑張ってくれよ」
俺は最後にそう呟いた。
★ ★ ★ ★ ★ ★
「有翼族と思われる部隊が空に上がっていきます。空からの監視でしょうか」
エルバ王国のロバーツ騎兵団長が、空を見上げながら言う。
「おそらくはな。しかし監視は怠るなよ。空への攻撃はいつでも出来るようにしておけ」
その横で聞いていたハルバーイ親衛隊長も、六つの影を見ていた。
「竜封じの宝玉を用意して正解でしたね。ただ、ドラゴンがいるのはやはり驚きです。あれは、もう死んだと思っていましたから」
空から今度は地上に目を降ろし、前方にいるドラゴンを見た。
「宝玉は一個しかないが、効果はあるだろう。降伏しなかった報いを受けるのは彼らだからな。まあ、降伏したところで結果は同じだが。再度兵に徹底せよ。捕虜は無用だ。全員を殺せ」
ハルバーイの顔には、笑みがこぼれていた。正直、少し恐怖を感じる。
「地上の抵抗は、どの程度だと思われますか?」
「小規模だろう。所詮烏合の衆の集まりだ。民間人など我々の敵ではない。しかし手加減はするな」
ハルバーイは冷たく言い放つ。
「ではなぜ、これほど大規模な軍を導入されたのですか?」
三分の一の軍でも、充分に制圧出来ると思えた。いや、それでも多すぎるくらいだ。そもそも、親衛隊が出る必要を感じない。
「占領政策以外にも、やる事はあるからな。そこまでは君は考えなくていい」
ハルバーイ親衛隊長が何を考えているのか、私には分からなかったが、軍事作戦以外の目的がある事だけは、確実だと思えた。特に、工兵が部隊の四分の一もいる事が、何よりも証明している。
しかし、それが何のためなのか聞く勇気は、私にはなかった。
★ ★ ★ ★ ★ ★
「こんなに数が多いなんて……」
あらためて上空から敵の数を見て、驚きを隠せなかった。町の人々の数倍の軍隊が、眼下にいる。いや、もっと多いと思う。
普通に戦えば、勝敗は火を見るより明らかだ。
「メルサさんは魔法に集中してください。我々があなたを守ります。そのために志願したのです」
一緒に来てくれた一人、青い翼で有翼型人族のキムスさんが言ってくれた。
でも、弓で攻撃されたらと思うと、それだけで恐ろしく思う。いくら鎧をまとっているとはいえ、有翼系の種族が着る事が出来る鎧は、それほど丈夫ではない。剣でなら簡単に切り裂かれてしまう事の方が多い。
「それに、魔法障壁も使える者ばかりです。簡単には死にませんよ」
黒い翼のコウモリ系有翼人、リヨルドさんが付け加えるように言ってくれた。
彼らが死ぬ気なのではと思えて仕方がない。でも僕が魔法を完成させないと、彼らの努力が水の泡になってしまう。
「魔法を放つ寸前に叫ぶから、その時は障壁だけ残して、出来るだけ離れて。何が起きるか僕でも分からないから。僕より上にいれば安全だと思います」
実際、これから何が起こるかなど分からない。だけど、勝たなければならない事だけは明らかだ。
昨日の夜、最後の精神集中で、本当の発動寸前まで試してみた。
その時は、シェルスプの槍も実体化させた。あの時、大気が震えるのを肌で感じ、慌てて気をそらした程だ。
その槍も、今はすでに実体化させてある。槍を実体化させておいた方が、魔法の発動効率がよい事だけは事前に分かった。
感覚的にしか分からないけど、敵の上空三百リール程のところで魔法を放つのがよい気はしている。ただ、それだと強力な弓矢が届いてしまう。
ある程度はキムスさんたちが防いでくれるかもしれないけど、僕自身も魔法障壁は作った方が安全だと思う。
そうなると、魔法の発動の準備をしながら、ゆっくりと下降しなければならない。避けながら下降する程の技量はないから、相手からすれば良い的でしかないと思う。
ここからだと、どの程度弓部隊がいるのかが分からないのが一番の不安材料だ。
「そんなに心配ですか?」
キムスさんが聞いてきた。顔色に出ていたのかも。
「もちろん心配だよ。君たちだって犠牲にしたくないというのが、僕の願い。でも、そう思いどおりにならない事だって分かっているつもりだよ」
本音を言った。彼らには嘘はつけない。
「心配するなとは言いません。でも信じてください。私たちはあなたを何があっても守りますから」
キムスさんは、断言してくれる。
「この辺にしようか」
敵のほぼ中央部の上空にいる事を確認し、僕は移動するのをやめた。眼下には、敵の大部隊が集結している。
「じゃあ、いくよ」
僕は魔法を唱え始めた。
★ ★ ★ ★ ★ ★
「上空の敵、動きませんね……魔法障壁を展開しています!」
私は単眼鏡を覗きながら叫ぶ。
「敵の高さは!」
ハルバーイ親衛隊長が上空を見上げて叫ぶ。
「おおよそ千リール……待ってください、様子が変です!」
単眼鏡に見えた有翼種の中に、見た事のない影が映る。
「おそらくですが、三対の翼を持つ有翼竜人族の影。見た事がありません! それが何かをする模様!」
手には何かを持っているのが見えたが、強力な魔法障壁で空間が歪み、はっきりと確認出来ない。その魔法障壁も次第に多層化しているようで、空間の歪みが単眼鏡なしでも確認できるようになっている。
それに、その有翼竜族を守るかのように、五人の有翼種も魔法障壁を展開している。
「強力な魔法障壁を確認。我が方の弓の有効射程限界を超えています。かなり近づかないと、魔法障壁を破るのは困難かと思われます。敵は次々に魔法障壁を展開! 意図は依然不明。五体の有翼種が、その周囲を守るように飛んでおり、盾も装備している模様」
ハルバーイ騎士団長の舌打ちが聞こえた。
「全軍に散開するよう伝えろ。それから、上空からの攻撃に備えろ。どんな事をやるつもりか知らんが、今は目の前の敵に集中しろ」
矢継ぎ早に命令が飛ぶ。私は上空から目を離せなかった。まるで虹色に輝く翼を持つ竜人族が悪魔に見えた。
★ ★ ★ ★ ★ ★
「始まったな」
ギーアスは空気の振動を感じた。
他の者はどうか分からないが、少しずつ空気が振動している。それに、メルサのいる方角に力が集中するのが分かる。
ここからだと数千リールは離れているはずだから、それでも感じる力とはどのようなものかと考えてしまう。
「ええ、そのようですね」
ロルベルト君も、遠くの空を見上げながら言う。
「敵の襲来に備えろ。我々だけでも出来る事をやるんだ!」
ロイスの命令の直後、壁沿いに弓部隊が並ぶ。弓矢の先には油を染みこませた布が巻いてあり、いつでも火を点ける準備も出来ていた。
「敵に投石機がないのが唯一の救いですね。あれば大変な事になったと思います」
ロルベルト君は、単眼鏡で周囲を見渡す。私の目でも、敵が散開し始めている様子が分かった。
「出来るだけこの町を無傷で手に入れ、その補給基地として使いたいんだろう。気にくわないな」
ペル君が、吐き捨てるように言った。
「メルサに気がついたようです。散開を始めています。こちらへの進軍も始めたようです」
全員が前方に向け、攻撃の合図を待った。
★ ★ ★ ★ ★ ★
「地上までおおよそ八百リール。メルサ君、あとどれくらいかかる?」
キムスさんが聞いてくる。僕は七オプスと伝えた。思ったよりも時間がかかっている気がする。
目の前には何十にも魔法障壁を張り巡らせた。簡単には攻撃を受けないと分かっていても、眼下の敵を見れば怖い。
それでも、一つ目の青い巨竜族の紋章が現れていた。もちろんそれはガーランの紋章だ。
二つめの赤い紋章も、もうまもなく実体化するだろう。
なぜか分からないけど、僕の紋章である白い紋章は、いつも最後だ。
「僕の放つ魔法は、放った瞬間に魔法障壁を全て無効化してしまうから、それだけは気をつけて」
次の瞬間、二つめの赤い巨竜族の紋章が実体化した。
★ ★ ★ ★ ★ ★
「敵は高位魔法を放つようです!」
私は単眼鏡から目を離せずにいた。二つの魔方陣ような物が見える。空間がゆがんでいなければ何か分かるかもしれないが、今の状態では魔方陣と認識するのが精一杯だ。
「工兵は下がれ、第一部隊は突撃開始。容赦はするな。第二隊と第三隊はそれぞれ左右に散開。攻撃の指示を待て」
ハルバーイ親衛隊長は、空を見る事もなく命令を飛ばす。すぐに伝令が各部隊へと散っていった。先頭の部隊は敵近くまで接近しているはずだ。
魔方陣を複数描く魔法はそうはない。しかし、相手は自分の周囲に魔方陣を描いているように見える。
二つの魔方陣の間隔からすると、おそらく三個の魔方陣である事は予想出来るが、複数の魔方陣を描く攻撃魔法を知らない。
一体これからどうなるのか、私は不安で仕方なかった。
★ ★ ★ ★ ★ ★
「正面から敵が来るぞ。撃ち方用意! 他の者は下がれ!」
俺は壁の隙間から、敵の様子を観察していた。
「昨晩のうちに、正面に溝を掘りましたからね。溝を降りて、さらにその次の山を上がってきた所を、狙い撃ち出来るはずです」
ロルベルトが冷静に言う。さすがは手慣れている。その意味では、俺も同じか。メルサとの短い旅だったが、ロルベルトの奴は背中を任せられる。
それぞれの射手の前には、弓の先の油に火をつけるための係が待機している。皆それぞれが、息をのんでいる。
「点火しろ。まだ撃つなよ。第二射の準備も怠るな。三交代で弓を放ち、敵を近づかせないようにするんだ」
「雨?」
急に誰かが言った。確かに、冷たい物が上から降ってくる。
「メルサ君の力だよ。正確には、彼がガーランから受け継いだ紋章の力だ。ガーランは水や嵐を司る巨竜族だったからな」
ギーアスが説明してくれた。しかし、さほど問題になる降り方ではない。むしろ、敵の足下が滑って、俺たちに味方をしてくれるかもしれない。
俺は敵が溝を下り、再び山を上がってくるのを待つ。まるでその時間が永遠のようにすら思えた。
★ ★ ★ ★ ★ ★
「メルサ君。敵が進軍を始めたようだ。地上まで四百リールを切った」
鷲人族のリヨルドさんが、状況を報告してくれる。
「あと一個、あと一個の紋章を描かないと完成しない!」
僕はさらに神経を集中させる。周囲にはすでに二個の巨竜族の紋章が浮かんでいた。
それぞれが共鳴を始めており、空気が痛い程震えている。それぞれの紋章も、不気味なくらい輝きを増している。おそらく僕を守ってくれている五人にも、それは分かっているはずだ。
「下からの攻撃!」
一緒に来た唯一のハーピー族である、黄色い翼のエドワーズさんが警告を発してくれた。
ハーピー族は手がなく、翼で直接物を持つので、今回は盾を持ってきていない。矢は何とか届かなかったけど、しかしそれも時間の問題だと思う。
さっきから彼が状況報告や魔方陣をいくつも展開してくれている。
「キムス、盾で防御を頼んだ。僕は障壁に専念する」
四人が僕の正面に被さるように盾を持ち、エドワーズさんがその盾の前に障壁をさらに展開する。
その時、盾に矢が当たる音が聞こえた。障壁だけではもう防げない。
エドワーズさんがどんどん障壁を展開しているけど、その隙間を縫うように矢が飛んでくる。でも、諦めるわけにはいかない。
僕は彼らを信じる事にして、輪郭だけ浮かび始めた最後の白い巨竜族の紋章を描く事だけに集中した。
最後の僕のが、こんなに時間がかかるだなんて!
★ ★ ★ ★ ★ ★
「撃て!」
俺は敵が山を上り、頭を見せ始めた所で叫んだ。
一斉に弓矢が飛ぶ。何本かは確実に敵に当たったようだが、半分程は外れていた。外れた火矢の間を敵が進んでくる。俺は思わず舌打ちした。
しかし、それでも効果はあったようで、敵が一瞬ひるむのがここからでも分かった。
「ペル君、相手は竜封じの宝玉の使い方を知らないようだな。君らがエルバ王国に報告した内容を、彼らは過大評価している」
ギーアスが一瞬上空に飛び出ると、大きく羽ばたいた。強い突風が発生し、目の前の敵がなぎ倒される。それを確認すると、すぐに地上に降りた。
「かといって、炎が吐けないのは悔しいがな」
ギーアスは歯ぎしりしていた。
効果は弱いが、それでも確実に巨竜族の力を弱める効果は出ていた。
距離がなんとかあるためらしい。羽ばたく事くらいは十分出来るが、飛ぶ事は出来ない。火を吐く事も困難だという。
「とにかく攻撃を緩めるな。メルサを待つんだ!」
ロイスが弓を構えながら、叫んでいた。
★ ★ ★ ★ ★ ★
「みんな離れて!」
魔方陣が完成すると、叫ぶように皆に伝える。それを合図に、五人は上空へ散開しながら待避してゆく。
目の前の魔法障壁はまだ機能していたけど、それでも何本かは確実にすり抜け始めていた。
魔法障壁が破られるのも時間の問題だと思う。でも、三つの魔方陣は完成した。後は放つだけ……。
よく見ると、腕輪とさっき貰った指輪が金色に輝いている。何か魔法の効果が本当にあるのかもしれないけど、今は確認する余裕なんて無い。でも、なんだか心の安らぎのような物が感じる。ペンダントは強い青い光を放っている。
★ ★ ★ ★ ★ ★
「上空の敵、様相が変化! 一人を残して散開! 魔法障壁は残ったままです。魔法が発動されるようです!」
ロバーツの目には、単眼鏡を通して光り輝く竜人が見えた。あまりの輝きのために眩しい。
「盾を上に向けて伏せろ!」
ハルバーイ騎士団長も、手持ちの大盾を上に地面に伏せた。私も単眼鏡を捨て、自分の盾の下に潜る。
★ ★ ★ ★ ★ ★
「ベルタアーク!」
大声で叫ぶ。
僕を中心にして、魔方陣が素早く回転した。そして、魔方陣に力が集まるのが分かる。槍の先で全ての巨竜族の紋章が集まり、強く輝き出す。同時に、腕輪と指輪の輝きが一層増す。
障壁を貫通して、一本の矢が僕の翼を貫くのが分かった。だけど僕はそれを無視し、真下に集中する。
敵は散開したといっても、まだ充分にそこにいた。
★ ★ ★ ★ ★ ★
「ベルタアークが撃たれるぞ!」
俺は、五人がメルサから離れるのを見逃さなかった。
全員が一斉に壁に潜るように伏せる。反撃が無くなった事で、一気に敵が押し寄せてくるのが分かるが、今はどうしようもない。
その場に急ぎ伏せた。
★ ★ ★ ★ ★ ★
魔方陣の中心にいる僕に、魔力が集まるのが分かる。先ほど受けたはずの翼の傷が一瞬で回復するのが分かった。
それに、飛んでくる矢が、僕の手前で燃え尽きる。魔方陣が発する熱に、矢が耐えられないのが分かる。巨竜族の紋章そのものが魔法障壁の役割を果たしていた。
まるで太陽のように輝くそれは眩しい。
全てが一瞬のような気がして、一気に真下に向けて槍を振り下ろし、魔法を放った。
瞬間、何か巨大な力を感じた。とても力強い物。
僕たち竜人族や巨竜族とはまた違う、でも全く違うとは言えない力。まるで神のような力。
僕自身にその力全てが宿った気がした。それが僕から離れ、地上に舞い降りていく気がする。
地上で悲鳴が聞こえた気がしたけど、全てが光に包まれる。その光は地上全体に広がり、僕を中心にして霧も一気に晴れてゆく。
あまりの眩しさに目を閉じたけど、それでも光を全身で感じる事が出来た。
★ ★ ★ ★ ★ ★
俺はあまりの恐ろしさに身震いしてしまった。ペル、しっかりしろと自分に言い聞かせたが、何の効果もない。
メルサがいると思われる場所が、一瞬強烈な光に包まれるのは見た。
どうしてもメルサから目を離す事が出来なかった。そして、巨大な炎の竜が現れたかと思うと、それが地上に突進していく様子が分かる。
瞬間地上に到達したかと思うと、光の柱がその場に現れ、巨大な光の竜が空に上ったように思えた。
同時に、まるで嵐のような炎が地上を舐め尽くすように広がってゆく。
大地が共鳴して地響きを感じる。それと同時に、数々の悲鳴が一瞬聞こえたかと思うと、それも消えて真空のような静寂が包む。
俺は顔も完全に伏せ、物陰に隠れた。それでも、背中越しに強い光を感じる事は出来た。遮蔽物があるのにだ。
一体何が起きているのか見たかったが、全身が震えて起き上がる事すら出来ない。
瞬間轟音が鳴り響き、何が起きているのか俺には何も分からなかった。
★ ★ ★ ★ ★ ★
キムスは自分の見ている物を疑った。
メルサ君が光に包まれたかと思うと、巨大な炎のドラゴンが現れ、それが地上に向かって降りてゆく様子がはっきり見えた。そのドラゴンは、町にいたドラゴンよりも数倍は大きい。
同時にメルサ君自身が強く光り、巨大な光の柱となった。
私は慌ててその場を離れるが、その光は刻が経つごとに巨大になり、もう少しで巻き込まれるかと思う程だった。
それと刻を同じくして、激しい衝撃波が襲ってきた。私は空中で静止する事が出来ず、どんどん舞い上げられてしまう。
それでもなんとか地上を見ていると、炎が地上全体を覆ったような気がした。
いや違う。業火が地上を舐め尽くしている。巨大な竜巻のような業火が、地上を舐め尽くすようだ。
それを追うように、光が地上を走り抜け、耳が張り裂けんばかりの轟音が襲ってきた。
光は輪となり、地上を舐め尽くし、メルサ君のいるはずの所には、巨大なキノコ雲が現れているのが分かった。
しかしそのキノコ雲はすぐに消え去り、輝くメルサ君がそこにはいた。
メルサ君の輝きが終わったとき、地上は黒く焼けただれていた。
★ ★ ★ ★ ★ ★
光が消えて、しばらくしてから目を開けた。
そこには、文字通り何もなかった。
真下に広がるのは黒い大地で、死体すら転がっていない。魔法を放った中央には、大きなくぼみが出来ている。
僕はとっさにラスクドを見た。そして安堵した。町の壁は黒く焼けただれていたけど、まだ町はそこにあった。
上空に避難した五人の仲間が、ゆっくりと僕に近づいてくる。僕は静かに上昇し、彼らと合流した。
彼らは誰も傷を負っていなかったけど、僕を畏怖の目で見ている。
「す、すごい……」
最初にキムスさんが声をかけてくれた。
「まさかこんなにすごいなんて……」
エドワーズさんも、信じられないといった感じで僕を見ている。僕自身、自分がやった事がまだ信じられなかった。
僕はまだ熱い大気を感じていたけど、全てが終わった事だけは、はっきりと分かった。
★ ★ ★ ★ ★ ★
俺は目を開けた。
周囲から焦げ臭い匂いがし、急いで壁にあるはしごをよじ登り、外全体をうかがう。
はしごの先端は真っ黒に焦げていた。そこにはにもなかった。文字通り、何もなかった……。
俺は、あまりのすごさに声を失った。
「どうした、ペル君?」
下でロイスの声がしたが、俺は何も言う事が出来なかった。
補強した木の壁の部分が、全て焼け落ちており、一部で燻っている。黒く焦げたそれはまだ熱い。
外にいたはずの敵はどこにも見あたらない。それどころか、草すら見あたらなかった。
空気も熱く、呼吸するのも困難な程だ。俺の鼻に、強い焦げ臭い匂いがする。
「か、勝ったぞ……」
俺はそう言ったが、それ以上何も言う事が出来なかった。
★ ★ ★ ★ ★ ★
僕はペルさんたちの所に舞い降りた。みんな無言のまま立ち尽くしていた。
僕自身、僕が何をしたのか分かっていなかったし、理解したくもなかった。ただ、たくさんの敵が、一瞬で消滅した事だけは事実だった。
「おかえり、メルサ」
最初に声をかけてくれたのは、イルスさん。彼は僕に笑みをこぼしてくれた。そして次第に周囲から歓声が上がるのが聞こえる。
「メルサ、やったな!」
ペルさんが僕に抱きついてきた。まだ半分放心状態の僕は、何が何だか分からなかったけど、それでもきっと良い事なのだろうと思う。
周りに色々な人が集まってくる。そこには巨竜族もいたし、人族も竜人族も、他の種族もみんないた。そしてみんな笑っていた。




