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第十章 戦いの準備

    一


 鷲人族の若者が、僕たちの前に降り立つ。


「フェグさん、すぐに議事堂に来てください。大変な事になりました!」


「トリアス、何があったんだ?」


 フェグが落ち着きながらも、すぐに聞き返す。


「人族が、町の外に集結を始めているそうです!」


 それを聞き、僕とフェグは議事堂に走って向かう。こんな時に飛べればと思うと、情けなく思ってしまった。


 町ではすでに噂が広まっているようで、皆が慌てた様子で議事堂に向かっていた。


 僕とフェグは、トリアスさんの案内のもと、議事堂に駆け込む。中には人が溢れていた。


「フェグ、間に合ってくれたか……そちらは?」


「メルサです。翼の事は後で説明します。それよりも、どういう事ですか?」


 話を先に進めて欲しかったので、名前だけ言う事にする。ロイスさんは一度頷いた後、議事堂全体に聞こえるような、大きな声で話し出した。


「先ほどエルバ王国の使者と名乗る者が来た。用件はただ一つ。我々に無条件の降伏だ」


 議事堂全体がざわめく。無理もないと思う。いきなり来て無条件で降伏とは、筋が通らない。


「さらに悪い事に、この町に向かって約一万の兵が向かっているとの事だ。明日の朝までには到着するとも。今、確認のために飛べる者を送ったが、おそらく事実だろう」


 議事堂の騒ぎは、さらに高まった。


「我々の選択は三つしかないと思う。戦うか、逃げるか、降伏するかだ」


 ロイスさんの選択肢に、色々な声が議事堂全体を包み込んだ。


「しかし、我々には、本当に選択肢があるだろうか?」


 その言葉は、今度は議事堂を静寂に包む。


「我々に戦うだけの兵はない。ほとんどが民間人だ。相手は一万の兵。戦えば殺されるだけだろう。逃げるにしても、我々の逃げる先があるのだろうか?」


 ロイスさんの言っている事は正論に思えた。確かに一万の兵に戦う力があるとは思えないし、逃げる場所もないと思う。


「では議長、降伏を受け入れるつもりなのですか!」


 奥の方から声がする。


「不本意だが、私が思うにそれ以外の選択肢がないと思う。命を粗末にすべきではない。他に何か良い案があれば、是非聞きたい」


 議事堂全体がざわめいた。無理もない事だろう。戦う訓練もろくに受けていないのだから、選択肢などあろう筈がない。


「メルサ様……我々だけでも」


 フェグがひっそりと言葉をかけた。不安はある。でも、恐れていてばかりでは、何も出来ない。僕は黙って頷く。


「僕はアーツ・メルサ。見てのとおり竜人族です。戦いの訓練は受けましたが、一万の兵となると確かに厳しい。いえ、はっきり申し上げて、進軍を遅らせる事すら難しいでしょう」


 そこでいったん区切る。議事堂がまた静寂に包まれた。


「ロイスさんの提案は、確かに一番無難だと思います。ただ、僕はそれほど事は簡単でないと思います。皆さんも、タルツーク王国との戦争は知っていると思います。僕は、それがなぜ起きたのか、以前まで知りませんでした。仕掛けたのは、エルバ王国だと知った時は、とてもショックでした。そんなエルバ王国が、このような小さな町に対して、一万もの軍勢を向けた理由は何故でしょうか。僕は知りませんが、きっとこの地に何か秘密があるのだと思います。だとすれば、彼らにとって僕らは邪魔者。実際この町を占領するのに、その十分の一の兵力でも十分なはずです。なのに敵の数は一万。きっと、彼らは僕らを生かしておくつもりが無いのだと思います。それなら、一万もの軍勢を差し向けた理由も説明できるはずです。ですから、降伏しても命の保証があるとは思えません。戦うにも兵が無く、逃げる場所も無い。攻める側にとって、こんな戦いやすい所は無いと思います。確かに、敵を迎え撃つのは無理でしょう。それくらいは僕だって分かります。しかし、僕はある魔法を知っています。それが使えれば、敵の侵攻を遅らせる事くらいは出来るかもしれません。うまくいけば諦める可能性もあります。その間に、少しでも逃げる事が出来れば……」


「その魔法とは?」


 ロイスさんが、間に入って聞いてきた。


「ベルタアークです。まだ実際に使えるかは、僕も分かりませんが、何もせずに降伏するより、今できる事をすべきでないでしょうか?」


 議事堂全体がざわめく。それをロイスさんが静止させた。


「他に意見は?」


 どこからも声はない。


「僕らで何とか食い止めてみます。その間に脱出する方法を考えていただけませんか」


 それ以外に、道はないと思った。


「彼の意見は、確かに筋が通っている。他に意見がなければ、彼の意見に従おうと思う」


 どこからも、反対の声は上がらなかった。


「では、これにて会議を閉幕する。ラスクドに未来があらん事を」


 ロイスさんは、礼をして演台から降りた。他の人たちも、それぞれ議事堂を離れる。


「メルサ様、本当に大丈夫でしょうか……」


 フェグが不安げに聞いてくる。


「今さらそれはないよ。まあ、やるだけの事はやってみるつもりさ。もう無駄な争いなどしたくないしね」


 はっきりと言う。それを聞いていたのか、ペルさんが肩をたたいた。


「お前のそういう所が、最近俺は気に入ってるんだ。頼むぞ」


「私たちも出来るだけの事はやってみるつもりです。何もせずに降伏だけはご免ですからね」


 ロルベルトさんは、任せろといった感じ。


 僕らは、それぞれの道を選択した。


    二


「あの時は、僕自身何も考えずベルタアークを発動したけど、今度はちゃんと考えて魔法を使わないといけない。そうしないと、守りたい人たちまで巻き添えになってしまう」


 真っ先に相談したのは、もちろんギーアスさん。他にも、ペルさんやロルベルトさん、フェグたちもいる。あと、ギーアスさんが声をかけてくれたみたいで、飛べる人を何人か呼んでくれたみたい。


「もちろんだとも。しかも敵の数は一万というではないか。敵を足止めするためだけでも強力な魔法を放つ必要がある。しかし君は、まだ一度しか使った事がないし、それも不完全な形でしかない」


 その通りだからこそ、一体どうすれば……。


「一日でベルタアークを制御出来るだけの、強力な力を付けるには、正直時間が足りないと思うのだが……」


 それは確かにその通りだった。でも他に手段があるようには、どうしても思えない。


「単純に魔法を放つと言っても、魔法を放つには精神力と体力が要求される。高位魔法であればなおさらな。正直君はどちらもまだ完全ではないと思うのだ」


 さっきから言われている事は、否定できない事ばかり。


 魔法を放つには、ある程度的の近くに行かなければならないし、そうすれば邪魔も入る。邪魔が入れば気が乱れ、精神が乱れてしまう。それに怪我をすれば、それだけ魔法の威力は落ちてしまう。集中力が乱れてしまうからだ。当たり所が悪ければ、致命傷にだってなる。


「限られた時間で私に出来る事は、君の精神力を高める事くらいだ。しかも、その間に飛行訓練もしなければならない」


「まずは翼を出して、精神を集中させてみて」


 飛行訓練のためにきてくれた、鷲人族のユイラーさんが、僕の後ろに立つ。


「素質は悪くない筈なんだがな……あの槍を使えるのだから」


 ギーアスさんの言葉が重い。


「ときに、武器は使用者を選ぶ事がある。特殊な武器であればなおさらだ。そして、あの槍は特殊という面では、世界でも指折りのはず。普通は槍の状態とナイフの状態を、瞬時に使い分けるなんて事はできない」


 武器に詳しいらしい、セイムさんという獅子族の人が教えてくれる。ロイスさんの姉という話だ。


 確かに襲われたときに、槍とナイフとで自由に使い分けていた。でも、それが普通だと思っていたから、いまいち実感がわかない。


「周囲が気になっているようでは、まだまだだぞ」


 後ろからマルサさんが言ってくる。


「時間さえあれば、メルサ君なら出来ると思うのだが……」


「ギーアスさんでしたよね? そんなに簡単な事なのでしょうか?」


 ロルベルトさんは、どこか疑わしげ。


「精神をそのくらいで乱してどうする! 敵は一万だぞ」


 その言葉に返す言葉もない。僕は再び精神を集中させた。


「最悪、仲間を集めて彼を上空に運ぶしかないな。それで魔法を放つ。完全ではないが、それ以外に方法はないかもしれない」


 そう言って、マルサさんが突然僕の背中をつかんだ。


「この状態でも、集中力を切らせないようにするんだ」


 僕はマルサさんの言葉を無視する事にして、出来るだけ精神を集中させる。


「その状態で、紋章を思い浮かべてみて」


 セイムさんの言うとおりに、僕の持つ赤と青の紋章を思い浮かべる。でも、何の変化も無い。


「まあ、そんな簡単にできるはずはないわね」


 散々な言われように、一瞬気がゆるんだ所を、マルサさんに小突かれた。


「また気がゆるんだ。もっと集中させろ!」


 ★ ★ ★ ★ ★ ★


 そんなやりとりが三時間以上続く。


 周囲の動きにも気を紛らわせる事はなくなってきたけど、まだ魔法に必要な紋章は一つも描けない。


 僕はそれが悔しくて、一層精神を集中させる。すると気のせいか、体が軽くなった気がした。


「メルサ、君は一体!」


 マルサさんが突然叫ぶ。僕はそれを無視して、紋章の事だけを一心に考えた。


「メルサ君、集中力を維持したまま、後ろを見る事は出来る?」


 セイムさんの言葉に何の事かと思い、後ろを見た。そこには信じられない光景があった。


 背中にある僕の白い翼、青、赤の翼が、それぞれ輝いていた。そして、僕はマルサさんの手助け無く、宙に浮いていた。


「まさかこんな事が……」


 ユイラーさんも、驚きを隠せないでいる。しかも、先ほどより集中力が落ちているはずなのに、輝きを失う事はなかった。


「とにかく、出来る限りの事をやってみましょう。ユイラー、いいわね」


 ユイラーさんが頷く。


「メルサ君。君の一番大切なものを心に浮かべるんだ。それを守る思いで紋章を思い浮かべてみろ」


 ユイラーさんのその言葉で、一番最初に浮かんだのは、他でもないガーランだった。彼を守れなかった思いと、彼が見たかったと言った新しい竜族の町。それを一心に思い浮かべる。


「おぉ!」


 マルサさんが驚きの声を上げる。目の前に、まだ一つだけだけど、青い巨竜族の紋章が浮かび上がっていた。


「そうか……君はガーランという人を、それほどまでに……」


 ユイラーさんが、驚きを隠せずに僕を見つめている。


「僕はガーランに約束したんです。形は少し違っても、その思いは変わりません!」


 僕の叫びと共に、一斉に周囲に赤、青、白の紋章が浮かんだ。紋章が輝き、それと同時に、腰にあるまだナイフのままのシェルスプの槍が振動する。


「メルサ、そこでやめろ! それ以上やると、ここで魔法が発動してしまう!」


 誰かの叫び声がしたけど、それと同時にどんどん地上から離れていく気がする。


 僕が気を緩めようとする寸前、全ての紋章が重なり、ナイフから槍に変化して光の柱が現れた。直後に大音響が響き、土煙が覆う。


「あぁぁ……」


 下の方で、ギーアスさんの悲しげな声が聞こえた気がした


 僕はすぐに深呼吸して、心を落ち着かせた。


 土煙が消えると、そこにあったはずの一軒の家が、跡形もなく消えている。いつの間にか、かなり高い所にいた。すぐに地上に戻る。


「まあいいさ。家は造れば元に戻る」


 とは言いつつ、ギーアスさんは複雑な表情をしている。どうも僕は、ギーアスさんの家を吹き飛ばしてしまったようだ。周囲からはちらほら笑い声も聞こえていた。


「今の感じを覚えておいて。あとは練習あるのみね」


 僕は静かにセイムさんに頷くと、ゆっくりと地上に降りて翼を畳んだ。全ての翼の輝きが、消える事なく畳まれる。


「まるで奇跡を目にしているようだ……」


 ギーアスさんが呟く。


「君なら出来るかもしれない。私も実際には、ベルタアークを見た事はないんだ。まあ、私の家の事は気にするな」


 意外だった。ギーアスさんくらいは、見た事があると思っていたから。


 翼を広げるイメージを、ゆっくりと思い浮かべる。それに呼応するかのように、それぞれの翼が広がってゆく。輝きを持つ翼は、それはまるで虹のようだ。


「あとは君自身の問題だろう。我々に出来るのは、せいぜいきっかけを作るくらいだからね。だからといって、無理はしないでくれ。町ごと吹き飛ばされたら、たまらないからな」


 ギーアスさんの言葉に頷いた。周囲でまた笑いが漏れている。


「我々は、町の守りの手伝いをしようじゃないか。メルサはもう一人で大丈夫だよ」


 ギーアスさんの言葉に、他の皆が首を縦に振る。


「僕は、必ずやってみせるよ」


 後ろ姿の彼らに、僕はそう答えた。


 ★ ★ ★ ★ ★ ★


 あれから日が暮れるまで、僕は必死で精神統一を繰り返し、ベルタアーク発動寸前まで練習を繰り返す。


 でも、どうしても達成出来ない目標があった。それは、魔法発動まで十五オプスくらいかかってしまう事だ。


 威力を無視すればもっと早くできるけど、敵の数を考えれば、最大の力で魔法を放ちたい。お湯が沸く時間くらいだから、戦場では結構長い時間。町が充分攻撃されるには十分過ぎる。せめて時間を半分に出来ればと思う。


 それをペルさんたちに相談すると、にこやかに笑ってこう答えてくれた。


「それくらいは、俺たちで何とかするさ」


 僕は僕なりに出来る事を、しなくてはならない事を心に決めた。僕は一人じゃない。そう思えた暖かい言葉は、とても嬉しかった。


 ペルさんたちも、敵の来る正面の壁を補強し、その前には深い溝を掘っていた。簡単には突破されないように。その作業には、普通の人たちも参加したようで、慌てて町から逃げ出した人は誰もいなかったらしい。


 それどころか、僕の魔法の威力を見た人が噂を広め、逃げ出そうなどという人は誰もいなくなったらしい。


 ただ、本当にそれで良かったのか、僕には不安で仕方がない。


 それに、戦闘に参加する人もかなりいるようで、即席の弓が大量に用意されたりもしていた。普通の弓よりは威力は落ちるかもしれないけど、何もないよりはましだと思う。


 ただ、僕は普通の人を戦いに巻き込みたくなかった。その意味では、正直悔しい。それに、それだけ僕の役割が重要かと思う。余計にやらなければとの思いが強くなる。


 みんなの命が僕一人にかかっているのは、誰の目にも明らかだ。


 僕は、やれる事は全てやろうと、一人暗闇の中で精神を統一させた。

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