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第一話『合法少女と社畜聖獣』

 兎耳の猫風謎生物は、ひとしきりお礼を口にした後、美穂乃に食べ物を寄越した。

 豆であった。それも一粒である。

 思わず美穂乃は騙されたような気がして、遺憾の意を射出しようかと思ったが、いかんせん身体は動かなかった。もう既に限界なのである。辛うじて動いた腕で豆を掴み、腹の足しになればと口に放り込む。咀嚼しようにも一噛みで砕けたので呑み込んだ。腹が膨れた。


「……って、え!?」


 立ち上がってみる。駆動する関節、エネルギッシュな四肢、冴え渡る脳細胞。

 美穂乃の元気は百倍になった。


「なんだこの豆!?」


 その驚きは当然だが、それより先に目の前に浮いている謎生物のことを気にするべきではないのだろうか。

 優先順位を豆以下に置かられた謎生物は、それを気にする様子もなく、不敵な笑みを――獣なのでわかりにくいが、おそらく――浮かべ、先程までの感謝はどこにいったのか、見下したように話し始める。


「これだから田舎世界の人間は……これは一粒食べれば成人男性が一日に取らなければいけないカロリーを完璧に摂取することができる豆モック」


 言外に、常識だろと言わんばかりの言い草。

 馬鹿にされている気もするが、助けられたことには感謝しているので、美穂乃は気にせず、とりあえず二番目に気になっていたことを訊きにかかる。


「それで……君は何者なんだ?」


 豆に負けたものの二番目は獲得できた謎生物。彼――性別不詳だが――にとって、その質問は想定内だったようで、待ってましたと言わんばかりに口にする。


「モックはマスコット聖獣なのでモック!」


 そうして、兎耳の猫風謎生物ことモックは、長い長い話を始めた。



 魔法世界から悪意の化身『ワルワルワール』が解き放たれた! ワルワルワールは生み出した眷属を野に放ち、この地球を襲おうとしている! そこで魔法世界は地球を救うために、聖獣『モック』と聖獣『リン』を遣いに出した! モックとリンよ、魔法の素養のある少女――魔法少女を見つけ、魔法少女とともにワルワルワールを打ち砕くのだ――



「――という設定で戦ってもらうモック」

「設定!?」


 という設定だった。


 美穂乃は先程までわかり始めていた話が、どんどん遠くなっていくのを感じた。設定ってなんだ。美穂乃の疑問はもっともである。


「だから話すとな長くなるって言ったモック? 本題はここからモック」


 そう言って、モックは回想を始めた。



 ★     ★     ★     ★



 机に並べられた資料の上で、腕を組み、静かに物思いに耽る壮年の男性が一人。眉をひそめ、真剣な顔で思考を巡らすその様には、圧力すら感じる。彼こそ世界文化保護局、局長。現在、部下二人を前にして、とうとうその重い口を開く。


「ぶっちゃけ予算がない、てへ」


 内容に反比例するかのごとく、局長の口調は軽かった。


「局長! 真面目に考えてください!」


 部下の男が一喝してたしなめる。


 局長にだってそう言われるのはわかっていた。しかし、どうしようもなかった。いや、やりようはいくらでもある。ただ、一つだけないものがあった――金、である。


「そうは言ってもさー。金ないし? やつらだってこの世界じゃ悪巧みできないって逃げたわけじゃん。もうほっとこうぜー」

「しかしですね、局長! やつらが逃げた先は連盟に加入すらできないド田舎世界でして! 我々先進世界には、そんな彼らを守る義務が!」


 局長にだってそんなことはわかっていた。ほっといたら上からなにを言われるかわからないこともわかっていた。だが、一つだけわからないことがある――なぜ、金がないのか。


「お金がないのは、先日局長が使い込んだからです」


 実は、そのこともわかっていた。わからないふりをしていただけであった。またもや、てへっと誤魔化した。


「局長! ご英断を!」

「局長、叩くならまだ被害地域が少ない今のうちですよ」


 必死な部下の男と冷めてる部下の女。

 彼らを前にして、局長はまたもや唸る。


「しっかしなー……えっと、やつらが行ったのは『地球』の『日本』って国だよなー……ん? 日本?」


 ふと、考えこむ局長。

 地球の日本などという、相当性格の悪い大学教授の作ったテストでしか目にしないような世界にある国の名称にも、なにか思い当たる節があったようだ。局長という役職も名ばかりじゃないのかもしれない。


「たーしか、地球の日本つったら、ド田舎のくせに人気なコンテンツがそこそこあったよな。特にほら、あの、あれだよあれ」

「申しわけありません! 覚えていません!」

「そんな辺ぴな世界の文化なんていちいち知りませんよ」


 当然と言えば当然だが、部下二人には少しもピンと来るものがなかった。

 彼らは文化保護などという名のついた仕事をしているわけであり、連盟に加入していないような世界についても、一般の人間より見識がある。

 そんな彼らでさえ知らないということが、地球という世界の田舎度を物語っていると言えよう。


 思い出し作業を始めてから、一分も唸ってはいなかっただろうか。腕をポンと叩き、思い出した名を口にする。


「魔法少女! 魔法少女だ!」


 魔法少女。その言葉を聞いて、やっと部下たちにも思い浮かぶものがあった。


「あれってそんな田舎発祥なんですか!? 僕も結構好きです!」

「あー、あの気持ち悪い男たちが見るアニメーションのことですか」


「……え?」

「なによ、こっち見ないで気持ち悪い」


 部下の男が打ちひしがれているが、局長は構想をまとめに入っている。落ち込んだ部下の味方はこの場に誰もいなかった。


「いけるな……よし、これでいける」

「局長、こちらはなに一つわからないのですが。なぜ魔法少女があれば、お金の問題を解決できるのですか」


 一人で納得している局長。疑問を呈する部下。そして、ショックで放心している部下。収拾がつきそうにもない。


「とりあえず、お前らにはマスコット聖獣として、日本行ってもらうから」


 そこに、唯一事態を収拾できるはずの男から、こんな爆弾まで投下されれば、もう混沌である。


「はい?」

「そして魔法少女に相応しい役者を探して来い。話はそれからだ」

「いえ、ですから」

「ストーリーはこっちで考えておく。なあに、ベタベタな感じのほうが受けるだろ」

「局長、意図的に無視してるでしょう」

「さ、仕事仕事!」

「ぶっとばしますよ」


 部下と局長の応酬、というより、局長の言葉は言いっ放しであり、そこから先は一方通行だ。部下に悪びれる気もない。


「…………」


 言葉にしても無駄だと判断し、ジト目で局長を睨み続けることに決めたらしい部下。無言の圧力が続く。

 そこに、気持ち悪い発言で打ちひしがれていた部下が、やっと復活を果たす。


「僕も、気になります! というか、マスコット聖獣ってどういうことですか!?」


 一応、話はちゃんと聞いていたらしい。

 気持ち悪い発言から、完全に立ち直ったのだろう。

 局長からの返答を待っている姿には、どこか凛々しいものが感じられるような気さえしてくる。……いや、よく見ると目線だけはチラチラと部下の女に向けられていた。目が合う。目をそらされる。涙目になる。女々しくも、まだ気持ち悪い発言を引きずっていた。


「だからよ、金がねえなら作るしかねえって話だよ」


 そんな部下の様子は当然のごとく無視。

 局長は不敵に笑う。


「作ろうぜ、魔法少女。とりあえず、今から俺のことは局長じゃなくて監督と呼べ」


 ――そうして。

 やはり意味不明な説明のまま、部下二人は、無理やりマスコット聖獣とやらに変えられ、地球の日本に転送された。

 そして、第一の仕事『魔法少女の素質を持つ役者を探せ』。

 部下の二人は手分けをして探した。もう一心不乱に探した。けれど、見つかるわけがなかった。条件がおかしかった。


 見た目は幼い少女で、一八歳以上。


 端的かつ簡潔な指令。

 ごちゃごちゃしていないシンプルな命令。

 だからこそ無理だった。そんな人間いるはずがない。

 そんななかで――



 ★    ★     ★     ★



「――モックはミホノに出会ったモックゥ!」


 長い長い話が終わった。


 特に、途中に挟んできた、『アニメを見る大人が気持ち悪いなんて偏見だ』という本題に関係ない話が長かった。本当に長かった。


 美穂乃は話の長さに脱力し、話の内容に驚き、呆れていた。魔法かと思ったら超科学であったことが驚きで、アニメ見る大人の話がどうでもよすぎて呆れていた。


「……って、君に名前を私は教えたか?」


 思い返してみる。大◯製薬も驚きの栄養価を誇る豆を食べる前は意識が朦朧としているが、やはり名乗った記憶はなかった。


「ふふん、この目は見た相手の個人情報がわかるモック。というか、そうじゃなきゃミホノが一九歳だなんてわからないモック」


 え!? ◯◯歳!?


 それが、美穂乃の一九年間の人生で、言われなれた言葉第一位である。

 美穂乃の体躯は、おそらく小学生を卒業したあたりから変わっていない。顔立ちだって、中学生あたりで完成してしまったように思える。似合う水着はスクール水着な寸胴ボディ。


「ちくしょう……私だって好きでこんな体型じゃないんだ……学生証出しても信じてもらえずバイトは落ちるし、ジェットコースターには乗れないし、映画館で大人料金は払わせてもらえないし、変なおっさんに餌付けされそうになるし、逆に男友達と遊んでたらそいつが警察にしょっぴかれそうになるし……」


 言われなれてはいるが、気にしてないわけではなかった。

 美穂乃のトラウマスイッチが、モックの発言によってオンへと傾いてしまったようだ。


「わーわー! 落ちつくモック! こっちはそれで感謝してるし、美穂乃もお腹を満たせて、みんな幸せモック!」


 慌ててモックはフォローに入った。

 それを受けて、美穂乃も我に帰り、そして自分が魔法少女とやらにならなくてはいけない現実を思い出した。


「というか、私は本当に魔法少女にならなくてはいけないのか?」


 腹が満たされ、思考も正常に回帰すると、やはり早まったかという思いが強くなる。

 もうながらく見ていないが、幼いころに放映されていた魔法少女ものと呼ばれるアニメでは、結構な危険を、それもなかなかの長期間に渡って繰り広げていた。


 豆一粒。これは正当な対価なのだろうか。


「もちろん魔法少女をやってもらうモック! 今からなしはだめモック!」

「しかし……今は夏休みだからいいが、それ以降は私にも学校がな……」


 正当性は置いておいても、一応対価をもらってしまっている手前、あまり強くは出れない美穂乃。やんわりと、断る方向に話を持っていこうとする。

 しかし、続いて出たモックの言葉は、美穂乃の想定外のものであった。


「夏休みっていつまでモック?」

「今日が八月二日だから、もう既に一ヶ月を切っているんだ」


「ああ、なら大丈夫モック。ワルワルワールは一週間で潰せるらしいモック」

「ワルワルワール弱いなおい!!」


 記憶の中の魔法少女より、この度の敵方は貧弱のようであった。

 深く思い返して見ると、美穂乃が見ていたアニメは魔法少女ではなく、美少女戦士(セー○ームーン)だとか伝説の戦士(プリ○ュア)だったような気もするが、同じようなものだろう。


「でもな、対価が豆一個というのは……」


 それでも、と美穂乃はなんとか断ろう話を進めていき。


「え? いや、さっきのは美穂乃が動けなさそうだったからモックの豆をあげただけモック。きょく……監督からは一週間魔法少女をやり切ってくれたら、このくらい報酬を渡すようにと言われてるモック」


 このくらい、の部分でモックの手の上に紙が現れた。

 美穂乃は空腹で見る余裕などなかったが、豆もこんなふうに、なにもない空間から取り出していたのであろう。

 そしてモックは、取り出した――肉球なのになぜか持てている――紙を美穂乃に手渡した。

 受け取った美穂乃は、何気なく紙に目を落とした。目を見開いた。顔上げた。もう一度紙に目を落とした。慎重に、指で桁を数えていった。顔を上げた。


「やります」


 即決だった。

 それほど、書いてある金額は破格だった。

 もしもこれがサラリーマンの平均月収になってしまったら、プロポーズの際にする決めゼリフが「俺の給料三ヶ月分の指輪だ」から「俺の給料三分の一ヶ月分の指輪だ」になってしまうほどだった。


「そう言ってくれると思っていたモック! さすがモックが目をつけただけあるモックね!」


 途中から、なぜか自賛を始めるモック。目をつけたもなにも、美穂乃以外に条件に合う人間がいなかっただけだろう。


 しかし、と美穂乃は考える。

 見た目だけで言えばチャーミングなこの不思議生き物モックは、先ほどの話を信じるならば、文化保護なんたらという仕事に就いている、いち社会人ということなる。

 バイトとは言え、ろくに仕事に就くことができない美穂乃。彼女にとって、ちゃんと就職している人間というのは、それだけである種、尊敬の対象ではある。

 だが、美穂乃が見つかったことで浮かれているモックをじーっと見てみるとどうだろう。

 大の大人になっても、語尾に『モック』なんて付けなればならないような仕事に従事し、くわえて、上司の無理難題な命令にも背かない、それは、なんというか、そう。


「えっとな、がんばれ」

「え!? いきなりなにモックか!?」


 ――社畜。これが、社畜というやつなのか。美穂乃は同情と畏敬の念を抑えられなかった。

 美穂乃に生暖かい視線やら念やらを送られているモック。おろおろとしている。


「あ! そうだモック! ミホノを見つけたことをリンにも教えてあげなきゃいけないモック!」


 逃げ道を見つけた、と言わんばかりに早口で、誰にしてるかわからない説明を始めた。たぶん、自分に言い聞かせているのだろう。

 モックは、なにか唸るような仕草をしてから、ここにいない誰かと会話を始めた。


「リン、聞こえるモックか? 今、こっちで条件に合う人間が見つかったモック! え? いやいや、嘘じゃないモック。本当に、本当モック。幻覚? 夢? いや、だから違うモック! ……というか、リンは今どこにいるモック? なんか後ろから銃撃戦みたいな音が……え? いいシーンになったから切る? ちょっと待ってモック! リン! リンもちゃんと探してたモックよね! 映画とか見てな……あ、切られたモック……」


 苦労してそうだなー。

 美穂乃はモックを見て、ただただそう思ったのだった。

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