09 編成
グルンは上位種の魔物に指示を与えた後、ミノタウロス、ゴブリン、オークの召還を日々続けていた。
ミノタウロス20体、ゴブリン2体、オーク2体(不良品は除く)を毎日召還するにはかなりの魔力の喪失があるが、目覚めた頃の魔力総量よりも現在のグルンはレベルの上昇によって、各種魔物の召還を30体程度であれば訓練に支障を来たす事無く行えていた。
それに加えて、訓練室、魔力泉、寝室、工房、娯楽室の拡張も魔物の増員に合わせて【創造】で敷設していく。
魔力泉、訓練室、寝室は中隊事にそれぞれ専用の区画を設け、更に小隊単位で寝食を共にさせている。
【創造】以外でも区画をゴブリンに採掘させ、広大な面積を有する大規模な演習場の整備も行っている。
また武器防具、マジックアイテム、罠、まだ原始的で粗末ではあるが防柵や陣地設営用の器具や工具といった備品を納めておく巨大な保管庫をそれぞれの種類、用途別にゴブリンによって採掘拡張された保管区画に整理され備蓄されていく。
こういった必要不可欠な様々な道具や消耗品の管理をそれぞれの中隊、小隊が自己管理出来るよう、士官候補のミノタウロスに教育し実施させている。
始めは貴重なエーテルやポーションなど取り扱いに注意が必要なアイテムを乱雑に保管庫に放り投げるなどして、破損させていたりしていたが日々士官への教育が浸透し、士官から一般の兵であるレベルの低いミノタウロスへと伝わっていくうちそういった人為的なミスも減りつつあった。
しかし、そういった道具やアイテムの取り扱いは運搬、貯蔵、出し入れ程度が可能な段階でしかなく、武具の手入れや破損する前に申請し交換するといったやや知能が必要な行動を末端のミノタウロスはほとんど出来ていない。
スケルトンに至っては移動させ、目標に突撃させる程度の行動しか集団では機能せず、レベルの底上げによる知能の上昇も必要であり、軍隊と呼べるモノには程遠いのが現状であった。
そしてゴブリンは区画拡張などと平行して地中で運良く発見した鉄鉱脈での鉄の採掘及び運搬を開始させている。採掘された鉄鉱石は精錬し武具などにオークが加工し魔力の消費を抑えている。
魔力で作られるアイテムや武具の方が基本的には硬度も高く耐久値も高いが、千規模の魔物に武具を支給し維持管理するのには魔力以外の供給源も非常に有益となる。
鉄で加工された武具は主に体力の消耗とは無縁のスケルトンに優先的に装備させ、ミノタウロスには魔力で生み出された武具が供給されている。
一連の作業の監督をグルンはオリビアやフィジャックと共に試行錯誤を繰り返しつつ三日間掛けて行った。
訓練はこの間にほとんどこなせてはいなかったが、軍を構築させる方を優先すべきというグルンの考えは現時点では適切と言える。
王や上位の魔物がどれほど強くなろうとしても、レベル10以上からは必要経験値の壁があり、個としての力量の上昇は緩やかに成らざるを得ない。
「ゾンヌ、調子はどうだ」
「これはこれは、グルン様。このような場所へ……。スケルトンへの教育はあまり順調とは言えません。しかし魔力の注入量を私の魔力の上昇により増加させていますので、骨硬度は多少改善したかと思われます。」
一連の作業が落ち着き、グルンは墓場へと足を運びゾンヌに声を掛ける。
「ふむ。演習の様子は予も見ていたので、それは把握していた。調子というのはスケルトンの方ではなく、ゾンヌの方なのだがな」
「それはどういった意味でしょう、グルン様」
恭しく頭を下げて答える女ヴァンパイアのゾンヌは王から見えなくなった顔に不敵な笑みを浮かべる。
「予が気付いておらぬとでも思っておったか。予に対する忠義などなかろう」
「そのような事は…」
「まあ良い。その時が来ればわかる事。楽しみにしておるぞ」
王はそう言い残し墓場を後にする。
墓場に残されたゾンヌは王の言によって頭を下げたまま体を硬直させていた。
体にねっとりとした王の黒い魔力の霧が今も這い回っている、そんな感覚がある。
楽しみにしておるぞ。王は確かにそう告げた。
あれは私の心の内を全て見透かした上での発言。
否、あり得ない。たとえ王であっても配下の心の中を完全に読み取ることなど。
しかし、自身がが王に対して忠義が無い事をはっきりと断言していた。
あれは確信しているのだろう、そしてその時までは生かしておくと。
面白い。凡庸な王であれば自身の目的のみを考えるが、かの王が相手であるなら全ての目的の為の行動も楽しめそうだ。
ゾンヌは王に抱く心情を短く交わされた会話によって変化させ、王への畏怖を芽生えさせつつも、邪な目的の為に自身の行動を貫く事を決意し、あまつさえ楽しもうという心積もりを抱いていた。
「フフフフ……」
薄暗く陰鬱な墓場にゾンヌの不気味な笑いが木霊する。
その笑いにスケルトンとなる前の魂が呼応し、青白い光を揺らしていた。
ゾンヌとの短くも濃厚な会話をしたグルンは研究室へと向かっていた。
現在のダンジョンには研究室だけが初期の頃とほとんど変わらない大きさで存在し、室内にいる魔物も同じままであった。
グルンが研究室へと入るとサキュバスであるゼルダが研究中のポーションの薬液に魔力を流し込んでいた。
「陛下! どうなさいましたか! もしや、私にお会いになられる為に!」
グルンの魔力を察知したゼルダは薬液を入れた瓶を放り投げ、床にガラスの破片や薬液を撒き散らす。
グルンがその惨状に苦い顔をするも、ゼルダは些細なことなど気にせずにグルンの胸に飛び込まんとばかりに目を輝かせ、グルンに近づいていく。
「ゼルダよ、少々近すぎぬか。話し辛いではないか」
ゼルダは頭を下げ、礼をする格好ではあるが、下げた頭をグルンの腹部のやや下辺りにあと数cm程で付きそうなほど近づけていた。
「いえ、私はこの距離が最適かと考えますわよ、陛下」
「…予が話し辛いのだがな」
「(ちっ)」
小さく心の中で舌打ちをし、ゼルダはグルンが話し易い距離まで下がった。
「陛下が研究室に来られるのは珍しいですわね、どうかなさいましたか? やはり私に同衾させよとのお誘いを遂に……」
勝手に一人で盛り上がり、わざとらしい仕草で顔に手をやるゼルダ。
「ゼルダでもヒルダでもどちらでも良かったのだがな、研」
「どちらでも良かったのですか! 陛下! そ、そんな…私の方が陛下を満足させられるはずで御座いますわよ!」
「ゼルダよ、最後まで聞かぬか。予がここへ来たのは研究の手伝いを少々しようと思ってな。同衾を求めたりもせぬ」
「…そちらで御座いましたか、同衾はまた後日という事ですわね。それで、陛下が研究の手伝いとは一体どのような?」
「まだオークの魔力が足りぬだろうが、予やランクC以上の者、あとは中隊長、小隊長の魔力付与された武具の開発を進めようとな」
「そうですわね、陛下の仰られる通り設計図や魔力付与された材料を揃えましても、陛下の武具を取り扱う事が可能なレベルのオークとなりますと、現在1体もおりませんわね」
「うむ、オークの育成も同時に行ってはいくが、開発を先行して行っておこうと思ってな。まずは小隊長、中隊長用の一般の兵に配給する物よりも質の良い物の開発だな」
「それでしたら、私とヒルダで開発を進めておく事も可能でございますわよ?」
「予もたまには訓練から離れ研究をしたくなっただけだ」
「研究後に同衾をするという事ですわね」
「ゼルダ、少々しつこいぞ」
「……」
グルンの止めの一言によりゼルダは沈黙し、二人で黙々と武具の開発を開始した。
グルンが研究室にて武具の開発をしていると聞きつけたオリビアとヒルダも訓練を取り止め、研究室へ押し入ってきたが、グルンによって訓練に戻るように命令された。
その間、グルンの背後に立ったゼルダが勝ち誇った微笑をオリビアとヒルダに向けていた。
研究はグルンが手伝った事により順調に進み、三日ほどで小隊長と中隊長に配給される魔力が付与された斧の設計図が完成する。
設計された斧はオークによって魔力精錬され耐久性に優れた刃身部分を持つ斧に、柄の部分には頑丈な鎖が取り付けられている。
使用用途からそのままチェーンアクスと名付けられた武器は初期に召還されたオークであれば既に製作可能であり試作品の製作が指示された。
「試作品の出来はフィジャックやオリビアに確認させ、実用に耐えるようであれば中隊長、小隊長用に予備も含めて150本ほどオークに作らせよ」
「畏まりましたわ、陛下。続いての研究は何になさいますか?」
「オークのレベルがまだ低かろう、予や上位種の者の武具の開発はゼルダとヒルダ、オリビアで進めておけ」
「そ、そんな! 私に何か問題でも御座いましたか?」
「そうではない、予想していた以上にオークの訓練が遅れていてな、上位の武具の開発に取り掛かるのは時期尚早だろうとな」
「左様で御座いますか……」
グルンを三日間研究室で独占していたゼルダだったが、その甘美な日々はグルンによって終わりを告げられた。
落ち込み続けるゼルダを他所にグルンは研究室には用が無くなり、訓練室に通う日々へと戻る。
グルンが訓練を再開させていると知ったヒルダは早速ゼルダに嫌味を言いに研究室に向かい、サキュバス同士の醜くも淫靡な罵り合いが研究室に響き渡った。
■グルン Lv4 (next800/1000)
■残り時間[55(d):21(h):51(m):02(s)]