#010 弱さ
私は羞恥心でいっぱいだった性か、早歩きでマンションを飛び出した。
すれ違う人、全員が私の敵であるように見つめている。
そういう錯覚だと分かっていても、反射的に目が下へ行く。
周囲に全くと言っていいほどに
警戒をシャットアウトさせていた訳でもないが、
この時の私には前が見えていなかった。
――――キッキィ―――、と耳に響く音がした。
急ブレーキの音だ。
私の右方、僅か1メートル弱の距離にトラックが急停車した。
トラック運転手が車内から乗り出して私に叫んだ。
「バッカヤロー、死にて~のか」
「ご、ごめんなさい」
後ろに退いて、道を開けた。
トラックは左折して、私が来た道へ走らせる。
私をあしらう様に助手席に座っていた人間が、吸い終わったタバコを
親指で弾いて消し切れていない火がクルクルと回るのが私の目に映った。
吸い殻は私にぶつかった。
幸い、肌には当たらなかったもののワンピースが焦げてしまった。
私は、自らの頬を叩いた。
むかし、幼い頃に母が教えてくれた。
心が揺れた時、迷った時にこの叩いて傷ついた痛みが自分の弱さだと。
弱さはここに捨てなさい、言った母の言葉を思いだして私は
次の目的地、
3高区『銀座ホール』酒場『bar Artemis』に向け歩き出した。
「ったく、このクソ暑いのにどこの誰だよ。回収を頼んだのは」
「まあ、いいじゃないですか。ここのマンション、女性専用ですからね。
「OLに、ナース。はたまた女子大生かもしれませんよ。
「個人的には、JSがいいな。
なにを期待しているのか、
マニアックな性癖を語るヘビースモーカーの相棒と
トラック運転手は、愚痴りながらもマンションに一緒に入っていく。
「っで、何階の何号室です?」
「12階の4号室、1204」
相棒はゴロゴロと重量物を運ぶための台車を転がせ、
エレベーターに乗せタバコを口に咥えるが
『火災報知器あり』の赤ラベルを見てライターをポケットに仕舞う。
数秒後、12階に到着して扉が開くと同時に相棒は
カチカチッ、とライターに火をつけると
タバコに火を灯しニコチンを勢いよく吸いこむ。
「おい、その辺にしとけ」
「あいよ」
相棒は仕方なく持参している携帯灰皿にタバコを放って、
インターホンを押す。
「ちわーす、回収・引き取りの中山で~す」
我らが『回収・引き取りの中山』は、
電話一本でお客様の不要物を回収・引き取りする廃品回収業者。
本来の営業時間は、
朝方のAM7:00からAM10:30と夕方PM4:00からPM8:30のため
2人は場合によっては、ふんだくってやろうかと考えていた。
「ハ~イ、この冷蔵庫をお願いします」
出てきたのは、
2人の期待を裏切る男性―――それも2人から見てもいい感じのイケメン。
部屋の主の友人と名乗る
若い男は、古い型の冷蔵庫を廃棄処分でとお願いされた。
冷蔵庫と思しき箱状の物体には、既に梱包が施されていた。
相棒はよっこらせ、と両手で冷蔵庫を持って台車に乗せ転がしていく。
中身を知らずに・・・。




