ディストピア
「未来の話をしよう」と舞台設定が同じです。
遥か未来の日本。
そこは完全なる予定と管理によって完成された国。
国民達は決められたスケジュールの中、限られた自由選択という生活の中で『自由に暮らしている』
この国の中の一般層の労働は主に3階級に分けられている。
まず三等級
一般的な国民の一日のスケジュールを見てみよう。
彼の年齢25、性別は後発型男性、いわゆる性転換した男性だ。
この国では男女平等均等政策によって、ワンコイン、500円で性転換を受ける事ができる。
男性から女性になれば骨格はもちろんの事乳房、子宮までついてきてもちろん妊娠出産も可能である。
女性から男性になればそのまま逆である。
乳房子宮が取られ、骨格が男らしくなり、もちろん整形もされる。
一般的に術後1時間から普通の生活が送られるようになる。
話が大きく逸れてしまったが、今回はとある住人のある日を見ていただこう。
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「・・・朝か」
今日も晴れだ忌々しい。
この体となって3ヶ月経った事が目覚ましタイマーとして機動したフラッシュPCに小さく表示されている。
性転換した翌週から早速選択業務が肉体労働3級に落とされたのはショックだが、その生活にも慣れてきた。
むしろ今を思えば朝から晩までシステム保持をして椅子に座っていた生活よりもずっと健康的な毎日を送れている気がする。
それに毎月あった煩わしい月モノから解放された恩恵も大きい。
『フラッシュPC』
彼女が人差し指を上げれば、丁度枠が無くなったPCディスプレイのように画面が浮かび上がる。
これは彼の体内の生体認証が網膜に映しだしている映像で、彼女の目には指先から出ているようだが実際には彼の指先から何も出ていない。
この国の9割のサービスは、コレ無しに受ける事ができない。
言わば各種保険や個人証明だ。
現状、コレなしでは今のこの国では一日生活する事もできない。
既に机に用意された食事に手を付ける。
今日は魚か、以前の生活の時には時間がなく液体流動食ばかり支給されていた。
食事の内容が変わっただけでも、3等級に落ちてしまった価値はある。
2等級なぞ、家が支給されて選択業務の幅が広がるとはいえ、圧倒的に人員の数が足りていないものだから休まる暇は無かった。
毎日確定予定に間に合わせるのに必死で、今思えば矯正管理施設送りを受けないで済んだのが不思議なくらいだ。
食事を済ませ洗濯が済んだツナギが机の上に届けられているのを確認して、それを着こむ。
若干のゴワつきを感じるし、汗の臭いが抜けきってない感じがする。
こういう所で自分の等級が変わってしまったのを感じるが、まあすぐに気にならなくなる。
最後に鏡を確認してドアノブに手を付ける。
それと同時に部屋の静音モードが解除され、建物の喧騒を身に感じる。
第7地区第789住居地区、通称なやく町。
一度大きな崩壊をしたこの国は、町造りさえも一度崩壊し、作りなおされた。
と言っても本の中にあるような味気のない白いマンションが延々と続いてるようなモノではない。
この辺り一体は崩壊を免れた地区が8割であり、最古で2000年代の建物も残っている程だ。
彼の建物もまた3等級としてちょうどいいワンルームの部屋だが、辺りの音声を一切遮断する静音モードや、
注文したした品物やクリーニングした物、手紙などが届けられる物流ラインなど、最低限の物は付いている。
全てでは無いが、大体には満足した生活だ。
本日割り当てられた業務は、農業エリアだった。
これはありがたい。炎天下の下で農作業など地獄に思えるが、今時の農作業なんてほとんどロボット任せだ。
ヘタに物を考える必要も無いし、重いものを持ち上げたりする事も怪我する心配もない。
ましてや今は7月だ。
ここいらで生産されている野菜植物は基本秋物だ。
収穫期でもないのでおそらく多少の間引きと害となる外来植物の排除くらいだろう。
むしろ朝は忌々しいと思っていた天気がこれだけ良ければ、配給食を外に持ちだしてピクニック気分でお昼をするのも悪くないかもしれない。
今日はいい日になりそうだ。
その筈だったのだ、奴らさえ来なければ。
「***さんでしょうか」
紺色のコートに黒色のネクタイとシャツ。
見た瞬間大嫌いな奴らの姿が連想され、それは同時に事実につながる。
「我々は第7地区例外課の者で。
私達は捜査のためにアナタの確定予定に干渉する権利を持ち、これは新日本法に保証された物で執行した我々が責を負うものではありません。
これについて意見や言い分があれば、君は管理政府に対して君はそれを言う権利がある。
以上の言葉を持って我々第7地区例外課は君の予定を侵害する、よろしいですね?」
連想というか、予想は当たっていた。第7地区例外課の連中だった。
こいつらはこの第7地区において、唯一国民達個人個人の貴重な予定を侵害する権利を持った忌々しい連中だ。
風のうわさや、町中でたまたま耳に入るだけでも嫌なのに、私の目の前に、ましてやこれからの予定どころか確定予定まで侵害するだって?冗談じゃない!!
政府はなんだって人の予定を侵害するような組織を作ったんだか、腸が煮えくり返りそうだ。
何か用があれば事前に予定として申請してくれればいいものを、態々予定実行中に奴らは訪ねてくる。
周りの奴らも私をちらっと見て、気の毒そうに見るなりすぐに視線を戻した。
あたりまえだ、誰だって自分の予定を侵害などされたくは無いのだ、私だってまったく同じ気持ちだ。
「・・・ハイ、私が***ですが一体何の御用でしょうか、現在確定予定の実行中なのですが」
「先にも言いましたが我々はアナタの予定を捜査、もしくは捜査処理のために侵害する権利があります。
お気持ちはわかりますがどうかご協力をお願いします、とりあえずこちらへ」
私は奴らが乗って来た車に案内される。
道中、別な労働者がやってきたが、おそらく代わりに別な業務から割り当てられた同じ3等級労働者だろう。
スレ違い際に私に悪意が篭った目を送ってくる。
おそらく、彼も例外課の権力のしわ寄せで本来割り当てられた労働確定予定を変更されてこちらにやって来たのだろう。
こいつらに巻き込まれればこのように関係の無い私まで恨まれるんだ。
ああ、どうかせめて知り合いに見られないように・・・。
車に乗せられて2時間程して、ようやく車が止まる。
エアスライドカー特有の浮遊状態からの着地はお尻への感触が不快なのでいつも嫌いだ。
しかし今時ガソリンエンジンの車なんて金がかかりすぎて第2富裕層以上の好事家ぐらいしか乗らない。
なんて言っても一度車を動かすだけでCO2排出税や天然資源使用税などで、このエアスライドカー一台分以上の金がかかるそうだ。
富裕層の考える事は私には理解できない、なんだって金を払ってまであんな臭いドロドロした黒い液体でしか動かない機械を使うんだか。
「どうぞ、席にお掛けください」
中に入ると真っ白い部屋に案内される。
窓はひとつもなく、以前に見たヴァーチャルムービーで出てきた精神治療用の部屋の用に感じる。
私はあからさまな不機嫌さを出しながら席に着く。
「それでは略式でご確認させていただきますね?
えーっと・・・アナタのお名前は***。住まいは第7地区789地区VG-***-**。労働階級は第2・・・あ、失礼。第3等級ですね。以上でお間違え有りませんね。」
「はい、私は第3等級労働者の***です」
等級部分については強めの口調で言っておく。
こいつらはどこまでも失礼なのか。
しかし彼らは国から与えられた権利を行使しているのだ。
これに逆らえば私が管理矯正所送りになる。こいつらに送られるのだけは絶対嫌だ。
管理矯正所の実態は誰も知らない。
噂では別な地区にあるセンターで講習を受けて、別な場所に送られるだけという話もあるが。
別な噂では人体実験されるという恐ろしい噂まであると来た。
そんなところにこんな人の予定を侵害するような奴らに・・・?
おや、コイツ紺色のネクタイをしてないぞ。
紺ネクタイと言えばこいつらのトレードマークだろうに。
目の前の職員らしき男・・・嫌女か?まあどっちでもいい私だって元は女だ。
とにかくそいつを見ていたらあちらもそれに気がついたようだ。
「あ、気が付きました?実は私例外課の者じゃないんですよ」
まあ、ある意味『もの』なんですが、と付け加える。
これには驚いた、まさか例外課の業務が割り当てられることもあるのか。
そう考えると、この人物も例外課の奴らの命令予定で他人の予定を侵害しなければならないと考えると、同情をせずに居られない。
「ここだけの話なんですが、私実は戸籍が無くて現在例外課の備品として働いているんですよ」
人物は恥ずかしそうにそれを言う。
なんだと、例外課の備品だと?
そもそも戸籍が無いだって?
つまり人間じゃないだと!?クローンの連中と同じということか!?!???!
例外課のヤツら!どれだけ人を愚弄すれば気が済むんだ!!
人の予定を侵害した上に取り調べにたいして等級どころか、人ですら無いやつを使わせるだなんて!!!
「職員!!!誰でもいい職員を呼んでくれ!!!!!!!」
乱暴に席を倒すようにして立ち上がる。
その表紙に机が大きく揺れて備品が書いていた何の線が大きくぶれる。
備品の奴はすぐに私を止めようとするがそれをすぐに振り払う。
「触れるなクローンめ!気持ち悪い!!」
「違います!私はクローンでは」
騒ぎを聞きつけた例外課の職員がすぐに私を捉えて床に伏せさせた。
なんだって私がこんな目に合うんだ、拘束するのは私では無くこいつだろうに。
「例外課!一体何のつもりだ!!私の取り調べにクローンなんて使いやがって!!!」
「クローン?一体何があったんだ備品」
どうやら私を取り調べていた人物は備品と呼ばれてるようだ。
席と机を戻している最中だが、顔から汗を垂らして説明をする。
「私に戸籍と等級が無いと言い出したら突然怒りだして・・・」
「・・・・・・・ああ、そういう事か。***さん失礼しました、席にお戻りください、彼はクローン何かではありませんよ」
「なんだって?クローンじゃないだと・・・?」
私を連行してきた例外課の男の話を聞いて、幾ばくか冷静になる。
しかし例外課にいる上に戸籍等級無しとくれば、感情を手に入れたクローンくらいにしか思いつかない。
奴らはずる賢いからな、ここにいても何ら不思議に思わない。
むしろこんなところだからいるに決まってるだろう。
「ほら、まぶたの裏を見せてやれ。ね?まぶたの裏にクローンサインが無いでしょ?」
本当だ、クローンならば製造段階で下瞼の裏にシリアルナンバー代わりの点線が入ってるのだがこの備品とか言う人物には入ってなかった。
という事は彼は純粋に人間なのに等級に戸籍が無いのか、これは私が相当酷い事をしてしまったぞ。
「いや、何というか、本当に済まない。クローンだと勘違いした上に人間なのにクローンなどと罵ってしまって、本当に失礼をした」
椅子に戻るとすぐに頭を伏せる。
礼儀知らずとだけは思われたくないのだ。
「お気にせずに、元はこいつが言いふらしたのが悪いのですから」
「しかし・・・備品というのは一体?そもそも何でそんな人物がこんなところに・・・」
「まあ、まさに例外課の仕事でしょ、こういうのは。備品というのは、こいつ記憶喪失の上に生体認証も壊れてしまって、病人籍にしようにも戸籍が無いし、戸籍を与えようにも世間一般の常識まで忘れてるもんですから戸籍を与える事もできないんですよ。
そんなもんですからこうして備品としての戸籍というか、一応所在だけ証明してついでに働いてもらってるって事なんですよ」
なるほどそんな深い事情があったのか。
随分苦労しているようだし、そんな上突然クローン扱いしてしまったんだ。
さらに悪いことをしてしまったと罪悪感が出てくる。
「ま、まあここいらでその話を終えておきましょう、取り調べを再開しますね」
せめて彼の予定業務に誠実に答えてやるのがせめても償いか。
「君にだったらなんだって話そう」
「ありがとうございます。
えーそれじゃあ早速ですが、1週間前の完了済みの労働予定をお覚えですか?」
1週間前。
1週間前だったらたしか事務処理。
嫌違う、工場勤務だった筈だ。何に使うか分からないバネを延々と袋詰めしていた記憶がある。
それにあんなことがあったんじゃ忘れるにも忘れられない。
「確かに覚えてるよ、たしか工場勤務でバネを袋詰めしていた記憶がある」
「そこで確か事故がありましたね」
「ああ、たしかにあったよ。アレは悲惨だったね、丁度目撃してしまってショックだったもんだからその後の予定が全部7分ずつ遅れしまったよ」
事故はこうだ。
バネを原料を溶かし込み、型にはめ込み、固まった所で私のところにベルトコンベアーで流れてくるのだが、事故は型にはめ込む所で起きた。
なんと型が割れてしまい、中の原料が漏れだして、丁度それを管理監視する労働者が居て人一人がドロドロに溶けたアルミに飲み込まれてしまったのだ。
せめて断末魔一つ上げずに死んだのが幸いか、そんなもの聞いてしまえばきっと仕事が7分遅れで済まない事だったろ。
私はそれを目撃すると緊急警報スイッチを押して、冷静に業務が遅れいている別なレーンへと仕事を移した。
「覚えていて助かりました、その事故の前後にたしか見学者がいた筈なのですが、お覚えですか?」
「もちろんだ、あれは確かロボット工学の第一人者の・・・名前までは覚えてないが、たしかロボット方面でかなり有名な人だろ?」
「そのとおりです、思い出していただきたいのはその人が当日、どんな様子だったのかです」
「どんなって・・・」
特におかしい行動をしていた記憶はない。
たしか業務に集中はしていたものの、珍しい人物だったのでチラチラと見ていた記憶がある。
何の目的で来ていたのは知らないが、工場の管理者に熱心に何かを聞いていたようだ。
その後も、その時間帯の事や様子について例外課の連中に何度も聞かれた。
時間にして、2時間ほどたった筈だ、ソレぐらいして私はようやく開放されたのだ。
時計を見てしまえば、来る時にかかった時間などを考えればおそらく今日の労働予定にはもはや間に合うまい。
せめてそのあとの生活予定くらいは取り返したいものだ。
先ほどの備品と呼ばれていた人物に対しての礼儀もそこそこに私は駆け足で帰路を急ぐ。
何より、こんな例外課の奴らの忌々しい施設なんて一秒でも早く離れたいんだ!
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如何だろうか。
一般的な日常についてお見せしようとしたが、どうやら彼は本来の予定から大きく外れてしまった散々な一日らしい。
現在君たちから見れば、多少の価値感の変化もあるかもしれないが、これぐらいならば時間経過による文化変化に対する多少の誤差だ。
これぐらいなば大した違和感も無い、筈である。