第九章 伝説
一
フェグに連れられて、町の中の様子を見る。
ギーアスさんのいた地区を除けば、基本的に建物の大きさはそう変わらない。実際に巨竜族用として建てられているのは二つだけという話で、残りは今後ここに来たときのためだという。
家はギーアスさんが自分で作ったらしく、他の人の手は借りていないのだとか。
聞けば、この草原に最初に入植した人たちは、巨竜族を受け入れる代わりに、他の者と特に区別はしないという形になったらしい。ギーアスさんの方は、安息の地が得られれば構わなかったらしく、それに従ったという。
町自体は、まだまだ建築中の建物も多く、人々は皆忙しそうにしていた。皆が協力して町作りをしていて、それはギーアスさんも同じ。その巨体を生かして、今は屋根作りを手伝っているくらいだ。
「まだ十分な家も無いのが現状です。共同生活をしている者も多くいます。特に我々竜人族は、まとめてかなりの者が入ってきました。せめて家族単位での家は用意したいというのが我々の願いですが、元々材料となる木材が不足しており、作業は進んでいません。それでも、ギーアス様などが、遠方から木々を運んでくださっているので何とかなっています」
僕はただただ感心するばかり。
「こんな状況では、戦争など出来るはずがありません。それに、ここに来た者たちは、ほとんどが戦争が嫌で逃げてきた者たちです。彼らに戦えとは言えません」
フェグは俯いたまま話す。確かに町の様子を見れば、戦争など出来るとは到底思えなかった。それだけに、町に到着した直後に聞いた話が重い。
「実際の所、戦いの訓練を受けた者はごく僅かです。そんな状態で正規の軍隊とは戦えません。だからこそ、この町の存在が外部に漏れる事を恐れているのです。そして、現実になってしまった」
「しかし、守らなければこの人たちは……」
見れば見る程、そこにいるのは普通の人々。本来守られるべき立場の人ばかりだ。そんな彼らを、むやみに戦争に巻き込みたくはない。
「あの戦争も、実は仕組まれていたのです」
「エルバ王国の事? それなら多少は聞いているよ」
掻い摘まんでだったけど、少しは聞いた。でも、今の僕にはどうする事も出来ない。それでも、聞いた事をフェグに伝えた。
「それ以上です。実際は、それ以上だったんです」
「え?」
思わず足を止めてしまった。
「歩きながら話しましょう。実は、最初からあの戦争は、エルバ王国が仕組んでいたらしいのです。私もここへ来て知りました。見つかった鉱山では、珍しい多くの鉱物が、一度に採掘可能だったようです。それを何としてもエルバ王国が欲しかった。しかし、エルバ王国単体では私たちに敵わない。そこで、連合の力を利用したのです」
「そんな。それじゃあ、連合の他の国は?」
「エルバ王国が農業国なのはご存じですか?」
「うん。途中で通ってきたしね。それで鉱山を欲しがっていたのも聞いたよ」
「あの国だけなんですよ。連合の中で農業国なのは。見つかった鉱山は、偶然にもエルバ王国にほど近い場所にあった。それで、彼らは鉱山を手に入れるために、あらゆる手を尽くしたようなのです」
「そんな事のために……」
多くの人を失ったのかと思うと、心が痛む。
「彼らにとっては、死活問題なのでしょう。なにせ、鉄器はもとより、あらゆる金属製品は輸入に頼っているようですから。タルツークは必ずしも豊かではありませんでしたが、それでも国民が飢えない程度の食料はありましたし、他の資源もありました。しかし、エルバ王国にはなかった。それが大きかったのだと思います」
父は何も教えてくれなかった。なぜ教えてくれなかったのだろう。
「じゃあ、ここを攻めてくるとしたら……」
「エルバ王国だと思います。ただ、私もここに来て間もないので、鉱山がこの地にあるのかまでは知りません」
「また、戦争になるのかな……それは、もう繰り返したくないのに」
「竜人族に伝わる伝説が、この場で起きれば、違うのでしょうが」
「伝説?」
伝説と聞いて、ガーランが言っていた事を思い出す。
「私も詳しくは知らないのですが、一人の竜人が神の洗礼を受け、町を守るというものらしいです」
あまりに曖昧な話に、希望すら持てないと思ってしまう。
「この町の竜人族で、最年長の者が多少知っています。お聞きになりますか?」
町の様子もおおそよ見当がついたので、僕はその人に会いに行く事にした。
★ ★ ★ ★ ★ ★
古い町の通りを過ぎ、ある一軒の家の前で止まる。二階建てのその家は、周囲でも特に古い建物の一つだ。
「ドラアス、いるかい?」
フェグが建物の扉を開けて叫ぶ。奥から一人の、緑の鱗をした竜人が現れた。かなりの歳に見える。緑の鱗が少しくすんでいる。
「こちらはアーツ・メルサ様。元タルツーク王国の王子だった方だよ。君の話を聞かせてくれないかな」
老人は僕を見るなり、直立不動の姿勢を取る。そして、両膝をついて僕に向かってお辞儀をした。タルツークでも滅多に見ない、儀礼の時に行う正式な礼の仕方。
「フェグ! お前は竜王様に何という態度をとっているんだい!」
二人で呆気にとられてしまった。頭を上げてくれるよう頼むと、やっとこちらを向いてくれる。それでも直立不動の姿勢は変わらない。歳をとっているようには、到底思えないくらいだ。
「いくら歳をとったからといって、目はまだ節穴じゃないよ。そうでしたか、さっき感じたのは、あなた様が竜王の洗礼を受けた証だったのですね」
ドラアスさんは、深々と再度頭を下げる。
「頭を上げてください。僕は何も知らないし、竜王というのもまだ理解していないのです」
正直に言うと、ドアラスさんは頭を上げて、近くのテーブルへ案内してくれた。
「こんな老いぼれの話で良ければ、いくらでも話して差し上げますとも。竜王様の頼みとあっては、断るものも断れませんからな」
老人は静かに席に着いた。それに習って、僕らも椅子に座る。
「ドラアス。あの昔話を話して欲しいんだ。竜人族を救ったって言う話だよ」
「分かりました。今から話す話は、遠い昔に実際あったといわれる話になります。私の生まれるよりも遙か昔ですので、真実とは少し違うかもしれませんが、その辺りはどうかご勘弁を」
遠い記憶を探るように、老人は天井を見つめた。
「その昔、まだタルツーク王国が誕生するよりも、さらに前の話です。そこには七人の巨竜族様と竜人たちがいました。まだ村といった方がよいような小さな町でしたが、争いもなく幸せな暮らしをしていたそうです」
七人の巨竜族と聞いて、ガーランたちを思い出す。
「その町では、貴重な石が採れたとの事でした。農業以外では、その石を採るしか無く、それを他の町と交換していたそうです」
「貴重な石の事は、相変わらず思い出せないのかい?」
フェグが聞く。
「さあ、そこまでは。ただ、他の地方では産出されない石だったといわれています」
「続けて」
話の腰を折らないよう、先を続けてもらった。
「そこへ人族が現れました。彼らはその石に目を付け、一緒に採掘しようと持ちかけました」
「その辺は飛ばしても構わないんじゃないのかな?」
フェグが再び言う。僕はそれを制止した。最初から全て聞きたかった。
「その町にとって、その石は貴重な資源でした。農作物だけでは、なかなか町を維持出来ません。ですので人族の提案を断りました」
まあ、当然だと思う。他に資源がなければ、死活問題だろう。その辺は、どこかタルツークと似ているとも思える。あの戦争も、元々は鉱山の領有権争いだった。
「何度か人族は交渉をしてきたようなのですが、その度に断っていると、ある日突然、事もあろうに戦争を仕掛けてきたのです」
「ひどいね……」
思わず言ってしまった。何があったのか分からないけど、武力で奪うのは良くないと思う。
「ひどいのはこれからです。小さな町でしたので、町の人々は次々と殺されました。何より、町の人たちはほとんど武装していませんでした。残された人々は、鉱山に集結し最後の抵抗をしました」
「巨竜族は、戦いに加わらなかったのかい?」
巨竜族の力があれば、ある程度の戦いは防げると思う。いや、その力があれば、人族が攻め入る事など出来ないのではと思う。
「彼らは、竜封じの宝玉を持っていたといわれています。為す術はありませんでした。鉱山に残った最後の人々も、抵抗出来る十分な武器は持ち合わせていませんでした」
竜封じの宝玉と聞いて、ガーランの事を思い出す。何と忌々しい物だろう。
後でペルさんたちから聞いたけど、僕らの力を一方的に奪う事が出来るだなんて……。
「武器も残り少なく、残った町の人々は、鉱山から採れる石で最後の武器を作りました」
「武器一つ作った所で、状況が変わるとは、どうしても思えないけどな」
フェグがまた横やりを入れる。それを無視した。
「その石は加工され、槍になりました。そして残った者の中で、もっとも勇敢だった若者に託したのです」
「じいさん、武器一つ、若者一人じゃ戦争には勝てないよ。前にも言っただろう?」
フェグの横やりを、ドラアスさんは無視する。
「若者は槍を構え、竜の神に祈ったといわれています。そうした所、竜の神が力をお与えになり、目の前の千の敵を、一瞬で消し去ったというのです」
「なかなかすごい話ですね」
実際その通りなら驚異的だ。魔法でも、そのような事はまず出来ない。
「若者は竜の神に感謝し、自らの血をその槍に注いだといいます。そうした所、槍がナイフに変わったそうです」
どこかで、似たような事があったと思うけど、どうしても思い出せない。
「それ以来、その槍を若者の名前をとり、シェルスプの槍と名付けたといいます。簡単ですが、これでお話しは終わりです」
驚きのあまり、声を失ってしまった。腰にあるナイフを、静かに触る。
「千の敵を倒したときに、どのような技を使ったのか、覚えていらっしゃいませんか? どんな些細な事でも構いません」
思わず聞き返してしまう。興奮を抑えられない。
「申し訳ありません。そこまでは存じ上げません。ただ、ギーアス様なら、何かご存じかと……」
居ても立ってもいられず、簡単な挨拶を済ませてギーアスさんの元に急いだ。もしかしたら、町を救えるかもしれない。その思いを信じて。
二
「メルサ君、そんなに急いでどうした?」
僕の急いで来た姿を見て、ギーアスさんは驚きを隠せないようだった。
息絶え絶えで、話せるようになるまでしばらくかかってしまう。そうしているうちにフェグも来た。
「メルサ様、どうされましたか?」
「ギーアスさん、あなたはシェルスプの槍を知っていますか?」
答えは聞かずとも分かった。彼の顔は、驚きに満ちていた。
「伝説の槍だ。我々に伝わる槍で、大魔法を操れるといわれている……」
腰にあるナイフを取り出すと、槍のイメージを思い浮かべる。ナイフは一瞬にして槍へと変貌した。
「そ、それは!」
ギーアスさんは、震えながら槍を指さしている。
「ガ、ガーランが死の間際に言っていた筈なんだ。シェルスプの槍と……」
「伝説が本当なら、まさしくその槍だ。一体どこでそれを?」
町の露店で買った経緯を話す。そして、この槍を使って起きた事を。ギーアスさんは、何も言わずに聞いていた。
「……ベルタアーク」
ギーアスが呟く。
「ベルタアークだ。大魔法ベルタアーク。その威力は一瞬にして全てを滅ぼすとも言われている。てっきり失われていたと思っていたが……」
ギーアスさんの、声の震えは止まらない。
「その魔法の、魔方陣が何か分かりますか?」
「魔方陣そのものは知らないが、聞いた話では、竜王の紋章の中央に、シェルスプの紋章を描くらしい。しかし竜王やシェルスプの紋章など、私でも分からない」
興奮を覚える。僕の身体に刻まれた紋章が、それではないかと思うのだ。ただ、シェルスプの紋章が分からない。
「紋章は、きっと僕に刻んでくれたこの印です。あとは、シェルスプの紋章さえ分かれば……」
そう言うと、ギーアスさんが言った。
「君自身だよ。君自身が紋章なんだ。君を中心にして竜の紋章を描くとき、きっとベルタアークの魔法が完成する」
思ってもいない答えに、僕は絶句してしまった。僕自身が紋章など、思いもよらなかった。
「しかし、ベルタアークの魔法は、空から放つと聞いた事がある。君にそれが出来るのか? まだ飛べないと言っていたではないか」
「はい。なので、どうしても飛ぶ訓練をしないといけません。ガーランには、それを教わる時間がありませんでした。一体どうすれば……」
「君は竜王だけではなく、救世主なのかもしれない」
ギーアスさんの発した、救世主という言葉に、僕は違和感を覚える。僕はそんなつもりなど全くない。
「僕はそんな事は……」
「その皆を思う心が、何よりの証明だよ。王とは、力が強ければ良いという物ではない。皆の事を考えられる者。国の事を考えられる者にその資格があると思う。少なくとも君は、独善的に力を使おうとはしていないと思う。なに、飛ぶための訓練なら、私にだって手伝えるだろう。他の者も事情を説明すれば、喜んで協力してくれるはずだ。心配する事はない」
ギーアスさんが優しく答えてくれた。
「大変だー!」
そこへ空から大声がする。僕たち全員が空を見上げた。




