#009 ランナー
「憶測で判断できるのは、刑事ではなく探偵のすることだ」
上から目線で叢雲に注意した訳ではない。
刑事という仕事は、知っての通り国家公務員だ。
それは言い返えせば、
国から頂いたひとつの大きな役割であると同時に称号でもある。
国の代表、
と言えば大き過ぎるかも知れないが言葉は選ばなくてはならない。
特に死体発見現場から離れた黄色の立ち入り禁止テープの外なら尚更だ。
「場所、変えようか」
「いや、ここでいい。おれのミスだ、気にしないでくれ。
「―――ひとつ、言っておく。オマエの考えは間違っていないよ」
助言を言い残して、赤刃は野次馬の中に消えていった。
赤刃は歩きながら思考を進める。
筋金入りの体力バカかと思いきや、多少なりともまともに頭は回る。
通りで交番勤務から異例の大出世、といった処か。
・・・、
叢雲やオレが考えていることネット上の各々に記載されている通り、
「イジメ」から発展した自殺に関与していることはほぼ間違いないが、
犯行・犯罪のレベルの違いが気になる。
気になり出したら、調べるのは刑事の性だろうか。
襲う目的だけから、
拉致・監禁・拷問、よほど手慣れてなければ出来ない芸当だ。
それも緻密な計画性と身体を気配る治療技術、
3つの罪を犯す度胸、
死体遺棄までの道のりや犯人捜しに必要不可欠な証拠なし、
と考えればIQは並み以上。
そう推論付けるなら、答えはひとつだ。
―――この殺人事件の前に発生した連続していた
『暴行事件』を探る必要がある。
青味の掛かったデニムパンツのポケットからスマートフォンを取り出す。
地図アプリから「24H ネットカフェ」を検索すると、
音声ガイドが目的地までの徒歩所要時間と距離を通達した。
『徒歩約20分、東へ1.5キロ先です』
「・・・遠いな、仕方ない。走るか」
準備運動なく、赤刃は助走から一気に加速した。
軽く膝を曲げ、―――跳躍。
電柱からビルの屋上、そこから別の屋上へ跳び移り、
地図アプリに表示された最短距離を駆けていく。
ランニングは、いい準備運動となると同時に気分転換となる。
ただ赤刃にとってのランニングはただの走りではない。
パルクールというフランス発祥の運動方法の一種で、
走る・跳ぶ・登るなどで周囲の環境を利用した身体動作でどんな地形でも
自由に動ける肉体と困難を乗り越えられる強い精神が必要とされる。
この技法を赤刃は刑事になる前から既に身に着けていた。
裏の稼業である『掃除屋』にとって、
逃走ルートを確保するのは必須事項だ。
ただ単にルートを確保するだけではダメだ。
万が一を想定した上で、独学で赤刃はこの技法に辿り着いた。
応用を掛け合わせれば徒歩20分の距離を4分の1まで削れる。
大通りまで辿り着いた赤刃は、細い路地に着地した。
軽く深呼吸で脈と乱れた髪を整え、
大通りを真っ直ぐ横切って「Net‗Cafe 朧」へ入店した。
「朧」から連想されるのは、まず春の夜のほのかにかすんだ月、
―――朧月だろうか。
まあ、この店の名前はただここの店長から拝借しているだけだと聞く。
この町で赤刃にとって親しい人間は、彼女の他にいない。
恋仲という意味ではなく「友」として、裏稼業のパートナーとして
構ってくれる唯一無二の存在。
このことを知るのは僅か一人、
―――弥勒という正体不明の人間だけだ。




