#016 溺れた心
3年前の『麻薬騒動』事件の被疑者、伊達 行實。
都立島波高校の数学と生物学教師。
教師になる前に、東京大学で培養研究に携わっていた経歴がある。
准教授を控えていた彼だったが、
論文を学生に先に発表されたことを機に失墜。
上がれる筈だった地位を奪われ、
心身ともに傷ついた彼は大学を去る。
翌年の春。
大学に戻った彼が見たのは昨年、
彼から奪った論文で出世した学生の姿だった。
そこからは想像がつくだろう。
学生への嫉妬ではなく『復讐』。
彼の心は『復讐』によって支配されていった。
高校の敷地内にある閉鎖されていた地下空間を許可申請なく使用し、
かつて大学での培養研究のノウハウを活かし、
園芸の活動と偽って何度もある植物の品種改良に取り組んでいった。
数年の時を経て、
彼は『復讐』に必要な道具を自らの手で作り、実験を始めた。
実験の対象は既に決めていた。
彼が選んだのは、彼に協力してくれた教え子たちだった。
真っ白い粉末を彼特製のハーブティーに混ぜ、
「夜間の勉強の時に、飲みなさい」と言って渡していた。
勿論のことだが、
数学の教師を演じていた彼は慎重に計算をした上で実験に臨んでいた。
5人の小さな犠牲を払って、
彼は『復讐』の原点であるかつては生徒であった准教授を訪ねた。
彼が書いた論文のことを昔ばなしのように笑って話すのを
内心耐えながら、機会をジッと伺い続けた。
別れ際に彼は完成させた
「オリジナルブレンド」のハーブティーを渡して一言。
「キミとは昔いろいろあったが、これからはいい友人でいよう」
と好印象を持たせるセリフで騙し、
准教授が好んで食べていたフレンチトーストを時間指定にして宅配便を
受け取ったことを遠目から彼は確認した。
数時間後、
明かりが灯っているのを確認して固定電話に掛けるが応答はなかった。
翌日、
『○○○准教授、自宅で自殺か』などと書かれた新聞の記事を見て。
こうして彼の『復讐』は終わったかのように見えたが、
それは大きな間違いであった。
―――彼は満足していなかった。
『復讐心』に溺れた彼は、年代によって異なっていく技術を利用。
ターゲットを学生から一般人に変更し、
現在から3年前流行を博した
合成麻薬『マキュロス』を多量生産していった。
そんな頃、彼に転機が訪れた。
高校の文化祭という公衆の面前にて、
彼が顧問をしていた園芸部員が『マキュロス』の
製造元である葉を間違えてハーブティーに使用した。
その結果、
男子生徒は意識不明の重体。
彼には「麻薬製造の疑惑」が持たれたが
証拠不十分で不起訴となったものの、
学校側としては「管理能力」などを問われ追放されてしまった。
現代の社会で言う「教師生命を絶たれた」彼は憤怒した。
そして、―――3年を経て。
教師という道を閉ざされ、『誇り』《プライド》を打ち砕かれた彼は、
裏で捜査され始める麻薬取締官の手を躱しながら
―――『悪魔の薬』を完成させた。
無論、今回は計算の手を緩めなかった。
過去の過ちを忘れず、
徐々に彼はクスリの中毒性を高め自分色に染めていったのだが、
町の支配、
間近というところで彼は「―――これは復讐だ‼」と叫んだあと。
唯一、教え子たちの中で手を出さなかった・・・。
出せなかった人物を前に硬直していた。
彼は感じ取っていた。
目の前に立ち塞がる巨大な壁は、
想像を遥かに超越する「獰猛な肉食獣」をも捻じ伏せ、その上に君臨する
『異常にして異形の化物』であることを
己の目で。肌で。感覚で。背骨で。脳で。神経で・・・、
認識した・・・時だった。
彼・・・伊達行實は、暗く黒い闇に倒れ込んだ。
「投稿の気持ち」
次回、予定ですが2話連続アップします。
読んで戴ければ幸いです。