#012 正反対な同期
巌城は椴松との出会いを思い出していた。
椴松とは高校時代からの仲だ。
同じ剣道部に所属しクラスメイトだった性か、
「親友」という風になるまで時間はそれほど掛からなかった。
3学年まで上がると巌城が主将、
椴松は副主将となっても関係が崩れることはなかった。
椴松の両親が犯罪者として逮捕されるまでは・・・。
14年前、まだ18歳の・・・丁度今頃の春先のことだった。
都内で頻繁に発生していた銀行強盗の容疑者として、
監視カメラの映像や事件現場に残った指紋照合の結果から逮捕に至った。
しかし、取調べでは容疑については否認を続けていたため一旦
動向を窺うために警察は保釈という形を取ったのだが、余程聴取が厳しかったのか
保釈から2日後アパートの一室で練炭自殺を図っていた。
病院に搬送されるものの、救急車内で息を引き取った。
結局のところ警察が出した答えは、
2人の自殺と証拠から考えて書類送検、被疑者死亡で不起訴処分となった。
そこからだ。椴松が変わってしまったのは。
荒れに荒れた非行に学校側は退学処分を受けた椴松は、
『スラム街』で生活を始めると脱法ハーブに手を出すだけでは物足りず
ついにはギャングを組織するトップになった椴松は暴行事件を起こしていった。
どん底まで落ちた気分から脱するために、ただただ痛みで忘れたかったのだろう。
スリルを味わうためだけが、殺人未遂まで行った時だった。
救いの手を差し伸べたのは、かつての親友であった巌城ではなく、
―――磯部さんだった。
当時、スラム街に隣接するミスト街の河崎署で生活安全課に在籍していた
磯部巡査は少年事件のひとつとして椴松をマークしていた。
事件の前から近所付き合いもあったせいか気に掛けていた磯部は、
社会復帰させるために惜しまず協力していった結果、
―――椴松は奇しくも巌城と同期の警察官となった。
暫くして磯部が警視庁捜査一課に配属されると、頭角を現したように
凄まじい勢いで椴松は巌城の階級を越えて警部補へ昇進していった。
それも黒い手口、
過去に組織したギャングの連中を情報屋として扱い一般人からは
入手困難な事件の情報や証拠・証言者を使って違法な捜査で事件を追っていた。
署内では「黒い刑事」と呼ばれるほど、
ある種の嫌われ者だが検挙率は常にトップという業績を持つエリートの椴松は、
―――巌城とは一年違いで警視庁捜査一課の刑事となった。
いまから思えば、赤刃と椴松はよく似ている。
危なっかしい捜査方法や性格・思考能力、違うことと言えば家の問題くらいだろう。
一本タバコを吸い終えた後、灰皿に押し込んで火を消すと巌城は
ケイタイ電話を開いてグループメール作成ページで
グループメール
【宛先】捜査一課4係メンバー
【送信者】警部補 巌城祭
【文章】本日27日PM6時30分より定例のミーティングを行う。
時間帯に問題がある場合はAM8時までに要連絡。
カチカチ、とボタン入力で文章を打ち込み、
4係メンバー全員に行き渡るようにグループメールを送信した。
27日AM0時11分。
低俗区『スラム街』チャイナタウン、廃墟跡地。
常識、という言葉の意味を一般人から言わせれば、この深夜時間での
爆音は迷惑この上ないことだがココの住人にとっては普通。
メタル音がドカドカ、と響き渡る中でダンスする未成年と思われる女性を囲うように
両手を女性の肩に乗せGIカット、
―――アメリカ兵に多い短髪で、角刈りに似ているヘアスタイルをした
30代前後の男性はソファーに腰かけ中心部で40度近い洋酒をがぶ飲みしていた。
男性の手首には金色に輝く腕時計、
耳や首にも高級そうなアクセサリーを身に着けていた。
男性は爆音の中、微かに聞こえた着信音に気付きスマートフォンの待ち受けを見ると
女性の肩に乗せていた両手を上下へ動かして、ある合図を送った。
合図に従って女性らは立ち上がる。
それを理解したように周囲の人間は爆音を止め、スポーツカーやマッスルカーに
乗り込んで姿を眩ませ一人、
静かな夜に送られてきたグループメールに捨て台詞を吐いた。
「―――クソ喰らえ」