08 糧
金色の長い髪の間から覗く、その者の顔には不適な笑みが浮かぶ。
青白い肌には不釣合いと思われる、真紅の唇がその不適な笑みをより一層邪な物と感じさせる。
その者はヴァンパイア種には非常に珍しい「女」という固体であり、その魔力やヴァンパイアとしての機能など同種族のヴァンパイアでさえ知る者が少ない。
「フィジャック、「女」のヴァンパイアとは通常のヴァンパイアとは何か違いがあるのか?」
「申し訳御座いません、私も初めてこの目で見ました故…分かりかねます」
「ふむ。では本人に聞くのが良さそうだな、予がこのダンジョンの王グルンだ。おまえは女のヴァンパイアだな? 申してみよ」
「混沌より召還して頂き僥倖の極みで御座います。陛下の問いに対するお答えは是で御座います」
「そうか、女のヴァンパイアは通常のヴァンパイアとは何か違いがあるのか?」
「特に違いは御座いません」
「予が配下の密事を是とすると思っておるのか」
「……」
女のヴァンパイアは明らかに何かを隠している。通常のヴァンパイアとの違いを。
しかし彼女は王への不敬となろうと平然と自身の事を隠そうとしていた。
グルンも何かを隠していると感じ取ってはいたがそれが何かという糸口すら掴めていない。
このまま不敬を働くのであれば処分するのは容易い。
しかしそうする事で彼女の、女のヴァンパイアの密事を知る術を永久に喪失する事も意味していた。
叶うのであれば彼女の意思で聞きたいものだがとグルンは考えるが、それを王としての立場が許さないことも理解していた。
王と女のヴァンパイアとの間に冷たい空気が流れ続ける。
「命を賭しても守る密事か、まぁ良い」
「グルン様! よ、よろしいのですか? この者は忠無き者かと思われるのですが…」
「構わん。おまえには名はあるのか? これも申せぬか?」
「グルン様の寛大な御心に感謝致します。私の名はゾンヌで御座います」
「やはり名を持つか。ではゾンヌ、まずは墓の管理と訓練を開始せよ、わからぬ事はフィジャックに聞くが良い。下がれ」
「畏まりました」
ゾンヌと名乗る女のヴァンパイアは不適な笑みを見せぬよう頭を下げ王の間を辞した。
彼女が何を隠し、何を考えているのかを王は知る由も無かった。
王が現時点でゾンヌの密事を知っていたのであれば、処分していたのは間違いないだろう。
王であるグルンも全知全能では無い証左でもあるが、この失態は後々大きな禍根となって王自身に災いとして降りかかる事となる。
「では予はもうしばらく休息を取る、フィジャックも下がって良いぞ」
「は!」
フィジャックは王の間を辞し、ミノタウロスの訓練を開始する為にダンジョンの通路を移動しながら思考していた。
王は何故、かの女のヴァンパイアを是としたのか。
自身も召還されて幾日も経っていなかったが、ゾンヌが王に対して忠義を持たぬ事は明らかであるのに。
王にに命令されてはいないが、一言オリビアの耳に入れておくほうが良いと考えたフィジャックは万が一を考慮して置くことが最善と考えていた。
ヒルダとゼルダにもと考えたが、彼女達では手に負えない相手であり、あの二人の性格からして、余計に事が拗れそうでもあると判断していた。
その後、フィジャックからの進言を聞いたオリビアは冷たい表情のまま、「不穏な行動が僅かでもあれば排除します」とフィジャックに告げたのみで気にする素振りを一切見せなかったことも、フィジャックを悩ませていた。
王と不埒な配下との板ばさみに悩まされていたフィジャックを他所に、原因である王は休息後に訓練を開始する日々を送り、ゾンヌもまた時折不適な笑みを浮かべながらも、黙々と王の命令通りの作業を遂行する日々を送る。
七日ほど何事も無く時が流れ、グルンは訓練の成果によりレベルがようやく4に到達した。
《System Message―――――ダンジョンコアのレベル上限が解放されていない為、ダンジョンコアのレベルは上昇しません。ダンジョンコアの現在のレベル3........》
グルンが玉座にてコアのレベルを確認すべくインターフェースを開くと、このようなメッセージが浮かび上がった。
コア画面を確認したところ、レベルが3のままで固定されている。
このコアのレベル上限解放の条件は記載されてはいないが、グルンは知識として分かっていた。
コアレベルを3以上にする為には、他の王が管理するダンジョンコアを奪うしか無いという事を。
「やはりな。コアを他の王から奪わぬ限り300000(三十万)の魔力備蓄しか出来ないか」
一人予想していた事を呟き、グルンは思考の海へと沈む。
予想していた事とはいえ、やはり時間もコア魔力も足りない。
初期に召還したオリビアは二、三日後にはレベル3に到達するであろうが、フィジャックやゼルダ、ヒルダはまだレベルが2になったばかり、ゾンヌに至ってはレベルが1のまま。
残り日数64日。自身のレベルは順調であれば10にはなるが、フィジャックやゾンヌは5も危うい。
ミノタウロスやスケルトンといった使い捨て出来る魔物であれば大量召還で補うこともすぐに出来るが、上位の魔物ではそうもいかない。
毎日回復するコア魔力も30000以上には現状上昇させる事が叶わぬ以上、上位の魔物の数をこれから優先させるか、下位の魔物の量産を優先させるかで、ダンジョンの方向性がかなり変わる。
対人間であれば下位の魔物の数の力が良いだろう。
しかし対他ダンジョンへの侵攻となると上位の魔物の質と量が決め手となる。
侵攻した先のデスロードの強さ次第では数百の下位の魔物など一瞬で消されるのだから。
地上の人間の情報、他の王のダンジョンの情報が皆無であり、調べる術も無い。
この状況で最善とは、バランス良くダンジョンの上位と下位の魔物を補充、訓練する事であるのだろうが、グルンはそこに引っ掛かりを感じていた。
残り日数から計算してコア魔力の使用可能な量は回復量も含めて約2000000(二百万)。
兵数重視で考えるのであれば、ミノタウロスやスケルトンといった使い捨ての兵を千単位の師団にし、百単位の中隊、十単位の小隊に編成。
師団長にはランクC以上の魔物を配し、中隊長にはフィジャックが訓練しているミノタウロスの二十体から選別し、小隊長には下士官としての教育と訓練を施したミノタウロスから選ぶ。
現状動員可能なミノタウロスを中心に軍団を編成するのであれば、ダンジョン内の寝室や魔力泉の設置、維持魔力を差し引いて単純に計算して1500程度が限界。師団が一個半といった所である。
師団長が二名。中隊長が十五名、小隊長を百五十名。これであれば一応の形は整うが、ダンジョン内に広大な演習場や士官への教育施設、各種兵科別の訓練施設、軍団用の武具の整備、製作、各種マジックアイテムの配給、娯楽施設の莫大な維持管理費と調整すべき事が多々発生する。
兵数重視であれば1個師団と半個師団あわせて1500。
しかしこれはあくまでも後方支援のオークや雑務を担当するゴブリンを抜きにして考えた最大動員兵力。
オークやゴブリンを適切に補充した場合、ミノタウロスを中心とした兵数は1000程となる。
1個師団を編成するのがやっとであり、これでも地上の人間の国の経済力や兵力によってはどうなるのかが不明。
上位の魔物重視も選択肢として考えられるが、対他の王が管理するダンジョンの脅威より人間の脅威を排除する事を優先すべきであり、それはダンジョンの王には理性や合理性を求められても、人間にそういった類の物を求めた所で無駄であって共闘出来る可能性も無いという考えに至る。
考えをまとめたグルンは【念話】によって臣下へ連絡を取る。
『オリビア、ランクC以上の配下全員を王の間に集めよ』
『は! 直ちに』
グルンは今後のダンジョンの方向性、対人間を重視した軍隊の編成、軍を支える後方支援部隊の編成、それに付随する施設や訓練、製作、開発すべきアイテム、通路や区画の整備について王の間に参集させたオリビアをはじめ、フィジャック、ゾンヌ、ゼルダ、ヒルダについて話した。
参集した配下の上位種の魔物達は全員が知能を持つ者のみであり、王の意を各々すぐに理解した。
王は人間を蹂躙する。
王の間に参集する配下全員がそう考え、そして王もそう決していた。
地上に住む人間を糧にし、魔物の生存権を押し広げる。
人間を蹂躙するのは過程であり、最終的には他の王の管理するダンジョンへと侵攻する。
「では各自に改めて命令する。フィジャックは士官教育及び、前線指揮官の選抜。ゾンヌは墓の管理及び後方支援要員の管理、教育。スケルトンは訓練中に死亡するであろうミノタウロスから随時量産するように」
「畏まりました」
「ゼルダとヒルダは今までどおり、研究と訓練を続けるように。オリビアはフィジャック、ゾンヌ、ゼルダ、ヒルダに与えられた役割を統括し不備があれば修正し指示せよ」
「は!」
各々が命令を与えられ、跪いたまま礼をする。
それぞれがすぐに作業に取り掛かりたいという気持ちを、王の前で見せないよう務めていた。
殺戮と蹂躙を想像し興奮を覚えない魔物は存在しない。
下がるようにと言われ参集した配下の五名が各々の持ち場へと姿を消した。
そんな中、ゾンヌだけが顔に困惑の色を浮かべ何か考えているような素振りで墓へと続くダンジョンの通路を静かに歩いていく。
あの王は人間を糧にしようと考えている。
そこに呵責や逡巡の色は一切なかった。
召還された時には何者にも忠誠など誓わぬと考えていた。
まだわからない。
王とは、時に人間に寛容になる。
高貴なる者と総称される人間の前では特に。
■グルン Lv4 (next1000/1000)
■残り時間[64(d):02(h):27(m):41(s)]