#011 年長者の務め
3月26日PM11時48分。
警視庁刑事部捜査一課、第三強行犯捜査第4係、対策室。
巌城は煮詰まった顔で悩んでいた。
4係のメンバーに新たに加わる赤刃と「麻薬騒動」について。
赤刃の過去の資料を見る限り、
―――優秀の一言に尽きるが異様なスピード出世と高い検挙率からは、
高いプライドを持っていることが予想される。
複雑な事件にとって円滑な捜査が求められる、赤刃の能力には期待しているが
メンバーとの人間関係とプライドがどういう方向に向かうかが悩みの種だが
問題なのは次だ。
2週間前で解決したかに見えた「麻薬騒動」、
―――匿名の110番通報で容疑者は伊達であることは確定している。
廃墟から見つかった資料によれば、3年前の「麻薬騒動‘17」と大学准教授の殺害
さらに探偵古賀の指摘通り10件以上の偽装自殺を起こした異常犯罪者だ。
合成麻薬の材料となる品種改良したケシと
培養研究の実験道具から指紋が検出されているが、未だに行方を眩ませている。
ここ2週間で目撃情報なしの上、来週以降
他課に回されてしまう為に始末書を書く始末、・・・始末書だけに。
そこへ一本の着信音が対策室に響く。
ケイタイ電話の待ち受け画面には「赤刃」とある。
右手で始末書を書きながら、巌城は左手で通話ボタンを押して電話に出る。
なんだ、という疲れ切った言葉から通話に応えた。
『お疲れさまです、巌城さん。率直に申し上げます。
『今回の事件の担当部署は本庁捜査一課ですか?
『それとも最初の事件とされる傷害事件を担当した所轄署ですか?
「・・・まだ決定はしていないが連続暴行事件との関係濃厚度から見て、
「警視庁が担当することは必然と見ていい。
「今回の一件、俺は動けんがお前と叢雲で捜査に当たれ。
「他のメンツは後ほど紹介する、任せたぞ。
ケイタイ電話の電源を切ると、始末書に主任の印鑑を押して係長のデスクに置いた。
両手を組んで軽くストレッチをした後、早足である場所に向かった。
喫煙室だ。
室内にはひとり、タバコを噴かす男性の背中が見えた。
背丈や靴の色と髪形から推測して上司の係長だと直ぐに分かった巌城は、
お疲れさまです係長、とドアを引いて挨拶をした。
「おお、おつかれ」
「珍しいですね。係長がこの時間帯までいるのは・・・。
巌城の上司に当たる係長、磯部警部の仕事のほとんどはデスクワークに限られる。
勿論場合によっては、現場に顔を出すことはあるが
大抵は会議または急ぎの案件がない限りは、部下に任せて定時帰宅が多い。
「課長から連絡があってな。例の連続暴行事件とされている件、
「ウチの係が担当することになった。担当刑事は・・・、
「既に任せましたよ、例の新人の赤刃と叢雲に」
「そうか、ならいい。
「それよりもお前、4月から発足する新しい部署への人事だが・・・。
「ウチの宮城と私が選ばれた。この意味が分かるな、巌城。
「―――来月から階級としては異例だが年長者のお前が係長、
「主任は色々と問題はあるが椴松警部補ということになった。
電子タバコを銜えると磯部は、任せたぞ、というような感じで
巌城の肩をポンポンと軽く叩いて喫煙室から去っていった。
それを確認すると深い溜め息をついて巌城は、
一本タバコを銜えて火を灯しニコチンを吸い込むものの気が晴れることはなかった。
苦悩の種は勿論、同期の椴松だ。