はじけろ太閤
歴史上の人物を使ったパロディです。歴史的背景について著者が無知ですので、歴史の観点から考えないで下さい。登場人物の性格等も勝手なイメージです。
キーンコーンカーンコーン
朝のチャイムがなり、担任の福沢先生が教室に入ると、それまで騒いでいた生徒たちは席についた。
「えー、今日は皆さんに新しいお友達を紹介します」
先生の横に、少し表情の硬い生徒が立っていた。
「自己紹介できるかな?」
「はい。安土小学校から転向してきた、織田信長です。どうぞよろしく」
織田君はぺこりと頭を下げた。
それを聞いて、クラス中がざわついた。
「安土小って、隣の町内だろ?」
「なんで転校してきたんだ?」
「みんな静かに。織田君の席は、この列の一番後ろです」
織田君は一番後ろの席に腰を下ろした。
「よろしく。僕、豊臣秀吉」
「うっせぇ、猿」
(えぇぇ?いきなり三秒でサル呼ばわり?)
「お前、今日から猿な」
猿顔という事は自分でも薄々気付いてはいたが、突然のあだ名決定に動揺した。
「嫌だよ。変なあだ名付けないでよ」
「心配すんな。あだ名じゃなくて、お前は立派な猿だ」
織田君はランドセルから教科書やノートを取り出した。
「何でだよ。僕は人間だよ」
豊臣君の抗議をあっさりと無視し、教科書を机の引き出しにしまった。
「えー、じゃあホームルームは以上です。みんな仲良くするように」
先生は教室を出て行った。
それを合図にクラスメイトが織田君の席に集まってきた。
「ねぇねぇ。何で転校してきたの?」
隣の校区から転校してきた理由に興味津々だった。
「同じクラスに今川って奴がいてさ。機嫌が悪い時に話しかけてきたから殴ったら問題になって、謝れだの仲直りしろだの、面倒だから転校してきた」
その理不尽な理由に、クラス一同はさざ波のように引いた。
「そ、そうなんだ。それじゃあしょうがないよね」
蜘蛛の子を散らすようにみんな自席に戻った。
(あんまり関わらないでおこう)
豊臣君も前に向き直り、一時限目の準備をしようとした時、三人の生徒が近付いてきた。
「おい、お前。あんま調子コイてんじゃねーぞ」
一人が織田君に吐き捨てた。
「俺は生徒会長の足利義昭っていうんだ。よーく憶えておけ」
足利君は織田君を見下ろすと、毛利君、三好君を従えて廊下に消えていった。
「おい、猿。あの三バカは何だ?」
「猿って呼ばないでよ。真ん中の子が生徒会長の足利君。陰では将軍様って呼ばれてるんだ。他の二人は足利君の子分で、書記の毛利君と生き物係の三好君」
「ふーん。相手は三人か…」
織田君は腕組みして、何かを考えていた。
「猿一人じゃ足りないな」
「だから猿じゃないって!それに猿は一人じゃなくて一匹だよ!」
豊臣君は必死の訴えに出たが、織田君は全く聞いていなかった。
「猿。このクラスで足利派じゃない奴は?」
「別にみんなが足利君に付いてる訳じゃないよ」
「使えそうな奴は?」
「使えそうって?」
「だから、喧嘩が強いとか、頭が切れるとか、種子島から鉄砲を仕入れてるとか」
「うーん…。徳川君は野球部のエースで、勉強もできるよ」
豊臣君は窓側の席で早弁をしている徳川君を見た。
「他は?」
「柴田君は柔道部だから強いよ。あと、明智君は学年でもトップクラスの成績だよ」
織田君の目が光った。
「よし。そいつらを仲間にするぞ」
そんな織田君を見て、豊臣君は嫌な予感がした。
(もしかして、僕は既に家来一号?)
放課後、織田君は早速動き出した。
「柴田。今日ウチに遊びに来ないか?豊臣も来るし」
帰ろうとした所を首に腕を回されて、無理やり引き止められている豊臣君もいた。
「どうしようかな?柔道の練習もあるし」
柴田君は少し困った顔をした。
織田君が豊臣君のわき腹にショートレンジからパンチを繰り出すと、豊臣君は引きつった顔で言った。
「い、行こうよ。柔道は明日でもできるじゃない」
「うーん。でも休むと怒られるし」
難色を示す柴田君に、織田君は最後の一押しを豊臣君のわき腹に放った。
「イテッ。あ、あのさ、行ったらきっと良い事があるよ」
「良い事って?」
「えっ?だから…その…ほ、ほら、あれだよ。先生が仲良くしなさいって言ってたでしょ?仲良くしたら、武勲が上がるよ」
小学校には武勲システムというものがあり、良い行いに応じて先生からポイントがもらえて、十ポイント貯まると給食の余りが優先的にもらえるようになっていた。
「マジで!だったら行く」
柴田君は速攻食いついた。
(良くやったぞ、猿)
(だから猿じゃないって)
二人はアイコンタクトで頷きあい、柴田君と共に織田君の家に向かった。
「うわー、家デケー」
織田君の家は高い塀に囲われた、純和風の豪邸だった。
「織田君ちってお金持ちなんだ」
豊臣君は家の門を見て驚いた。
「親父がウナギの養殖やってんだ」
「じゃあウナギ御殿だね」
豊臣君に白い目を向けながら、織田君は門をくぐった。
「うわー、池がある!」
「ウナギいるのか?」
「いる訳ねーだろ!養殖場は別の場所にあるんだよ」
庭園風の敷地には、色とりどりの鯉が泳ぐ大きな池があった。
「ウナギ御殿に鯉って、何だかおかしいね」
「鯉だって食えるぞ」
「鯉の蒲焼なんて食べた事ないよ」
「俺も。きっと金持ちしか食べられないんだろうな」
池の鯉を見ながらよだれをたらす二人にやや不安を感じながらも、織田君は家の中に入った。
「おかえりなさいませ、お坊ちゃま」
玄関には黒いスーツを着た男性と、メイドらしき女性たちがお辞儀をして待っていた。
「今日は友達連れてきた。お茶とお菓子を頼む」
「かしこまりました」
スーツの男性に促され、三十畳はあろう居間に通された。
居間には「鳴かぬなら、対々ニ翻が、四暗刻」と書かれた掛け軸が掛かっていた。
「これ、どういう意味?」
「あぁ。親父が麻雀好きでさ。知りたきゃ麻雀の役を調べるんだな」
「ポンジャンなら知ってるけど」
「ウチにもあるぜ、ポンジャン」
「えー、本当?じゃあ今度柴田君ちでポンジャン大会しようよ」
「じゃあ、負けた奴は好きな子に告白しなきゃいけないんだからな」
「えー!そんなの恥ずかしくてできないよ!」
「何だよ。お前、好きな子いるのか?」
「い、いないよ」
「もしかして、小町ちゃんじゃねー?」
「ち、違うよ!」
「うわっ、動揺してやんのー。小町!小町!」
「やめてよー!」
人生初の豪邸訪問で、明らかに二人のテンションはおかしかった。
「失礼致します」
その時、メイドの女性がお菓子を持ってきた。
「何これ?うなぎパイ?」
「あれは大人のお菓子だって父ちゃんが言ってたぞ」
「バカ猿、ウナギは忘れろ!それにうなぎパイは子供が食べても良いもんだ!」
「でも忘れちゃったらウナギ御殿がただの御殿に格下げされちゃうじゃない」
「ただの御殿で結構だ!」
「何で夜のお菓子なんだ?」
「知るか!」
「織田君って以外に謙虚なんだねー」
「やっぱ父ちゃんがウナギ養殖してるから、心に余裕が生まれるんだ」
「さすがウナギ王子」
頭を抱える織田君を他所に、二人は納得したように頷いた。
「モグモグ、でも、モグ、これ、モグ、パッサパサで喉が渇くな」
「モグ、うん、モグ、渇くね」
出されたお菓子を全て口に入れた二人は、胸を叩きながら言った。
「失礼致します」
ふすまが開くと、和装の男性が入ってきた。
「すまんが急いで煎れてくれ。死人が出ても困る」
豊臣君はパイ生地が食道を通らないようで、胸を叩くピッチが速くなっていた。
「この人は?」
柴田君が尋ねた。
「利休はお茶専門の使用人なんだ」
「お茶入れるだけの人なのか!?」
「う、ゴホッ、嘘?」
「スゲーなぁ、やっぱウナギは違うなぁ」
「何たって、ゴホッ、ウナ、ゲホゲホッ、ギ王子、ゲホッ、だから」
「お前は黙ってろ!」
利休さんは手早くお茶を煎れると、三人の前に差し出した。
「ゴクッ、熱っ!」
胸のつかえを流し込んだのもつかの間、お茶の熱さに仰け反った。
「はぁ、死ぬかと思った」
「大丈夫か?」
「死んでしまえ」
「でも、せっかくプロの人が煎れてくれたのに、全然味がわかんなかったよ」
飲み干したカップをテーブルに置いた。
「本日は最高級のアールグレイを煎れてみました」
利休さんは豊臣君のカップにお茶を注いだ。
「えっ?紅茶だったの?」
「利休は紅茶鑑定士だからな」
「何で着物着てるの?」
「私の好みでございます」
「あぁ、そうですか…」
和装で紅茶を入れる使用人に納得が行かないものの、紅茶をすすりながら味わった。
やっと落ち着いた所で、織田君が本題に入った。
「柴田。実は今日は話があるんだ」
「何だ?」
「足利の野郎に対抗する為に、俺たちでチームを組もうぜ」
「チーム?」
「あぁ。この世は食うか食われるかだからな」
柴田君はしばらく考えていたが、追加のお菓子に手を伸ばしながら答えた。
「面白そうだな」
お菓子作戦は見事に成功し、織田君の軍勢に柴田君が入った。
「次だな」
織田君はシャープペンに芯を補充しながら呟いた。
「次は算数だよ。分数の割り算。難しいんだよねぇ」
豊臣君は算数の教科書を机の上に出し、分子と分母をひっくり返して掛け算をする理屈に思いを馳せた。
ここ数日で豊臣君の扱いになれてきた織田君は、そんな豊臣君を無視して、徳川君の後ろ姿を眺めた。
柴田君ほど大柄ではないが、スポーツ万能で成績もまあまあという逸材。
何としても陣営に欲しかった。
「何か良い作戦を考えないと」
「だから、分子と分母をひっくり返して…」
「お前は黙ってろ!」
その時、二人に近付いてくる人影があった。
「織田クン、部活ワ決マッタンデッカ?」
黒いコートを着て、小脇に分厚い本を抱えている生徒だった。
「ザビエル君。まだ勧誘してるの?」
「ハイ。宗教部ワ危機テキ状況デスネン。部員ガミンナ辞メテモウテ」
「なんで外人がいるんだよ」
「ザビエル君はハーフなんだよ」
「ハイ。オ父サンワ関西人。オ母サンワ東北人デスネン」
「結局日本人じゃねぇかよ」
「デモ日本人バナレシタ顔ヤナッテ、ヨウ言ワレマスネン」
「日本人離れって言うより、人間離れって感じだな」
「誰が河童じゃ、コラ!」
ザビエル君は常軌を逸した表情で凄んだ。
「えぇぇ?片言じゃないし…」
「カンニンナ。興奮スルト、キャラ忘レテシマイマスネン」
「キャラで片言なのかよ」
「あれ?何か落としたよ」
豊臣君はザビエル君に封筒を手渡した。
「オウ!ミーノ給食費デス!豊臣クン、グッジョブ!」
ザビエル君は右手の親指を立てて合図すると、豊臣君も右手の親指を立てて答えた。
「給食費?」
「聞いてないの?毎月の月末までに翌月の給食費を持って来るんだよ」
「封筒集金かよ?」
「我が校の伝統と格式だよ」
その時、ザビエル君が徳川君に封筒を渡す瞬間を見逃さなかった。
「コレだ!」
織田君は悪い顔で笑みを浮かべ、豊臣君に小声で言った。
「猿。お前の出番だぞ」
帰りのホームルームが終わり、徳川君は机の引き出しに手を伸ばした。
みんなから集めた給食費を、担任の福沢先生に渡す為だ。
「…あれ?…な、ない!」
連絡漏れの織田君を除き、全員分の給食費は昼休みまでに回収が終わっていた。
「そんな…」
徳川君は慌てた。
慌て過ぎて、意味もなくシャドウピッチングを始めた。
「野球の練習ならグラウンドでやりなさい。それと、給食費は集まりましたか?後で職員室に届けて下さい」
福沢先生はそう言い残して教室から去っていった。
その光景を観察し、織田君は極悪な笑みをこぼして徳川君に近付いた。
「徳川。俺の給食費は明日持ってくるから」
「う、うん」
「何だ。元気ないな?」
「それが…」
徳川君は半泣きで給食費紛失事件を告げた。
「な、な、何だっとぅえ〜!」
豊臣君の三文芝居に織田君はヒヤヒヤしたが、テンパっている徳川君には充分だった。
「昼休みまでは引き出しにあったんだ!」
徳川君はしゃがみ込んで頭を抱えた。
「もしかして!掃除の時間に机を動かすだろ?あの時に落ちたんじゃ?」
本人曰く、「ホームズを意識した」ポーズで豊臣君が言った。
「だとすると、ゴミと一緒に焼却場にあるかも!」
「よし。俺が行ってくる!」
打ち合わせ通り、織田君は走り去った。
「僕も行くよ!」
後を追おうとした徳川君の肩を掴み、豊臣君はきらきらした目で言った。
「織田君を信じよう!」
「と、豊臣君…」
徳川君は右手で目を擦るように涙を拭った。
その姿を見て、豊臣君は力強く頷いた。
一方、怪しい目の輝きをした織田君は、焼却場には行かずにトイレの個室にいた。
懐から”給食費”と書かれた袋を取り出し、事前に用意した炭を手や顔に塗りつけ、何故か口の端にケチャップを付けた。
そして、徳川君が見たのは、足を引きずりながら戻ってきた、ボロボロになった織田君の姿だった。
「あ、あったぜ」
そう言い残し、織田君はその場に倒れこんだ。
右手に握られた給食費袋を高々と掲げて。
「織田君、死んじゃダメだ〜!」
豊臣君が駆け寄った。
「こ、これを…早く…」
織田君はかすれる声を振り絞り、袋を徳川君に差し出した。
これで、織田軍に新たなるメンバーが参入した。
残るは一人。
「明智は簡単にはいかないだろうな」
織田君は腕組みをして考えた。
「学年トップの秀才だからね」
買い食い禁止の禁を破り、近所の駄菓子屋で購入したアイスキャンディ(ソーダ味)を舐めながら豊臣君は答えた。
「あいつ、弱みとかないのか?」
「さぁ?お父さんがお医者さんでお金持ちだし、女子からも人気があるし…あっ!」
「何だ!」
「当たった!」
豊臣君は"当たり"と書かれたアイスの棒を自慢げに見せた。
「何の話だっけ?」
「明智の弱みだよ!」
「あぁ、そっか。うーん、そう言えば、刀狩に引っかかった事が一度だけあるよ」
「刀狩?」
「うん。僕、生活委員だから、たまにクラスの持ち物検査やってるんだ。通称"刀狩"」
「何で引っかかったんだ?」
「卑弥呼のCD」
「はぁ?」
「え〜、知らないの?歌姫だよ。ティーンの間で大人気だよ。エロカッコイイって」
「猿。少し黙ってろ」
「織田君もテレビ見た方が良いよ」
「黙ってろ!」
「ちぇ」
豊臣君は当たり棒でアイスキャンディ(ソーダ味)を手に入れるべく、駄菓子屋にダッシュした。
「何か手があるはずだ」
公営団地に沈む夕陽を眺めながら、織田君は思案を続けた。
「頼んでみれば良いんじゃない?」
豊臣君はアイスキャンディ(ソーダ味。二本目)を舐めながら言った。
「あいつが簡単に承諾すると思うか?」
「友達になるのに資格はいらないよ」
豊臣君は遠い目をしながら言ったが、解けて垂れてくるアイスを右手に感じ、慌てて雫を舐めた。
「お前、本当に猿だな」
ため息を漏らすと、豊臣君を残して家路に着いた。
「良いですよ」
「は?」
「だから、織田君に協力します」
明智君はあっさりと織田軍への加入を承諾した。
「だから頼めば良いのにって言ったでしょ?」
豊臣君は得意げな表情を見せた。
結局良案が思い浮かばず、豊臣君は直球勝負に出た。
そして簡単に功を得た。
「あ、あぁ…」
「でも、何か作戦があるんですか?」
「それは既に考えてある」
織田君はランドセルから緑の厚紙を出した。
「これ、運動会のプログラムでしょ?」
表紙には"戦国小学校 運動会"と書かれてあった。
「でも…何、コレ?一種目め、騎馬戦。二種目め、騎馬戦…って、男子の競技は騎馬戦ばっかだよ」
「当たり前だ。今は乱世だからな」
「え〜。フォークダンスは?」
「小町さんと手を繋ぎたいんですね?」
「あ、明智君、何言ってんだよ!僕は健全な小学校生活において、フォークダンスという競技を通じて人類は皆兄弟だという平和的見地に立つ事は不可避であって、決して個人的な感情を…」
「うるさい!猿は黙ってろ!」
「それで、騎馬戦で雌雄を決するという訳ですか」
「俺と明智、柴田、徳川、あと猿も、みんな騎馬に乗るポジションを確保してある。徳川の働きかけで騎馬は確保できているが、ほとんどの奴が足利に付くと見て良いだろう」
「陣は圧倒的に不利ですね」
「あぁ。だからトーナメント方式にしたんだ。勝負は最終の決勝戦でつける」
「あの…フォークダンスは?」
「しかし、二組の武田君、上杉君、三組の伊達君、他にも強敵はいますよ。我々が全員決勝に残れるかどうか」
「大丈夫だ。他のクラスの有力者は、全員予選で足利と当たるようにしてある。そして勝ち上がれるのは三チームだけだ」
「つまり、足利君、毛利君、三好君のチームが勝ち残る為に、他の有力者は協力してわざと負ける」
「そういう事だ」
「だから、フォークダンス…」
「我が方の組み合わせは?」
「俺と猿と柴田が同じ組。明智は徳川と組んでくれ」
「ちゃらららららら〜、ちゃらららららら〜、ちゃらちゃっちゃらららららちゃっちゃっちゃ〜」
「さっきからうるさいな!何なんだよ!」
「オクラホマミキサーだよ!」
「お前は小町小町うるさいんだよ」
「僕がいつ小町小町言った?何時何分?地球が何回周った時?」
「ソレデモ地球ハマワッテル…」
「ガリレイ君は黙ってて!」
「お前も黙ってろ!」
ヒソヒソ。
「何か豊臣君が小町の事、呼び捨てにしてたよ」
「キモ〜い」
「アンタに気があるんじゃない?」
「え〜。私何とも思ってないしぃ」
こうして豊臣君の初恋は、はかなく消えた。
「とりあえず、昼休みに全員集めて作戦会議だ」
「そうですね」
「さ〜よ〜なら〜言わ〜ず〜に〜笑って〜みるわ〜」
「豊臣君が泣きながら歌ってますけど」
「ほっとけ」
織田君は先割れスプーンでコールスローのキャベツを一刺しすると、意を決して叫んだ。
「合戦だ!」
パンパーン!
秋晴れの空に爆竹が鳴った。
「人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり」
織田君は校舎裏で舞を披露した。
「何?盆踊りの練習?」
「舞だ!」
「幸若舞の敦盛ですよ」
明智君の説明を聞いて、豊臣君は感心した。
「そのタイコ、家からわざわざ持ってきたの?」
「小鼓だ!」
「どうせならウナギ持ってきてくれれば良かったのに」
「俺もウナギ食いてぇ!」
柴田君がすばやく同調した。
「ウナギって何の事?」
「徳川君は知らなかったっけ?織田君ちってウナギ屋さんなんだ」
「ウナギの養殖業者だ!」
「へぇ。そうなんだ」
「それは知りませんでした」
「でも家の池には鯉が泳いでんだよ。変でしょ?」
「どこが変なんだ!」
「だってウナギ御殿で鯉って…」
「ウナギウナギ言うな!」
妙なテンションの中、運動会当日を迎えていた。
教室に入ると、足利君たちが待ち構えていた。
「今日こそはギャフンと言わせてやるからな!」
「ギャフン!」
「猿は黙ってろ!」
「キャイ〜ンキャイ〜ン…」
「すまん。邪魔が入った」
「あ、あぁ。とにかく、この学校を仕切ってるのが誰なのか、お前に思い知らさせてやる!」
足利君は体操袋を握った拳を突き出し、織田君に宣戦布告した。
織田君も負けじと、背中のランドセルに刺してあるたて笛を引き抜き、足利君に突きつけた。
「望む所だ!」
体操袋とたて笛の間には、すさまじい程の火花が散っていた。
「足利君!」
その時、豊臣君は足利君を指差して叫んだ。
「その体操袋、まだ五年一組って書いてあるよ!」
「な、何!」
足利君は毛利君から油性マジックを受け取ると、五を消して隣に六と書いた。
「これで勝ったと思うなよ!」
足利軍は一時退却を余儀なくされた。
「先手を取った…と言えるのでしょうか?」
明智君は苦笑いた。
「まぁそういう事だね。さぁ早く着替えよう」
豊臣君は勝ち誇った顔でシャツを脱いだ。
「じゃないと、女子が着替えられないよ!」
豊臣君は自分の体操袋から体操着を取り出すと、ゼッケンに六年一組と書かれてある事を確認して頷いた。
「緊張してきた…」
豊臣君は入場ゲートで出番を待っていた。
先に行われた予選では、作戦通り織田軍全員が決勝に駒を進めていた。
足利君たちも予想通り勝ち上がり、役者は揃った。
豊臣君が隣の列を見ると、足利君が般若のような顔で睨んでいた。
「うぅぅ。胃が痛い。本当に勝てるのかな?」
弱気発言を聞き漏らさなかった織田君は、脇を絞り込んで強烈なアッパーカットを豊臣君にお見舞いした。
「尾張名古屋のエビフリャーパーンチ!!」
「はぅ!」
豊臣君の体は宙を舞い、金のしゃちほこのような海老反り体勢で地面に落下した。
「な、何するんだよぅ!」
「このバカ猿が!戦の前から弱気でどうする!」
「ゴメン」
「いいか、よく聞け。お前は虎だ!ユーアータイガー!」
「猿の次は虎?」
「黙って聞け!今日までの特訓は何だった?この戦に勝つ為に、血の滲むような特訓に耐えてきただろ?」
豊臣君はこの一ヶ月に及ぶ特訓を思い出していた。
毎日腕立てと腹筋を百回(基礎訓練)。
鉄ゲタを履いてジョギング五キロ(下半身強化)。
五メートルの長い棒を片手で持ち、鉄の鐘を打つ事二百回(帽子を取る為のスピード強化)。
針仕事一時間(着物作成)。
ビーズの糸通し百本(内職収益二万円)。
特訓を思い出すと、血の気が引く思いだった。
「でも、みんなが見てるし、緊張するよ」
「そんなもの、全部ナスだと思え!全部食っちまうんだ!」
「虎は肉食だよ」
「お前ならできる!そして勝利を手にした時、お前は生まれ変わるんだ!」
「生まれ変わる?」
「そう。アウストラロピテクスだ!」
「猿→虎→原人って、進化の過程がおかしくない?」
「細かい事は気にするな。とにかく、何としても勝利を掴むんだ!」
「う、うん。頑張るよ」
「よし。皆の者、出陣だー!」
ブォフォフォ〜ブォフォフォ〜
ほら貝の音がグラウンドに響き渡り、全員が勢い良く飛び出した。
「それでは、騎馬戦決勝を始めます」
アナウンスに呼応し、全員が雄叫びを上げた。
「まずはSフォーメーションだ!」
織田君の指示で、五人は円状に並んだ。
五人以外は全員が足利派に付いたようで、取り囲むように織田軍に突進してきた。
「背後を取られてはなりませんよ」
「俺に任しておけ!我こそは柔道黒帯、そろばん五級の柴田勝家だ!命が惜しくば、その赤白帽を差し出せぃ!」
柴田君は柔道部の仲間で結成した騎馬のパワーを生かし、次々と敵方の騎馬に体当たりした。
「な、何!」
「こいつ、強い!」
相手方の騎馬は崩れ、次々と脱落してして行った。
「僕も負けないぜ」
徳川君は野球部の俊足揃いの騎馬で、素早く相手の騎馬に近付き、次々と赤白帽を掴み取って行った。
「我が作戦、お目に入れましょう」
明智君はポケットからクレオパトラ(グラビアアイドル)の写真を取り出し、空に放り投げた。
「うわー!クレオの写真だー!」
「こ、こら、騎馬が崩れる!」
写真に目が眩んだ騎馬は次々と崩れ、秋晴れの空に赤白帽が舞った。
「よし、行けるぞ」
織田君は勝利を確信した。
「猿。お前は毛利を押し込め!」
「アイアイサー」
豊臣君は毛利君の騎馬に向かって突進した。
「くっ!何という事だ。数は圧倒的に有利のはずなのに」
足利君は倒れ行く味方を眺め、窮地を悟った。
「日はまた沈む…という事か」
諦めかけた時、側近の三好君が近付いてきた。
「まだ諦めてはなりませんぞ。もしもの時の為に、秘策があります」
三好君は騎馬の上に立ち、ベースコーチのようにサインを出した。
そのサインを見て、一人の騎馬が動いた。
織田君は自軍の優勢を見て、足利君に襲い掛かろうとした。
その時!
背後に何者かの気配を感じ、振り返った。
「な、何故!?」
背後にいた明智君は、織田君の赤白帽を素早く掴み取った。
「明智!裏切ったな!」
「裏切り?違いますよ。織田君はおっしゃったじゃありませんか。これは戦いだと。最後まで勝ち残るのは一人のみ。であれば、ライバルには退場して頂かないと」
この騎馬戦は個人戦で、最後まで生き残った者が勝者となる。
「私にトイレ掃除は似合いませんから」
勝者に贈られる「トイレ掃除当番免除」の特権は、明智君に勝利への執念を持たせるには充分だった。
大将の討ち死にに織田軍は浮き足立ったが、利権争いは激化して、敵も味方もない乱戦状態に陥った。
その明智君も徳川君の前に屈し、足利君の側近の毛利君、三好君も敗れた。
足利君も柴田君の自滅覚悟のスクラムタックルで共倒れした。
どれだけの時間が過ぎただろう。
グラウンドは兵たちが駆け抜けた事を証明するかのように、土煙に包まれていた。
「誰が勝ったんだ?」
「一人だけ残ってるぞ!」
観客は息を呑んで、土煙に隠れる騎影を見つめた。
「ゴホッゴホッ、あれ?」
豊臣君は誰もいなくなったグラウンドを見渡していた。
「もしかして、勝っちゃった?」
土煙に巻かれ、息苦しくてじっとしていた豊臣君のヘタレ振りが、見事に勝利を呼び込んだ。
「スゲーぞ、豊臣!」
「カッコイイー!」
観客は豊臣君に賞賛を送った。
こうして乱世に終止符を打った豊臣君は学校中から認められ、後に「太閤」の称号を得る事になる。
しかし織田君のパシリという扱いは変わる事なく、アイスキャンディ(ソーダ味)が有一の楽しみである生活が続くのであった。
「ねぇねぇ織田君。うなぎパイにXOがあるの知ってる?」
「知るか!」
めでたしめでたし。
初めてギャグっぽい作品を書いてみました。バカっぽい会話など、呆れて楽しんで頂ければ嬉しいです。宜しかったらご意見お待ちしておりますので、感想をお聞かせ下さい。厳しいご意見でも是非お願い致します。