#006 バックアップ
わたしは思考を巡らせていた。
神崎が取り合っていた依頼人、
人物はともかく内容が気になっていたからだ。
落し物の捜索依頼は、珍しくはない。
しかし大抵は財布や携帯電話のような必需品・貴重品は、
交番もしくは警察署に届けるのが基本。
それを自宅や仕事場から大きく離れたウチの事務所に依頼するだろうか。
「トビ、あの依頼人について情報を回せ」
「なんです、美人麻薬捜査官のつぎの獲物は美人OLですか。
「古賀さんって、じつは密かにハーレム希望ですか。
「分かりました。分かりました。そんな古賀さんに一肌脱ぎましょ・・・。
大幅な誤解・・・、この場合は思い込みと言った方が正しいだろう。
これ以上、なにも出来ないように梱包用バンドでイスに縛りつけ、
制裁を加えたわたしは机に置いてあったノートパソコンに手をつけた。
ツバサネットワーク。
2年前、ナノカメラが『最先端技術賞』を獲得した後。
起きた多数の盗撮事件を始めとする通信・情報分野で発生した事件に、
『天使』を名乗るハッカー集団が
いろいろな回線に介入するためだけに作られた
ハッカー専用ネットワークに接続した。
警視庁の生活安全課、
サイバー犯罪対策課のサーバーにアクセスしたわたしは、
人物検索ツール『アルゴ』に介入した。
このツールは調査したい人物の本名を入力することで、
全国圏で全員の写真と経歴が事細かに記載されているシステム。
『河島 順子』と『彼女の画像』を検索した結果、―――1件該当アリ。
「・・・・・・・・・・」
正直、わたしは迷っていた。
このまま神崎にこの情報を伝えるべきか、或いは単独で動くかを。
・・・・・・なにを悩む必要がある。
今回に関しては彼女の能力を見極めるのがわたしに課せられた責務・・・ならば。
答えは既に出ている。
わたし自身が楽しむために、
神崎に悟られないようバックアップといこうか。
依頼人、河島順子の個人情報をコピーしたわたしは、
接続していたツバサネットワークを切断、
ノートパソコンを閉じた上に今月分の家賃を置こうとした時だった。
・・・・・・?
???財布がない。
あれあれ、とスーツの胸ポケットからズボンの方にも手で探るが一向に見つからない。
「なんじゃい、20万か」
年寄り染みた聞き覚えのある声の方角に目を向けた先には、
大理石の床に落ちたわたしの財布と
小さなお年寄りが腰を丸めてお札を数えていた。
「ん、お主も立派になったもんじゃの。
「おなごを雇うとは、滞納金はあと20万円じゃけんの。
「月末までに支払えん場合は、あのおなごを風俗送りにするけんの。
「ワテは孫のトビより甘かないぞ。
彼女が、・・・彼女という歳ではないな。
このババアが金の亡者にして前科のない、
例の仲介業者―――梟谷静である。
むかしは裏社会では名の通ったこの町の『支配者』のひとりだったとか。
いろいろと噂があるが、
ひとりの人間としても、性格上からいっても生理的に受け付けない。
わたしのもっとも嫌いなタイプの人間だ。
何はともあれ、わたしはマンションを出た後。
『河島順子』の親しい間柄にある男の住まいに向かった。
「投稿の気持ち」
探偵と神崎さん、別々の行動に注目です。
次回も読んで戴ければ幸いです。




