最終話『全てを終わらせるとき』
それからというもの。
美穂乃は頑張った。モックとリンも頑張った。監督も編集作業を頑張った。
魔法少女の本場で撮影された、魔法少女モノというだけあって、それは先進的な文明だろうと変わらないニッチな層に受けて、文化保護局は金欠から救われた。
美穂乃の魔法少女としての変身時間も、後半になるに連れ、伸びていった。今では三分+延長二分までありだ。ちっとも嬉しくない。
そして、一週間にも及ぶ激戦、死闘につぐ死闘、その他もろもろをこなし、美穂乃一行は敵の本拠地にいた。
「長く苦しい戦いだったな……」
「いやあ、怪人たちは強敵だったモックね……」
「まあ、この本拠地だって最初から判明してたわけだどリン……」
彼女らの目の前にはビルがあった。
立地は、美穂乃の家から徒歩八分だ。
「なあ、なんでこんな本拠地が近いんだ……?」
「ああ、今だから言うモックけれど、敵の怪人はこっちからハッキングかけて、安全なレベルに弱体化させてたモック……」
「このビルも、ついさっきハッキングかけて場所を変更させたリン」
美穂乃はその言葉を受けて、まあ当然だよな、と思った。
最初の扇風魔人から始まり、近寄ると少し熱い電子煉人に、エコロジー設定でしか動かない冷暴君、ただただ眩しい電球児――。
先進世界では、もはや戦争に人の兵士を使うのはハイコストとなっていて、人工知能をもった兵器を使うのが当たり前になっているようだが、少なくとも、上記の怪人たちを使うくらいならば、鈍器を持った一般市民の方がいい。
うだつの上がらない空気の中、美穂乃はビルを駆け上がる。
「敵がいるの四階らしいリン」
「エレベーター使うか……」
美穂乃はエレベーターでビルを駆け上がる。
目的階につき、エレベーターの扉が開くと、そこは別世界だった。
フィクションの世界にありがちな、司令室とでも言えばいいのか。
近未来的な機械がピコピコと動いていて、真正面には大きな画面。そこには美穂乃が映っていた。
そして、画面の前には男が座っていた。
こちらに背を向け、美穂乃の映る画面をじっと見る男。
男の肩は、笑いを堪えるように上下していた。
「……なにがおかしい」
ここに来て、美穂乃は始めて、この茶番からリアルを感じた。
今までは全て、冗談のようで、事実、世界征服を企てている敵と戦っているはずなのに、恐怖や危険なんてものを感じことはなかった。
しかし、目の前の男から、今までは違う、異質な何かを感じた。
男から溢れだす雰囲気は、圧倒的なリアル。
一気に現実に引き戻されたような感覚な包まれた美穂乃の頬に、冷たいものが伝う。
「な、にがおかしい、ってぇ……?」
ところどころイントネーションがおかしい喋り口。
引き笑いをしながら喋っているような感じだろうか。肩の上下は激しくなり、まるでこちらを馬鹿にしてるようである。
「馬鹿にしてるのか……?」
美穂乃は、自分の声色が硬くなっているのを感じる。
緊張からか、思ったことをそのまま口に出すことしかできなかった。
「ば、ばば、馬鹿にして、してる……?」
まるで壊れたラジオのように。
男は、じーっと、美穂乃の映る画面を見ながら、独り言のような言葉をこぼす。
「は、ははは……」
笑った。
「はっははははははっ!!」
男は、盛大な笑い声を上げた。
近未来的な部屋に、空回るように、声が響いた。
そして。
くるり、と回転式だったらしい椅子を回し、画面から本人へと視線を移すように、男は美穂乃に振り向いた。
「馬鹿にしてるのは、てめえらだろおおおおおおお!!」
男は――泣いていた。
「……え?」
「おがしいだろ! なんだよ! わっげわがんねえ゛よ!」
涙と鼻水で、髭面をぐしゃぐしゃにしながら、大のおとなが泣いていた。
「こっちが……! 作った、兵器は……、なんが、わっけわかんねえ怪人にされるし……!」
「お、おう」
「検索してみだら……! なんが、魔法……、しょ、少女とか、言って、売り出してるじぃ……!」
「お、落ち着け」
「そりゃ、ごっちが、悪いけど……! 悪の組織だけど……! ごんな、こんな゛ぁ、仕打ちで潰ざれるのは、おがじいぃ……!」
「わ、わかるぞ。わかるぞ、その気持ち」
「うぐぐああああ……!!」
大のおとなが男泣きだった。
号泣だった。美穂乃によしよしされながら、鼻水をずびずびと言わせている。
男はモニターで、美穂乃見続けていた。
丹精込めて作った兵器を、勝手に弱体化されて倒されるさまを。
くわえて、その映像は、フィクション作品として売られているし。
しまいには、逃げようとすると部屋にロックがかかり、ここに閉じ込められ。
自分が追い詰められていくさまを――美穂乃が近づいてくるさまを、まるで死刑台に登るかのような心境で見続けていたのだ。
美穂乃は感じた――圧倒的リアルを。
こんな茶番に左右される、生死が掛かっている現実。
美穂乃たちの戦いの裏にはあるのは、こんな世知辛い現実だった。
そんなふうに、美穂乃が男を慰めていると、ふわふわとリンが近づいてくる。
「ふんっ!」
「な、なにをしてるんだ……!?」
リンは、男の頭に謎の電極をぶっ刺した。
そして。
「ふははは! 来たな! 魔法少女ミホノよ! 悪の総帥たる俺様が、直々に相手をしてやろう」
「…………」
無言の美穂乃に、リンが、ぐっとサムズアップを見せる。
「さあ、ラストバトルリンっ!」
「やりにくいわっ!!」
――こうして。
洗脳された男と美穂乃の消化試合はつづがなく終わり。
美穂乃の魔法少女としての戦いは終わったのであった。
かに、思えたが。
「~♪」
鼻歌交じりで、料理をしている美穂乃。
あの頭のおかしな一週間から、既に一ヶ月が経過していた。
手元には、未だにあのとき貰った金が残っている。
税金とかその辺はどうなっているんだろう、とも思ったが、なんとかなっているのだろうと決めつけ、欲しいものに使ったり、ちょっと夕食豪勢にしたりしていた。
苦労もあったが、あの一週間で一皮むけたような気もする。
お金も貰ったし、悪いことばかりでもなかったかな、などと考える美穂乃であるが、それは喉元過ぎて熱さを忘れてしまっただけである。
「ミホノ! 久しぶりモック!」
「やらない」
唐突に、響く声。
セキュリティ万全なこの部屋で、自分以外の声がするというのは、まさしく異常事態であり、それは、喉元を過ぎて忘れてしまったはずの熱さを瞬時に思い出させた。
条件反射のように、美穂乃は会話を先読みして拒否した。
「実は続編の話が……って早いモック! 拒否するの早いモック!」
「あのときのやるせなさを忘れていた自分が恥ずかしい。絶対にやらない」
美穂乃の意思は固かった。
もう、あのような惨劇を繰り返してはいけないのだ。
何があろうと、美穂乃が彼らに協力することは無いだろう。美穂乃の目にはそう思わせてくれる芯の強さがあった。
「今回は正規の契約ということになるモックから、これくらい」
なんだかいやらしい顔をしているモックの手元に紙が現れる。
お金で釣ろうとしているのが、まるわかりである。うろんな目で、紙に目を向ける。
ちらりと、紙に書いてある金額を目に映した美穂乃は、一度目を瞑り息を整えた。
吸って吐いて、たっぷり三回深呼吸をしてから、ゆっくりと、紙を受け取る。薄っすらと開けた目で紙に視線を落とす。目を見開く。いやいや、と首を振る。しかし、もう一度目の向ける。天を見上げるようにして、顔に手のひらを置く。手のひらのすき間から、ちらりともう一度、金額に目を向ける。
そこに書いてあるのは、もしもこれがサラリーマンの平均年収になってしまったら、一戸建ての価値が「俺の給料一〇年分」から「俺の給料一年分」に様変わりしてしまうというものだった。
結果。
「やります」
――そうして、彼女はこれからも戦っていく。
愛と平和など放っておいて。
勇気と希望なんてほっぽり出して。
大人の事情とお金にまみれた、劇場型魔法少女は、今日もきゃぴきゃぴ、戦っていく。
読んでくれてありがとうございます