第二話『魔法(金)少女は挫けない』
たっぷり一時間ほど経ってから、モックが通信していた相手が現れた。
「本当にいたリン……絶対モックが嘘ついてるのだと思ってたリン」
「やっぱり信じてなかったモックね!?」
開幕早々、美穂乃をチラリと見てからモックと漫才を始めた聖獣リン。
モック同様猫ベースだが、目元がモックより鋭く、耳は狐耳の謎生物だ。
「自己紹介がまだだったリンね。モックからだいたい聞いてるだろうけど、ミホノと共にワルワルワールを討つために魔法世界から派遣された聖獣リン――という設定の文化保護局局員リン。よろしくリン」
モックをおざなりにあしらってから、ミホノに向かい合うリン。
「えっと、私のことは知ってるだろうけど、こちらもあらためて自己紹介するよ。牧野美穂乃だ。これから一週間よろしく頼む」
そう言えば、モックとはろくに自己紹介してないなと思い出す美穂乃。空腹で意識が朦朧としていたし、モックは既に美穂乃のことを知っていたので、仕方がないと言えば仕方がないのだが。
「絶対映画見てたモックね!? こっちは必死に探してたのにモック!」
そのモックはと言うと、未だにわーわーと騒ぎ立てていた。それを一瞥したリンはため息をついて、俊敏な動きでモックに迫る。
「ふぎゅ!」
リンの後ろ足による飛び蹴りがモックの顔面に決まった。まるで人形のような潰れ方をして、後方に吹き飛んで行くモック。壁に当たった瞬間も、生物というより、ぬいぐるみを彷彿とさせる音が響く。
「騒がしいリン」
リンが冷たく言い放った。
「ぬいぐるみみたいだな……後で触らせてもらうか」
美穂乃も、モックの心配はしていなかった。モックの安否より、触り心地が気になっていた。
「うぅ……ここでもこんな仕打ちモック……」
さめざめと泣いてるモック。今の姿だから愛らしくもあるが、中身は成人男性だと思うと、愛くるしいというより哀苦しい。美穂乃は興味をなくしたようにモックから目を話すと、リンに向き合う。
「それで、私はこれからどうすればいいんだ?」
リンが口を開きかける。しかし、それを遮るかのように、美穂乃の頭に声が響いた。
『どうも、魔法少女役牧野美穂乃くん。監督だ』
美穂乃はびくりとして、思わず耳を塞いでみる。しかし、声は明瞭。これが噂に聞く、こいつ脳内に直接……っ! というやつかと、美穂乃の内心は軽く昂っていた。豆の時は混乱が強かったが、今彼女は冷静な状態で魔法――のように見える超科学を体験しているのだ。これが昂ぶらずにいられるものか。
『では、さっそくだが、行ってみようか――怪人狩り』
「……はい?」
しかし、その昂ぶりは監督の次のセリフでピシャリと収まる。これが冷水を当てられた気持ちか、なんて考えている美穂乃のそれは現実逃避である。
「もう行くモックね! 早く行くモック!」
そうそうに復活したモックはやる気満々だった。今から一緒に仕事をする同僚とのモチベーションの違いに少し辟易とする。
「私も早く、帰りたいリン。急ぐリン、ミホノ」
もう一人の同僚も同じようなものだった。後ろ向きとはいえ、今から行くことには賛同のようだ。アウェイは美穂乃一人であった。
「もう少し、ゆっくりしていかないか……? 茶なら出すぞ」
「茶請けがあるなら考えるリン」
あるはずがなかった。
美穂乃が契約したのはお金に釣られてだが、きっかけは空腹からだ。そんなものがあるなら、即食べている。
「あるわけないモック。モックは知ってるモック」
それを知ってるモックは、したり顔だった。獣なのでわかりにくいが、おそらく、したり顔の中でもウザさが際立っている顔――いわゆるドヤ顔というやつだ。
美穂乃はモックを睨みつけ、そしてため息をついた。
「わかった。行こう」
それは当然、諦めのため息である。覚悟を決めて、諦める。前向きなのか、後ろ向きなのかわからない決意である。
『それではこれを渡しておく』
監督のその言葉を共に、美穂乃の眼前に棒が現れた。棒、というよりステッキと表現したほうがイメージしやすいだろうか。
全体的にショッキングピンク色をした五〇センチほどのステッキ。ところどころにあしらわれているハートの模様に、先端に取り付けれたハートのオブジェ。まさにそう、魔法ステッキである。
美穂乃はそれを手にした瞬間、急速に熱くなっていく頬を感じた。別に魔法の力が充填されたとかではない。現物を見て、恥ずかしさを自覚したのだ。お金なんかに釣られるべきじゃなかったか。一瞬後悔するが、思い出した金額の法外さに心が惹かれる。
『では外に出てみてくれ』
魔法ステッキを手にした美穂乃は、その言葉に首を傾げる。超科学によるテレポーテーションやら瞬間移動やらで怪人なるもの場所まで送ってくれるものだと思っていたからだ。
「外出てくれって――ああ、もしかして外に超未来的乗り物が」
『いや、怪人のとこまで、ここから徒歩五分ちょいだからさ』
「なんだそのコンビニみたいな気軽さは!」
怪人の発生場所はご近所さんだった。
美穂乃の家は、駅からは一〇分掛かるのに、怪人の出現場所から五分という立地条件になってしまった。
「まあまあ、近いのは良いことじゃないモックか」
「そうリン。深く考えちゃ駄目リン」
『大人の都合だ』
なんだか、気づけば美穂乃は諭されていた。
納得はいかないが、仕方ない。美穂乃は自らにそう言い聞かせながら部屋を出て、監督の先導で怪人の出現場所へと向かうのであった。
歩いていく。
見慣れた町並み。
「なあ……本当に徒歩五分で怪人がいる場所までたどり着けるのか?」
少し歩いて見たが、見るからに街は平和であった。
疎らではあるが、人通りはあるし、騒がしい程ではないが、生活音はする。まさしくいつも通りの町並みであった。
『問題ない。ほら、次の角は右だ』
懐疑的な美穂乃に対して、飄々と道を指定していく監督。
進んでいくにつれ、怪人が出てくるどころから、人通りが激しくなってくる。
「いや、こっちは商店街なんだが」
言外に、道を間違っているのではないかという意思を込めて発言する美穂乃。
『大丈夫だ、問題ない』
そんな美穂乃を意に返さず、堂々と監督は宣言する。
『ほら、見えてきたじゃないか』
「え?」
商店街の入り口に、何かいた。
一瞬、商店街に新しいオブジェでも建造されたのかと思い、動いているのを見て新しいゆるキャラが町の宣伝をしているのかと勘ぐり、その凶悪な見た目に怪人であるという事実を美穂乃は受け入れた。
美穂乃は愕然とした。
怪人がいた事に――ではない。
「いや、何が大丈夫なんだ!? あからさまな大問題だろ!? なんで商店街の人たちは怪人がいるのに、なんでも無いように横を通り過ぎているんだ!?」
怪人は、三メートル大の扇風機に、腕と足が生え、鋭く尖った悪そうな目が添えられていた。
まんま子供向け特撮の敵という感じである。
それは、もう、仕方ない。美穂乃は覚悟していた。
けれど、町の人々が怪人を真スルーしている光景というのは、どうにも受け入れがたかった。
『説明しよう! ここ一帯には、どんなことが起きてもそれを常識だと感じてしまう電波が発せられている! 怪人が暴れようが、君が魔法少女になろうが、誰一人としてそれを咎めるものはいない! 存分に戦うがいい!』
「さすが監督モック! 準備がいいモック!」
「さあミホノ、あれを倒すのリン」
「ちくしょう、働くって大変だ……!」
これが美穂乃にとって初めてバイトである。現在、労働の厳しさを肌で味わっている美穂乃であるが、こんな特殊なバイトは地球上で美穂乃しかしてない。
『よぉーし、始めるぞー』
気の抜けた監督の掛け声。
もう後に引けないところまで来てしまった美穂乃は、やるしかないと覚悟を決める。ぎゅっとステッキを握りしめる。
「あ、あれは怪人『扇風魔人』リン!」
覚悟完了していた美穂乃の横から、いきなり声が上がった。
どちらかと言えば冷静な役回りであったリンが、なにやら解説を始める。
というか、あいつは怪人なのか、それとも魔人なのか。疑問が尽きない。
「あの『扇風魔人』は風を起こす怪人リン! 今はまだ弱い風しか起こせないけど、時間が経つにつれ中くらいの風を出し、最後には強い風を出してくるリン!」
「……リン、何をやっているモックか?」
今までとは役回りが逆になった。
熱弁するリンに、それをたしなめるモック。リンはどうしたのだろうか。美穂乃は心配になって顔を覗きこむ。
リンの顔は真っ赤になっていた。
「ち、違うリン! く、口が勝手にリン!」
あたふたと空中で手をばたつかせるリン。
モックが懐疑的な顔している。
「口が勝手にモックゥ? 何を言っているモックか。恥ずかしがる必要は――ミホノ! 『扇風魔人』が強にならないうちに変身するモック! ってなんだモック!? 口が勝手に!」
モックまでもあたふたし始めた。
いきなり漫才を始めた聖獣コンビの扱いに困っていると美穂乃のもとに、監督の声が響く。
『説明しよう! モックとリンをそのマスコット聖獣の身体にするにあたって施した改造は三つ! 見ただけで年齢が分かる目を付与すること、語尾と一人称を強制的に変更すること、そして身体の自由を奪う遠隔操作機能だ!』
「ちょ、ちょっと待ってくださいリン! リンたちの仕事はミホノを見つけることではないのですかリン!?」
『ただ見つけるだけが仕事ならマスコット聖獣にする必要など無いだろうが! ほら、次の台詞行くぞ! きびきび働け!』
「そ、そんな――ミホノには強い魔法の力が眠っているリン! 魔法の呪文を唱えて!」
「というか遠隔操作ならモックたちである必要が――ミホノ! 自分を信じて、唱えるモック!」
大変そうだなー。
社畜な聖獣たちを見て、遠い世界のことのように構えていた美穂乃であったが、むしろこの場の主人公は美穂乃である。
握りこんでいたステッキが光る。
「へっ?」
『説明しよう! そのステッキにも握っている人間を遠隔操作する機能が搭載されている! さあミホノくん! 魔法を唱えるんだ! オートで!』
――そうして。
「プリティーまじかる! メェイクアップゥ!」
勝手に動き出す口と、張り付いて取れない笑顔。
なぜか服が消え、別の服に再構成される。
「――プリティーミホノ、見参!」
きびきび動く身体とは裏腹に、もう美穂乃は無心だった。
無我の境地だった。この短期間で悟ってしまったかのような、一周回って冷静になってしまった脳内。
「解せぬ」
「モックもだモック」
「リンもだリン」
身体の操作を取り返し、各々はそう一様にぼやいた。
モックとリンは一人称と語尾が強制されている結果、短い台詞を言うとよくわからない感じになっているが、これも局長のせいなのだから仕方がない。
「いや、労働って大変だ……」
美穂乃はさらに、勤労の大変さを認識した。
心の中で、お父さんに感謝した。
「お金を貰うって、こういうことなんだな……」
確実に、普通はこういうことではないが、それにツッコむ気力がある常識人はここにはいない。
『さあ! 変身したなら急いで、華麗に、派手に倒してくれ! 変身時間は三分だからな!』
ツッコむ気力はあるが、常識人ではない男の声が響いた。
「……って三分?」
美穂乃は魔法少女を依頼されたはずだが、もしかしてウルトラな方に抜擢されてしまったのだろうか。少なくとも男ではないので、マンにはなれないが。
『うむ! まあ、色々と事情があってな』
「主に予算不足リン」
「ミホノが着ているそれ、色々と魔改造されてるモックけど、一昔前のパワードスーツモックね。着ているだけで逐一燃料が消費されていくタイプモック」
夢の欠片もない理由で、美穂乃はインスタントヒーローになってしまった。やはり世の中、金なのである。
『ある程度はアドリブでやって貰うが、大まかな流れだけ説明していくぞ』
美穂乃はその言葉に少し安心する。大まかでも、指示があるなら動きやすくなるだろう。
『まずはてきとーに痛めつける。そして、弱ったところを愛と勇気のビームでトドメをさしてくれ』
本当に大まかだった。意味のある指示は、トドメにビームを撃てというだけだった。
「あー……うん、わかった。でも、そうだ、もしもビームでトドメを差しきれなかったらどうすればいいんだ?」
もうこれ以上ツッコむことはせず、とりあえず気にかかったことを質問する美穂乃。
『いや、それは問題ない』
監督は、自身に満ち溢れた声で断言する。
『愛と勇気のビームは、当たれば死ぬし、撃てば当たる』
本当に必殺技だった。
愛と勇気のビームなんて名前に騙されてはいけない。必ず殺す技だ。
「……いや、それならもうはじめからビーム撃てばいいんじゃ」
『ちゃんと山場を作らなきゃ視聴者は満足しないんだよ、美穂乃くん』
おそらく、どっちも正論だ。
ただ少し、立場が違うだけなのだ。
「……わかった、お金を貰う分、こちらも全力でやらせてもらう」
美穂乃はぎゅっと、ステッキを握りしめる。
これでも美穂乃は役者志望だ。魔法少女に憧れる歳はとっくに過ぎたが、割りきって成りきって見せるしかあるまい。
大丈夫、最初のオート変身で少女らしい笑顔は覚えた。きゃぴきゃぴとして話し方も、るんるんとした動き方も、あの一瞬で全て身体に叩きこまれた。あとは精神的な部分。役者としてのプライドに、魂に火を付ける。
「やってやるぅ……」
深く息を吸う。
目をぎゅっと瞑る。
息を吐きながら、カッと目を見開く。
そして――。
「さあ行くわよっ! 悪さをする怪人さんは、成敗しちゃうんだから!」
見た目相応、歳不相応な笑顔を浮かべながら走りだした。
「うわぁ……なんか似合っちゃうのが逆に痛々しいモックね」
「そうね、一九歳なのにリン」
後ろで同僚たちが辛辣なことを言ってるが気にしない。
もう既に、美穂乃は魔法少女なのだから。
脳内設定、十〇歳なのだから。
役にはまって、走りだすしかないのだから。
「とぉーう!」
ジャンプする。パワードスーツのおかげだろう。軽く踏み込んだだけで二メートル近くの跳躍を可能とする。
しかし、それは怪人『扇風魔人』にとっては、格好の餌食だった。
扇風魔人のスイッチが『中』になる。そして、空中にいる美穂乃を捉えて吹き飛ばした。
「きゃっ……!」
いつもなら「うぉ!」とか言っていただろう美穂乃だが、そこは役者魂を見せる。飛ばされながらも演じきる。
しかし、下手を打ってしまった。美穂乃は出鼻がくじかれ、少し気落ちする。
『ナイスだ! そう! 最初は敵の攻略法がわからず悪手を打つくらいがちょうどいい』
監督はべた褒めだった。
なんだか複雑な気分になりながらも立ち上がる美穂乃。
『さあほら! お前らもやれや!』
監督がそう言うと、美穂乃の同僚――いや、魔法少女的に言えばパートナーであるマスコット聖獣たちが近づいてきた。
「大丈夫モックか、ミホノ!」
「あいつは風を起こす怪人リン。気をつけてかかるリン!」
「ありがとね! 二人とも!」
ああ、輝かしき信頼関係。一見すると、美穂乃とマスコット聖獣は少女とパートナーが支えあい、怪人に立ち向かっているようにしか見えない。
しかし、内面は羞恥と屈辱と欲望にまみれている。汚らわしいと言っても過言ではない。山から降りてきていたサトリ妖怪などが偶然にも通りがかってしまったら、外と内のギャップに自失するであろう。
しかしながら、内面がどうであろうと、何を考えていようと、外面で取り繕われた世界は回る。役者魂と社畜根性で役割を全うする彼女らの前に、扇風魔人など無力であった。
「ミホノ! こいつは裏に回れば空気を出せないモック!」
「きゃぁっ」
「気をつけるリン! こいつ首振り機能を持ってるリン! 簡単には裏には回れないリン!」
「ど、どうすればいいの……」
「!! 首振り機能には規則性があるモック! それを見極めれば!」
「ミホノ! 今リン!」
「てーぇい!」
などという最初から分かりきっていた攻略方法を迂回しながら発見し、美穂乃は扇風魔人に迫る。ステッキでぶん殴り、転倒させた。ぶん殴ると言っても当然、可愛らしく、小さく振りかぶる感じで殴っている。しかしながらパワードスーツの影響で、及ぼす力は絶大だ。
『ふむ、そろそろトドメを差してもいいだろう』
監督からの許可が降りる。
美穂乃はステッキを倒れている扇風魔人の方に突きつけた。
「怪人さん! トドメよ!」
そう言うと、美穂乃の身体が彼女の許可無く動き出す。オードモードだ。
「愛と勇気の力をこめて! アナタの心を撃ちぬく魔法! ミホノビィーム!」
そう言って振りぬかれたステッキの先端から、なんだかキラキラしたファンシーな光線が打ち出される。光線と言っても、光速で動いているわけではないので、なんだかそれっぽい謎ファンシーエネルギーだろう。
それは扇風魔人に衝突すると、ショッキングピンクな爆発となり辺りを包み込む。そして、爆発が晴れるとともに、扇風魔人は跡形も無く消え去っていた。美穂乃はその間、扇風魔人に背を向け、決めポーズで決め顔だ。
なんだかファンシーな光線とショッキングピンクな爆発に惑わされそうになるが、扇風魔人が破片も残さず消滅したことを鑑みると、おそらく超科学が成す謎技術で、あの怪人は分子レベルで分解されたりしているのだろう。人に向ければ完全犯罪である。美穂乃は疲れと緊張から、そこまで思考を巡らすことはできなかったが、それに気づけば、おざなりに掴んでいるステッキに目を落とし、ごくりと唾を飲み込むことだろう。
「ミホノ! やったモックね!」
「お疲れ様リン!」
マスコット聖獣の二人が、ミホノにふわふわと近づいてくる。
「ありがとう! 二人とも! 二人のおかげで勝てたよ!」
満面の笑みで、美穂乃はそんなふうに二人を褒め称える。
それを受けて、二人も満更でもない顔をして、お互い初勝利を労っていた。美穂乃とマスコット聖獣の二人。ここにベストチームが結成された。この光景を見れば、誰もが信じて疑わないだろう。
『カット! はい、いいよー! いい感じだったよー!』
そこに監督からの言葉が降りそそぐ。
朗らかな空気は、一瞬で霧散した。
「……あ、えっと……やったモックね、ミホノ」
「その、うん、おつかれリン」
「あ、うん、ありがとな……」
なんというか、気まずかった。
ここにいるのは、ミホノを抜けばみな成人している、大のおとなだ。何度も言うように、美穂乃だって一九歳――来年には成人するのだ。
そんな人間が集まって、あのような茶番を行うのだ。それも、その演技をしていても見た目にはまったく違和感がない。社畜二人はマスコット聖獣に姿を変えられているし、美穂乃は天然合法ロリである。
見た目相応だったがゆえに、演技しているときは割りきって――というか、自棄になりながら、それでもどこか冷静に演技できた。だが、終わった瞬間、場に立ち込める静寂。その緩急が、彼らの心にぽっかりと空いた虚無感のようなものを感じさせていた。
いわゆる、馬鹿をやってるとき、ふと我に帰って「俺なにやってんだろ……」となる現象である。
「と、とりあえず帰るか」
「そう、モックね……」
「それがいいリン……」
彼女らの名誉のために言っておくが、これは茶番のようだが、一応相手方は本当に世界を征服しようとしている組織なのである。あの怪人が暴れたからと言って、本当に征服できたかは疑問に残るが、それでも彼女らは一応世界を守っているのだ。
『次の怪人は明日だ! お前らはよく寝て英気を養うように!』
ただ、まるでこの場を見世物にしている存在。この男の行いこそが全てをぶち壊しにして、茶番へとなり下げているのである。
「普通に働くって……大変……」
目から光を無くし、そう呟きながら帰路につく美穂乃。
何度も言うが、これは普通ではない。