#021 体調管理
神崎は春先にしては、
暑すぎる熱気と日射にバテた身体をカウンターに座ったまま倒れ込む。
額から頬、首筋まで汗が伝い
白いワンピースに染み込む前に右手で払って汗を遮る。
次第に冷房機器の効果が表れ始めたのだろう。
風向が自動で切り替わり、
汗の性で湿ったワンピースに冷気が当たり冷たさを感じた。
ふぅ~、と一息ついていると先程の女性が
漆で塗ったお洒落なお盆に
美しい水色に自然な緑が雑じりあったグラスを乗せて運んできた。
「お待たせしました、冷茶になります」
カラン、とグラスの中の氷がぶつかり合う音が心地よく聞こえた。
緑茶の旨味を堪能するのにぴったりとされているのが、
―――冷茶。
低い温度で淹れるため渋味成分を抑えられる一方で、
甘味や旨味成分のアミノ酸をしっかり出すことができる。
使うお茶によっては様々な冷茶が楽しめるが、
豊かな自然の緑色がキレイにでる
深蒸し前茶が一番のおススメとされている。
本来なら渇いた喉元を早く潤したいところだが、
あまりの美しさに神崎は躊躇いながらグラスに唇をつけ
一口分にも満たない少量の冷茶を舌で味わい喉の奥へ。
「美味しい・・・」
いままでここまで美味しいと感じたお茶に出会ったことがなかったからか、
自然と言葉に出してしまうほど。
「ありがとうございます。
「まだ夏ではありませんが、水分補給には冷茶が一番ですからね。
満面の笑みでお礼を言う女性は、
ごゆっくりどうぞ、と神崎に告げるとお店の準備を始めた。
彼女の言う通り、
神崎はゆっくりと冷茶が醸し出す
爽やかな香りと味を満喫しながら口にしていく。
口にして数分後・・・。
ハッ、と目的を忘れていたことに
気付いた神崎は立ち上がって彼女に尋ねた。
「あの、私。探偵事務所Silver Crossの神崎と言いますが、
「こちらに赤色またはピンク色に近いスマートフォンの落し物か
「忘れ物はないでしょうか。
尋ねた質問に答えるどころか、
彼女は神崎に怒りをぶつける様に食って掛かった。
神崎の身体を上から下まで見て、
「あなた、古賀さんに色仕掛けでもしたの?
「それとも脅迫かしら。
「はい?」
神崎は頭の中でクエスチョンマークが浮かんだ。
お店の店員さんである彼女が、一体なんのことを言っているのかさっぱりな状況に
神崎の後ろに現れた人物の登場がさらに現在の事態をややこしくした。
スキンヘッドに青黒い無精ヒゲ、
白い肌に青い瞳、鏡のように映る神崎の自身の姿に戸惑う。
ガタイのいい外国のプロレスラーのような体つきに剛腕から想像したのは、
―――これから売春婦として売られていく自分の末路か。
―――はたまた奴隷として監禁され好きなように弄ばれるか。
春先の異常気象から来る暑さがもたらした熱気での汗ではなく、
純粋な恐怖から来る冷や汗がダラダラ流れ落ち、ふらっと倒れる。
神崎は他人からは熱中症で倒れたように、
実際には恐怖のあまり思考回路が着いて行かずに気絶しただけだった。




